第一章 Despair Came Knocking

第一章 Despair Came Knocking①

こく、ホールデン・ドハーティにばつきん100億ルードを命ずる」


「なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」


 裁判官がホールデンにとってけいに等しい文言を言い放つ。

 証言台に立ちくすホールデンはあしもとかいしたかと思うほどの絶望におそわれる。

 しかし、現実には証言台は瓦解せず、おのれの両足でしっかりと立っている。

 が、本音はこのままひざからくずれ落ちたかった。

 クートヴァスでは

 そう言えば、100億ルードという金額がいかにほうもない額か理解できるはずだ。

 後方からはぞうごんあらし

 前方からは死の宣告。

 そして国王の高笑い。

 この裁定所においてりつえんちゆうめんじようきように追い込まれる。


 ──世界一の金持ちになってこんな悲しい思いをしない世界にするよ。


 遠い日のおくせんれつに想起される。

 

 ──うん。お兄ちゃんなら必ずできるよ……


 その横にはくつたくの無い天使のがおがあった。幼い日のホールデンは、その笑顔は常に自分のそばにあると信じて疑わなかった。しかし、その笑顔は長くは続かなかった。最後の記憶にある顔は、ホールデンが望む笑顔ではなかった。


 ──必ず……必ずむかえに行くから……


 ──うん……お兄ちゃん……きっとまた会おうね!


 ホールデンは数人の大人にがんがらめにされ身動きができず、己の無力さでなみだがあふれていた。対照的に妹は涙を流していなかった。しかしそれは自分が泣いてしまったらもっと兄を悲しませてしまうと理解したいつぱいの笑顔であった。

 小槌ガベルが打ち鳴らされ思考は現実にもどり、ホールデンは裁定所のてんじようを見上げた。


 ──どうしてこうなった?


 数日前まで将来をしよくぼうされ、引く手数多あまたを地でいくような状況であったのに。

 この状況に至るまでに何があったのか?

 何故なぜこの状況に追い込まれたのか?

 話は数日前までさかのぼる。



    ◆◆◆



 春風が街にき、やわらかな花弁が世界をいろどる。空にはこうこうと4つの太陽の内、春をつかさどる太陽がうららかな光を人々にしみなく降り注いでいた。だれもが鼻歌混じりで散歩でもしたくなりそうな春の昼下がり。クートヴァス第10区画に位置するオンボロ長屋で、ホールデン・ドハーティは長屋と同じ位オンボロなソファーにそべっていた。


「──履歴書ウオークオブライフ


 ホールデンは手を前にかざす。き出したてのひらの前に履歴書ウオークオブライフあわりんこうを放ちけんげんした。これこそが人類全てに与えられた、その人間の全てがさいされたものである。形は縦30センチ、横20センチの本の形をした物だ。履歴書ウオークオブライフに記載されるのは、己のステータス、身長、体重、ねんれい、そして職業ジヨブだ。職業ジヨブいた後にスキルを発動する時は必ず履歴書ウオークオブライフを開いていなければならない。その他のようとしては、自分の資産管理(預金等の管理)、メール、身分証明など生きる上で欠かす事ができない物ばかりである。

 ホールデンは履歴書ウオークオブライフをメールかくにんページで止める。メッセージ345件。かなりの量が送られてきていた。上から順に内容を確認する。


「えーなになに……」


『件名 トーマス・インク、人事部 ドネガル・タッターと申します。本文 初めまして。私はトーマス・インク人事部 ドネガル・タッターと申します。ホールデン・ドハーティ様のステータスを拝見いたしました。らしいステータス値でした。これもひとえにドハーティ様のたゆまぬ努力の成果だと考えます。その努力の成果をぜひとも我がインクで発揮していただけるのではないかと思い、メールを送らせていただきました。たいぐうの方はけいやく金1000万ルード、年収600万ルードと考えています。お会いできるのを楽しみにしております』


「うーん。いまいちだな……」


 ホールデンはいまいちと言っているが、クートヴァス新卒平均年俸は300万ルードである。これを考えるとかなりの好条件であると言えよう。


「おっ、アビゲイル・インクは、契約金は750万だけど年収が790万か。これは中々」


 大量のメールを確認していく。その内容は基本的にホールデンをめちぎってなんとかして入社してもらおうとしている内容であった。


「……ホールデンならそんな条件よりもっといいとこのオファーを受けた方がいい」


 誰もいないはずの部屋で急に後ろから声がかかる。


「おわっ!」


 おどろきすぎて、ソファーからこしくホールデン。り向くとそこにはよく見知った少女がホールデンの履歴書ウオークオブライフのぞき込んでいた。


「ティア……いつもいつもかぎがかかっている部屋にどうやって入ってくんだよ」


 その少女は無言でスッと合鍵を出す。


「なんで合鍵を!」


 手をばし、鍵をうばおうとするが、ひらりとかわされてしまう。


「……そんな事よりも、ホールデンはもっといい会社インクに行くべき」


「そんな事よりって……」


 ホールデンはあきらめ混じりのため息をく。

 この不法しんにゆうしやはティア・ラブ・ヒューイット。ホールデンと同じ職業訓練学校ジユニアの卒業生だ。すっと整った鼻すじ、柔らかそうなくちびるりゆうれいな川を思わせる様なかみしつねむそうな垂れ目の大きなひとみはアクアマリン色で美しく、胸は高い山脈を連想させる程大きい。感情のふくが少なく、無愛想に見えてしまうのが残念だが、だまっていれば文句のつけようが無い美少女である。ティアは前のめりになり、ホールデンのかたに大きな胸を乗せると、勝手にホールデンの履歴書ウオークオブライフのステータス値のページを開く。


「お、おい……くっつくなって……それに、勝手に見るなよ!」


 氏名 ホールデン・ドハーティ

 年齢 15歳

 身長 177センチ

 体重 65キロ

 所持金額 3万8901ルード

 ステータス 力 450 防 503 速 430 けん 91  399

 その表示を見ると、何故かティアはほこらしげになる。


「……賢だけ低いけど、平均値が今期最高ステータスなんだから、しょぼい|会社

《インク》からのスカウトに乗るなんて私が許さない」


「人が気にしている事を……お前に言われるまでもなく条件が低い会社インクには行く気はさらさらねぇよ……つーかお前が許さない意味がわからんし」


 ティアが言う通り、ホールデンは今期の職業訓練学校ジユニア卒業生の中で最高のステータス値であった。ステータス値がゆうしゆうな者は職業ジヨブあたえられる前に会社インクと呼ばれる組織からスカウトを受ける。通常、職業ジヨブを与えられてからその資質にあった会社インクの採用試験を受けるのがいつぱん的だ。しかし、優秀な人材はその限りではない。どこの会社インクも営利を目的としている。営利を目的としている以上、有能な人材はひつ。なので、毎年、優秀な者は採用試験を受ける前に、会社インクの方から声がかかる。これの利点としては通常入社する者にはない、契約金が受け取れる事と、年収が高くなる事だ。デメリットとしては通常入社の職業ジヨブが思いのほかいいものであった場合、契約金はもらえないが、年収がその分高くなる。しかし、それはまれなケースであるのでスカウトされた者のほとんどはどこかの会社インクに入る。


「……そんな事よりここにサインを」


 ティアは1枚の用紙をホールデンに差し出す。ホールデンにはその紙を見なくても何の用紙か理解していた。


「……あのな? 何度も言うけど、絶対サインしないからな」


 無感情に差し出された用紙には『こんいんとどけ』と印字されている。ホールデンはティアに向くとたんたんと言い聞かすようにつぶやく。ティアはキョトンとして、まるでホールデンが自分の知らない言語で話しているといった感じだ。


「……ホールデンの意思なんて聞いていないの。貴方あなたが私の事を好きかきらいかなんてまつな事。だって私も別に

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