第五章 Wave Of Mutilation④

 数十分後、メグは自分の右薬指にはめた指輪をうれしそうに眺めていた。

 場所は、『36・5キッチン』という酒場である。マスターは元名うての【傭兵The Soldier】という異色の経歴を持つ。このマスターの料理がバカうまで、口コミでうわさが広がり連日だいせいきようであった。もちろん味が確かで混雑しているのだが、それにプラスして店を手伝っている1人むすめが気だても良い美少女なので、集客にさらにはくしやがかかっている。相変わらず店内はマスターの飯と娘を目当てにしたあらくれどもで満席であった。

 ホールデンはジョッキにがれた麦酒を一気にあおる。そんな楽しげな店内の雰囲気とは対照的に、げんな顔だが、どこかスッキリとした印象を受ける。


「……同じモノ下さい」


「あっはーい! 少々お待ち下さい」


 マスターの娘はいつも通りの快活で純真がおであった。その笑顔を見ていると、先ほどの自分のせんたくは間違っていなかったのだとさとる。

 イカサマゴト用1ルードは使わず、しんけん勝負をし、見事にげきちんした。

 確かに1万4000ルードはホールデンにとって今月の命に手をかけられたのと同義である。だが、あそこでメグを騙くらかしてひようひようと酒を飲んでいたら、決定的に自分は大事な何かを失っていたはずだ。そして、なりたくない親父クソツタレと同類になっていただろう。


「お待たせしましたー」


 元気な声と共におかわりの麦酒がやってくる。その新しいグラスに口をつけるとホールデンはメグに話しかけた。


「気に入ってくれたみたいでなによりだ……」


 メグは指輪から目を離し、ホールデンに移す。


「そうね。たまにはこういったギャンブルもおもしろいかもね」


「俺の食費が無機物になっちまったな……」


「ほら、かわりに今日のここのはらいは私だから好きな物食べなさい」


「……かわりにって、今日の夜飯は元々荷物を持ったほうしゆうじゃねーかよ」


「いつまでもウジウジしていたら男を落とすわよ」


 メグはどこかうたうようなこわいろで言う。

 ホールデンはできるだけ栄養をたくさんせつしゆするモードに入ろうと決心した。


「すいませーん。このフードメニューで上から高いもの10品持って来て下さーい」


 その雑きわまりない頼み方でも嫌な顔1つせずにオーダーを通してくれる。


「……別にいいけど、節操がない頼み方ね。さもしい人間性が現れているわ」


「うっせ。ほっとけっての」


 しばらくすると、料理がやってきた。

 ジャガイモのスパイスいため、グレートホーンのものいつかくのガーリックソテー、その全てが想像以上の味で大満足である。中でも地竜の麦酒みという一風変わった料理はひつぜつくしがたい旨さであった。

 一通り料理にしたつづみを打つとホールデンの悲しみもひとまずはうすれ、やはり空腹は悪で満腹は大正義であるということを改めてにんしきした。


「……ねぇ?」


 ホールデンが満腹のいんひたっていると、メグが話しかけてくる。


「なんだ? まだ食い足りないのか?」


「違うわよ!」


 メグはそのデリカシーのない一言にふんがいする。


「あのさ……その……もし私が一連のゆうかい事件に巻き込まれたら……アンタはどうする?」


 声は小さく頼り無さげにつぶやく。


「……お前までティアみたいな事を言うのかよ」


「い、いいから答えなさいよ! どうなの?」


 メグは顔を真っ赤にすると声を張り上げる。


「そうだな……たぶん助けにいくさ」


「たぶん?」


 するどい目つきになりホールデンをにらみつけ、持っていたグラスを勢い良くテーブルにたたきつけた。メグの発するふんとグラス音にホールデンはおののいた。


「い、いや……たぶん、つーか……」


 ホールデンは困った様に視線を彷徨さまよわせる。と、何か気がついたのか、ホールデンは勢いを取りもどし、先を続けた。


「この命にかえても必ず助ける!」


「ほ、本当?」


「ああ。もちろんさ。うそなんてつかない」


「けど、さっきはたぶんって言ったけど、急にどうしたの?」


 ジト目を向けてくるメグに、ホールデンは自信たっぷりの表情で返答する。


「気がついたんだ! お前が仮に誘拐されたらきっとお前のアノ親父おやじが大枚はたいて探させるだろ? そうしたらなぁ、命の1つ位は当然かけるさ! 正直いくら出すのか楽しみでいっってえええ!」


 ホールデンのそのひど過ぎる理由を述べるちゆうで、メグが空のジョッキを投げつけた。


「どうせそんなことだろうと思ったわ!」


「今のは下手したら死んでたぞ!」


「男なんだからそれくらいまんしなさい!」


ひどい男女差別だな……」


 ホールデンはグラスがちよくげきした場所をさすりながら非難の声を上げた。


「……ねぇ? アンタってどうしてそんなにお金にしゆうするの?」


 メグはな声のトーンになりホールデンに問いかける。


「……なんでって金を求めるのにそんなご大層な理由が必要だとは俺は思わないけどな。なんと言っても金さえあればたいていのことはできちまうんだから」


 ヘラヘラとその質問に対する回答をしゃべる。


「……噓ね」


 そうつぶやくメグの表情は全てのいつわりをかすようだった。そんな視線にさらされたホールデンはヘラヘラした笑いを引っ込め、そしてえきれなくなり視線をらす。


「数ヶ月とはいえ、アンタと行動を共にしていればわかるわ……本物の金の亡者とそうじゃない人の」


「……」


 そう語るメグのひとみくらく、何か悪いことを思い出したかのように表情は晴れない。


「なあフラワーズ……前に金がきらいだって言ってたけど……どうしてだ?」


 そういった他人のプライベートをせんさくするのはしゆではないが、今のメグの表情を見てしまったら聞かずにはいられなかった。


「……別に……何もないわ……」


 視線を逸らし、新しいグラスに口を付ける。


「そうか。ならいいんだ……」


 気まずいちんもくが2人に落ちる。周りは非常に楽しげなけんそうに支配されている分、2人の空間だけ断絶された異次元のようだった。飲み物がのどを通り過ぎる音すら聞こえるんじゃないかと思うほど、2人に会話はなかった。

 しばしの沈黙のあと、ホールデンは一気にグラスの中身を飲み干すと口を開いた。


「……昔、俺には妹がいたんだ」


 ホールデンがそう口火を切ると、メグはだまって話を聞く。


「俺と妹の親父は本物のロクデナシだった。おふくろかせいできた金のほとんどをギャンブルで使い果たす。無くなればもっと働けと暴力をるい、幼い俺はお袋をいじめるなと体を張ったが、かなうはずも無くなぐられた。やがて、お袋が過労でくなると親父は別の女を作りそのまま行方ゆくえをくらましちまった」


 ホールデンは努めて明るく話すが、内容があまりにもさん過ぎたのでホールデンのはいりよはあまり意味を成さなかった。

 新しい飲み物が運ばれてきて、それを半分ほど飲むと話の続きを始める。


「それで、俺とフィービーは……ああ、フィービーは妹の名前な。両親がいなくなり、頼れる親類もいなかった幼い俺らは、とあるいんに送られたんだ。ここでサリーといつしよだった。それはまぁ、今は関係ないか。数年は一緒に過ごせたんだが、フィービーは俺とちがって容姿もあいきようも良かったから里親につきたいという申し出が多くてね。俺はほら、昔からこの通りの性格だから引き取り手がなくてさ。だからフィービーは自分だけ行けないってその申し出を全部断ってたんだよ。けど、その孤児院の経営が良くなくなってみんな里親に出されたんだ。で、その里親はヴェルセのやつだった」


「あの北の国のヴェルセ?」


「そう、あのヴェルセだ。当時はまだ国交していたが、革命が起こって独裁政権になっただろ? そこからいつさいフィービーとれんらくが取れなくなっちまってな」


「それは……なんて言っていいいか……」


「ああ、気にすんなって。変に同情されてもイヤだからな」


 ホールデンはおどけた調子でメグに言う。話の内容とホールデンの態度が非常にチグハグだった。


「俺はさ……親父がいなくなった時にフィービーと約束したんだ。これからはお前を俺が守ってやるってな。……だけど、あんな悲惨な革命があった国では生きているのか死んでいるのかもわからない。もちろん探すことはあきらめていないけどな。俺があの時フィービーの幸せをほかのやつに任せなければ、きっとこんな事にはなっていなかった。だから俺達みたいな子供をなくす世界にしたいんだ。そのためにはあつとう的な金が必要になる。だから世界で一番の金持ちになってその願いをかなえる。それこそがアイツにしてやれるしよくざいなんだと思う」


 ホールデンは最後の方はメグに聞かせるというよりは、独白に近かった。

 先ほどの気まずい沈黙とはまた違う別種のせいひつが2人を包んでいた。

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