第一章 Despair Came Knocking②

 ティアがこうなっているのには理由があった。

 ティアのステータス値は今期ホールデンに次いで第2位。おまけにクートヴァス会社インク序列200年連続第2位というぎようを達成している、ヒューイット・インク社長のれいじようであった。そんなさいしよくけんの美少女に求婚されているのだから、年相応の男なら喜んでしかるべきなのだ。だが、ホールデンは新手のにがむしつぶしたような表情になる。

 ティアはだん何を考えているか読めない子であったが、1つだけ明確な事があった。

 それは、優秀な子孫を残す事。ヒューイット・インクは200年連続序列2位。別の言い方をすれば。そんなヒューイット家の悲願は序列1位にのぼりつめる事だ。なので、ステータス値第1位であるホールデンとの結婚をティアの意思とは無関係にヒューイット一族が望んでいるのだった。


「お前の人生お前のモンなんだから、好きなやつくらい自分で探せよ」


「……ホールデンは自分の事を好きだったら結婚してくれるの?」


「い、いや、それはさぁ、なんて言うか……おたがいの事を色々知ってだなぁ……」


「……じゃあ私はホールデンが好き。これでいいでしょ?」


「『じゃあ好き』ってなんだよ! 全然気持ち入ってねーだろうが!」


「……結婚に気持ちはじやになるだけ。あるのはお互いの利益の追求。れんあいならそういった気持ちも必要かもしれないけど、私はホールデンと恋愛をするつもりはない」


 あたかもそれがこの世の真理であるかの様に自信満々に語るティア。


「……それに私はお金持ち。私と結婚すれば私の家の資産が共有になる。おまけに私自身を好きにできるよ。それって最高だと思うけど」


 必要以上に自分の胸を強調して言う。確かに、ティアは金持ちってだけではなく、相当な美少女で胸も大きい。男が望む条件がかなりそろっている。しかし、ホールデンは……


「はぁ……あのな、金はしいさ。いくらかせいだって足りないって位欲しい。けどな? それは俺自身で稼がないと意味がないんだよ」


 ティアと結婚すればいつしゆんで大金持ちになる。だが、いくら金にきたないホールデンでも自分の事を別に好きじゃないという相手からの求婚を、受けられるはずがない。そんな人道から外れた事をして手に入れた金は求めていない。自分の力で稼いでこそのちからなのだから。なのでホールデンはティアのこの申し入れをひたすらかわし続けていたのだった。


「……理解できない」


 ホールデンは大きくため息を1つき出した。


「それに、俺はおこってんだからな」


「……怒る? それも全くわからない。なぜ、私のこと怒ってるの?」


「正気かお前!? 卒業式であんな事しておいてうらんでない方がおかしいだろ!」


「……卒業式? 何かあった?」


「お前……マジで言ってるのかよ……卒業式で俺のパンツ……」


 ティアは本気で心当たりがないといった様子だ。ホールデンが怒るのも無理はない。卒業生筆頭として全生徒の前であいさつをした後、ティアがだんじように上がってきた。婚約のせいじつを作ろうと、キスをせまってきたのだ。ホールデンがそれをかわすと、悲劇は起きた。いや、ほかの生徒から見たら喜劇にしかならない出来事だろう。ティアはなぜか何も無い所でせいだいにすっ転び、これまたなぜかホールデンのズボンにつかまりそのまま下着ごとずり下げてしまったのだ。必然、ホールデンは全校生徒の眼前でリトルホールデン股間をご開帳してしまった。ホールデンはその日家でさめざめ泣く事になる。


「私がホールデンのパンツを下げてしまった事ね。今となっては良い思い出。そんな青春の1ページを提供したのだからお礼を言って欲しいくらい」


 ティアはいつさい悪びれた様子も無く、むしろ得意げに語る。


「どうやったらその思考に帰結できるのか不思議でならないわ!」


「……そんな事で怒る様なうつわの小さいホールデンでも、アッチの方は大きいから私を楽しませてくれるんでしょう?」


「話がかみ合ってなさ過ぎるだろう!? 色々と!」


 うんざりした様にため息を吐くと、ティアを無視しメールチェックを続ける。


「おっ!! まじかよ!」


 とあるメールの件名を見たホールデンのがおが驚きの表情に瞬転した。


『年収3億!』


「喜んで、この会社インクにお世話になります!!!」


 かんに打ちふるえながら、内容をかくにんするホールデン。ホールデンの様子を見たティアはその内容を後ろから覗き込むと、冷静につぶやいた。


「……ホールデン、この内容って」


 ティアのその言葉は、テンションが上がったホールデンの耳には届いていなかった。


『本文 私の年収は3億ルードです。仕事一筋に生きて来て気がつけば早39歳。たよれる男性ともめぐり会わず、日々をもんもんとすごしております。私の稼いだお金はもちろん好きに使って頂いて結構です。その見返りとして私をいやして頂ければそれで満足です。どうかこのさびしい40前のれた体を貴方のそのやさしさでどうぞ癒してくだ……』


「ざっっっけんな!!! メールかよっ!!!」


 ホールデンは喜色満面からふんの化身になり、ソファーから勢いよく立ち上がると履歴書ウオークオブライフかべに投げつけた。そんな様子のホールデンを見たティアは無感動に呟く。


「……ホールデン、おっちょこちょい。だから賢が低いんだと思う」


「っだぁ!! 余計なだっての! もう帰れ!」


 そう言うと、ホールデンはティアを入り口まで追いやる。ティアが無表情でなまめかしい言葉を吐く。


「やん……ホールデン、強引なのが好きなの?」


「無表情でなんて事言ってんだお前は!」


 ホールデンはポイッとティアを外に追い出すと、鍵とチェーンをかけた。そしてソファーまでもどると勢いよく座る。


「ハァ……どっとつかれた……それにしても純真な思いでメールを見ているのに、詐欺ろうとする奴がいるなんてひどい世の中だ」


 その『純真な思い』とは『一番金を出す会社インクを探す』といったモノだ。世間一般的に見てその思いとやらは純真とはほどとおいという事に当の本人は気がついていない。そもそもの話、ホールデンは今すぐ、どこの会社インクにも入る気は無かった。なぜならば、職業ジヨブいたしゆんかんに、自分の価値はさらね上がる事がりん確定しているからだ。職業ジヨブを与えられると、やく的にステータス値が上がる。『職業ジヨブ』とはそれだけ強力なのだ。一番早く稼ぐには自分で会社インクを興す事が近道だが、クートヴァスにおいて10年以上別の会社インクに所属しなければならないという決まりがあるため、いきなり自分の会社インクを興す事はできない。

 ホールデンは毎日勉強を必死にがんばって順位をしていたのだが、る間をしんで勉強しても賢のステータスはみようにしかじようしようしなかったのである。人にはそれぞれ得手不得手がある。ホールデンは勉強が人より苦手ということだろう。なのでこのステータス値をかくとくするまでの道のりは決して楽なものではなかった。

 同年代が朝、みんむさぼっている時には早起きし毎朝20キロのランニングを欠かさず。

 同年代が学校の授業中に寝ている時は一言一句聞きらさない集中力で勉学し。

 同年代が楽しく休みの日に集まり遊んでいる時は、朝から晩まで頭と体をきたえ続けた。

 このようにしてホールデンは職業訓練学校ジユニア時代に1つも楽しい事がなかったのである。決して本人は群れる事がダサいから友達はいらないというタイプではない。むしろ、かなう事であればみなと楽しい学校生活を送りたかったと思っていた。そのすべてを捨て、年収を上げる為にステータスを鍛え上げたのだ。このまま順当に職業ジヨブを得れば、まずちがいなくどこの会社インクでもそくせんりよくになり得る。


「俺には金がいるんだ……」


 その声はしんけんそのものだ。この世界は良くも悪くも資本主義である。金があれば幸せで、無ければ不幸せ。いちがいには言い切れないが、少なくともホールデンは金というものが人を幸せにすると信じている。ただ、同時ににくしみも感じていた。あの時に自分に金があれば、妹とはなればなれになる事も無かったはずだ。だが皮肉な事にその憎むべき金を集めなければホールデンの目的は達成できない。自分達と同じ様な者達を無くすにはほうもない金が必要になる。

 履歴書ウオークオブライフを閉じると同時にてのひらの上から消える。


「フィービー……待っていてくれ」


 その声はろうきゆうした木造の家屋に消えて行く。

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