第五章 Wave Of Mutilation③

 17時になりホールデンは約束通り第1区画の中央にある時計台広場に来ていた。ここから東西南北に延びる道にはびっしりと商業店が並び、人であふれ返っており、ホールデンは大勢の人ごみの中からメグを探す。すると、時計台の下にある、ふんすいふちこしをかけているのが見えた。


「フラワーズ、わりー待ったか?」


「……おそい。行くわよ」


 メグは先ほどのことを根に持っているのか、非常にとげがある口調である。


「お、おう……」


 ホールデンはそのふんに飲み込まれてしまい、メグの後をついずいする。

 しばらく会話が無いまま買い物が続けられる。その買い物の内容は、依頼書オーダーシート作成の紙1000枚、びんに入った回復薬ポーシヨン100本など重いものばかりであった。

 ホールデンは気まずい中、荷物運びをしゆくしゆくとこなしていた。ホールデン自身、正直なぜ気まずくなっているのかも判然としていないので、荷物の重さと場の重さ、この二重の意味でホールデンは気が重くなる。

 やがて、てんしようが多くつどう広場でメグが品物を探している間にホールデンも店を見ることにした。買った物を路地裏の邪魔にならない場所に置き、露天商を見て回る。

 一角兎いつかくとの肉を使ったソーセージの店や、自家製ワインを出す店、銀のアクセサリー屋など、様々な店がひしめき合っている。その中で、『しよしよ専門店』という本屋が目に留まった。


「奇書、稀書? なんだこの店」


 そう言うと、店に入る。

『自殺用・読むと7日後に死ぬ本』『じつせん本・人をざんにんに殺害する方法』『これで貴方もモテモテ・やく完全読本』『あくの辞書・とう編』『しり煙草たばこを吸い続けた男』と、ロクでもないタイトルがずらりと並んでおり、へきえきした。しかし、その中で1冊ホールデンの目をくぎづけにしたタイトルがあった。


『魔導書 金のれんせいの仕方』


 その本からはまがまがしいオーラがただよっていた。ちがいなく禁書のたぐいである。なぜこんなところにという思いよりもそのタイトルにホールデンは一も二もなく飛びつく。が、あざとく立ち読みができないようにふうがしてあった。仕方がなく店番をしているオヤジの所に持って行き、なけなしの金が入ったさいを出す。


「オヤジ、これいくらすんの?」


「5500ルードだよ」


「5500ルードぉ!? 間違えてねーか!?」


「5500ルードで間違いないよ。この本は絶版してるからもう新品じゃ手に入らないよ」


「ぐっっ……少し考える」


 ホールデンはそういうと店からはなれる。正直ナメていた。露天で出している古本なので、100ルードから300ルードだと想定していたからだ。今のホールデンにとって、5500ルードとは非常に高額な物であった。

 しかし、どうしても先程の本が読みたかったので、ぐるぐると買うべきか、買わざるべきかを考えながら歩く。

 そこに銀のアクセサリー屋をじっと見つめているメグの姿を発見した。


「こんなものまで買い物たのまれてたのか?」


 ホールデンが横から声をかける。その店は色々な形の指輪、ネックレス、ピアスを売る店であった。メグは、その中の指輪を手につけものしそうにながめていた。


「……違うわ。これは個人的に欲しいと思って見てるだけ」


 そういうメグの瞳は年相応にキラキラと光っていた。


「そんなに欲しいなら買えばいいじゃんか」


「私はづかいできないの……」


 そんなに高いのかと思い値段をのぞき込んだ。どれも1万ルードをちょっとえる位であるので、この手のアクセサリーとしては平均的な金額といえよう。ホールデンにとっては大金であるが、一国のひめがたかだか1万ルードを出せない道理はなかった。


「1万ルードならお前のかせぎがいくらか知らないが、出せる金額だろ。無駄遣いがいやなら、お前のオヤジに頼めば万事解決じゃないか? むしろ、こんな安物じゃなくて、俺なんかが想像もできない金額のアクセサリーだって買ってくれるだろうに」


 ホールデンは、あのおや鹿オヤジの顔をいまいましげに思い出す。


「……そんな事できないわ」


 それ以上ついきゆうさせない強い口調で言い切った。ホールデンもそれ以上口を出す気がなかったのでだまることにした。

 そこでてんけいがホールデンの頭に降りる。


ぎようこうっ!! まさに僥倖と言わざるを得ないアイディアが降って来たっ!)


 ホールデンはおのれのポケットから、ヴィンセントにもらったイカサマゴト用1ルードこうを取り出した。


(こいつを使えば、難なくあの本をフラワーズに買わせる事ができる!)


 そう思い至ったホールデンは努めて冷静にメグに勝負の提案をしようとする。


『あぁそれと人をだますのに使うなよ。人を騙したらロクな事にはならねーからな』


 ヴィンセントに言われた言葉が思い起こされる。


(100億も借金背負わされたんだから、少し位返してもらってもばちはあたらないさ)


 そう結論づけると、メグに話しかける。


「あー、フラワーズ君。提案があるのだが聞いてくれはしまいか?」


 とうとつに変な口調になったホールデンをいぶかしむ視線で見るメグ。


「君も個人的に欲しい物があるみたいだね。何を隠そう、私も欲しい本があるのだよ。で、そこで提案なのだが、ある勝負をしてそれに負けた方が勝った方にその欲しい物をおごるっていうのはどうだろうか?」


 ホールデンは大仰に身振り手振りを交えて勝負イカサマの提案をする。


「はぁ? なんで私が貴方あなたとそんな勝負をしなければならないわけ?」


 メグはホールデンの提案に乗ってこない。が、ホールデンは根気づよく提案を続ける。


「まぁ聞けって。フラワーズが欲しい指輪は1万4000ルードだろ? 俺が欲しい本は5500ルードだ」


「だから何?」


「お前が1万4000に対して俺は5500。どう考えたって俺のがリスキーだろ?」


「……」


 メグは思案顔になった。先ほどの反応からすればかなりさぶられている様に見えた。そこで追い打ちをかけるよう、ちようはつはさむ。


「それとも、俺みたいな【遊び人】に負けるのがこわいのか? それも俺の方がリスクを負っているというのに」


 正直いつさいリスクを負っていないのだが、そんな事はおくびにも出さずに言い切った。


「そこまでいうならやってあげるわよ。後で泣きをみても知らないから」


(かかった!)


「勝負は簡単さ。この1ルード硬貨を投げて、裏表を当てるだけだ」


 そういうとホールデンは右手で1ルード硬貨をポケットから3枚取り出した。


「ちょっと待って」


 メグが声を上げた。ホールデンの心臓は明後日あさつての方向に飛んで行きそうなくらいおどろく。


(ま、まさか……ばれたのか……?)


 メグは自分の財布から1ルード硬貨を取り出し、投げてよこした。それを危なげなく左手でキャッチする。


「あなたが提案してきた勝負なんだから、コインはこっちを使いなさい」


「ああ、もちろんだとも」


(あっぶねー! マジでビビった! が、コインは何を使ってもだいじようなんだなこれが)


「そんじゃ、投げるぜ」


 右手にコインを持ち直し、イカサマゴトコインをばれないようにセットすると、親指でコインをはじいた。あとは上手く、イカサマゴト用1ルードと入れえればそれですべてが終わる。コインが天高くい上がる間、ホールデンの意識に先ほどのメグの言葉が思い起こされる。


『私は無駄遣いできないの……』


 そう言ったメグの言葉は重く、何かしらの事情があることは容易に想像できる。


(……俺はこいつから100億ルードの借金を背負わされてるんだ……少しくらい)


『……そんな事できないわ』


 父親に買ってもらえばいいと言った時のあいつの表情。親には絶対にたよらないって決めたかくの顔であった。

 そこでホールデンの心象に映し出されたのは、自分達を見捨てた父親の姿だった。金にきたなく、女にだらしない。最低最悪の男。自分は今、そんな親父クソツタレと同じようなことをしようとしている。極限まで圧縮された時間感覚の中、コインが手元に来るまでの間が非常に長く感じられ、ホールデンはついに決断した。


「……表、裏どっちを選ぶ?」

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