第一章 Despair Came Knocking③

春の太陽が相も変わらずやわらかい日差しで世界を照らす。全ての風景が春色に染まるそんな日。ホールデンが待ちに待った授職の儀レンダージヨブの日がついにやってきたのだ。

 ルードワルドに住まう15歳になる者達は、それぞれの国にある職業庁が管理するミネルバの大聖堂にて最初の職業ジヨブあたえられる。

 最初の職業ジヨブは全ての新卒者に重要な意味を持つ。それは良い意味でも悪い意味でもだ。何故なぜならば、最初に与えられた職業ジヨブは〝天職ライズジヨブ〟と呼ばれ、転職ジヨブチエンジをする際に大きな意味を持つからだ。

 ホールデンはいつもより早く起き、第10区画を後にした。足取りは自然と軽い。それもそうだろう。この日の為に学生生活の全てをついやし努力してきたのだから。

 授職の儀レンダージヨブはミネルバの大聖堂で毎年行われる。ミネルバの大聖堂は、第1区画にあるクートヴァス城下町の中央に位置する場所に建っており、遠くからでもその神聖なようが確認できる。城下町は新卒の者達であふれ返っており、それぞれ友人達と楽しくおしゃべりをしながら大聖堂を目指していた。

 ホールデンはというと、これから自分が与えられる天職ライズジヨブに思いをせながら向かう。


(今日は俺がテッペンを目指す記念すべき最初の日になる。職業ジヨブが発現しさえすれば、俺なら最高のたいぐう会社インクに招かれるはずだ)


 そんな事を考えながら進んでいると、いつの間にか大聖堂に辿たどり着いていた。高さ18メートルはあるきよだいとびらの前で立ち止まると、大きく深呼吸をする。


(さぁ、いよいよだ!)


 大きな期待を胸に栄光になるだろう1歩をみ出し、扉の中に入った。

 中に入るとせいひつな空気感に息を飲む。高いてんじようの中天に張られたステンドグラスは色とりどりの宝石の様で、上品な調度品は神聖さに満ちあふれている。奥にある授職の儀レンダージヨブを行う台座はこうごうしくかがやいて見えた。ホールデンもかんたんの念を禁じ得ない。

 席は自由だったので、ホールデンは中程の中央よりのはしに着席する。

 自分が与えられる天職ライズジヨブを想像していると、となりの席から声がかかった。


「あれ? ホールデン君じゃないか」


 ホールデンはおどろいた。まさか自分の名前が呼ばれるとは思わなかったからだ。隣に視線をやると、そこにはさわやかな笑みをかべていた。


「なんだ、サリーか……」


「久しぶりじゃないか! ……ってそんなあからさまに興味がない顔をしないでくれよ」


「久しぶりってほど久しぶりじゃないだろ。職業訓練学校ジユニアの卒業式の時に顔を合わせているから2週間しかってないし」


 サリーと呼ばれた少年は甘いマスクをほころばせる。


「2週間じゃなくて、2週間じゃないか」


 ホールデンはこの意識の差は一生まらないと感じた。

 サリー・バーンズはホールデンと同じいんの出身であるのと、職業訓練学校ジユニアの同級生でもある。今期のステータス値第3位。しかし女性からの人気に関して言えばホールデンは天と地程の差をつけられていた。甘い容姿に爽やかな性格、おまけに成績ゆうしゆうで将来有望。モテない方がおかしいだろう。そんな性格だから在学中も事あるごとにホールデンに声をかけていたのだ。


「……俺は今いそがしいんだ。用があるなら早くしてくれよ」


「忙しいって、何もしている様子がないけどなぁ。その前に、何か用がなかったらしゃべりかけちゃなのかい?」


「相変わらずスカした笑顔全開で苦手だ。お前の事」


「ははは。君も相変わらずはっきりとモノを言うねホールデン君。僕は君のそういう所好きだけどね」


 サリーはホールデンのはっきりとした物言いにも顔色を変えず爽やかに対応する。


「君ほどの人なら色々な会社インクから声がかかっているんじゃないの?」


「まぁな。そういうお前はどうなんだ?」


「僕は入りたい会社インクがあって、事前に自分でコンタクトを取って入社させてもらえたんだ」


「まじで? 職業ジヨブが決まってからの方が年収良くなるはずだろ」


 すぐに金の話に持っていくあたりホールデンの金へのしゆうちやくしんがうかがえた。


「ははは。金額は自分だいってとこかな。会社インクはラロケット・インクだよ。入りたい所に入れる。僕はそれだけで満足なのさ」


「ソレハヨカッタナ」


 ホールデンはサリーの優等生然とした回答にへきえきし、あくびをしながら適当に答えた。


「ははは、そこまで興味が無さそうにされるとこっちも気持ちがいいよ」


「けど、まぁラロケット・インクならかせごうと思えばかなり稼げるんじゃねーの?」


 ホールデンがそう言うのは、ラロケット・インクは数多あまたある会社インクの中で、クートヴァス内会社インク序列49位と、上位であることだけではなく、創設10年目かつ総社員数は200人程と、歴史が浅く社員数も少ないからだ。序列100位以上の会社インクは創業150年以上の歴史をもつ会社インクが多く、社員数もぼうだい。毎年こうしんされる序列は会社インクの収益、こうけんで決まる。ラロケット・インクは、社員数は少ないが1人1人の力が途方もなくすぐれている証左でもある。歩合制を採用している会社インクの中でもあつとう的にバック率が高いので、がんれば頑張った分だけもうかる様にして、社員のモチベーションを上げている。

 当然の事だがそれぞれの会社インクには特色がある。ある会社インクは商業系が強く主に【商人The Increase】の職業ジヨブに就いている者が入る。ある会社インクは芸能系が強く主に【偶像The Idol】、【管理者The Manager】の職業ジヨブに就いている者が入る。ある会社インクは工業系が強く、【職人The Master】の職業ジヨブに就いている者が入る。ラロケット・インクの強みは圧倒的な武力だ。優秀な人材を使って賞金首をったり、レベル5以上の指定危険地域でのげんじゆうしんじゆうじよかくをしたり、要人の警護にあたったりと仕事は非常にわたる。社長であるヴィンセント・ラロケットは元クートヴァス・インク 最高戦力である国王特務部 第9課 つうしよう王の剣ライトハンドオブキング〟の課長であった。ヴィンセントの強さは無類で、基本職業ジヨブの【魔術師The Resignation】であるにもかかわらず職業ジヨブ価値SSまで上りめた天才だ。その功績はすさまじく、いくつもの街をかいめつさせた幻獣、ヒュドラのとうばつ、角が万病の特効薬になるユニコーンの捕獲、飼育方法の確立。多くの第1級犯罪者のたいなどクートヴァスにもたらした利益はばくだいだった。そんなヴィンセントが10年前とつじよとしてクートヴァス・インクを退職し、ラロケット・インクを創設したのだ。ヴィンセントをしたってラロケット・インクに入社したがるは多かった。なので小さいながらも人材は有能な者が多く、少数せいえいといった言葉が非常に合っている会社インクである。

 ホールデンがサリーの年収をおくそくしていると、目の前にとうとつに紙が現れ、よくようの無い声がひびいてくる。


「……今日こそはここにサインしてもらう」


 その紙を見ると『こんいんとどけ』と印字してあった。


「げっ! ティア!」


「……ホールデン久しぶり。久しぶりなのにその態度はひどい。私の心は深く傷ついた。今のこうを許す代わりに、ここにサインして」


 ティアはホールデンの横に座る。ホールデンのいやそうな顔を見て口では傷ついたなどと言っているが、口調、表情からはじんも傷ついた印象を受けなかった。


「久しぶりって、昨日会っただろ!」


「……会っていない。だから久しぶり」


「お前はお前で時間の感覚がイカレてるんだよ!」


 ホールデンはサリーとティアの感覚にちがいはあれど、久しぶりという感覚において、2人と一生わかり合えないと確信した。


「……早くこの氏名らんに記入を」


「だから俺は記入しないって何度も言ってンだろうが!」


 そんな不毛なやり取りをしていると横合いから草原にいちじんふうの様な微笑ほほえみをたたえながらサリーはぼそりとつぶやいた。


「卒業しても相変わらず君達は仲がいいなぁ」


 そんな少し前の学校生活と何も変わらない場面を再現していると、大聖堂の入り口付近がさわがしくなっていた。


「──お、おい! あの方は……」


「──まじぱねぇ……」


「──あの顔にあのスタイルとか……神はつくづく不平等ってヤツが好きと見えるな」


 様々な言葉をひそひそと話しているが、そのどれもがたたえる言葉で統一されている。ホールデンはその方向に視線をやる。そこにはこの世の美をしゆうれんした人間が歩いていた。

 クートヴァス王国第57代目国王ノア・フラワーズのむすめ、メグ・フラワーズであった。

 ルベライト色の大きなひとみ。雪原を連想させる白いはだうすはかなげなくちびるは天使の音色をかなでるちくおんなのだと容易に想像させる。衣類からのぞく手足はせいに作られたガラス細工の様だ。その細いシルエットの中で胸の部分だけれいほうを思わせる存在感を放つ。かみはホールデンが今まで見てきたどの黄金よりも美しい黄金色。その秘宝の様な髪をツーサイドアップにわえた姿は幼さとようえんさ、その二律背反が同居するせきの存在へとしようさせていた。まさに神が考えうるすべての美点をねそなえているといっても過言ではない。

 ホールデン達の横を通り過ぎて、一番前の中央に静かに着席した。


「ただ歩いているだけなのに、えらくド派手な登場に見えるな」


「そうだね。おひめ様は僕らと違って貴族専門の訓練学校に通っていたはずだから、こうして間近で見ること自体初めてだから仕方ないんじゃないかな」

 くいっくいっとホールデンのすそつかむティア。


「……早くここにサインして」


「いやいや、おかしいだろこの流れでそれは!」


「……おかしくない。おかしいのはサインをしないホールデンの方」

 ティアは本気でそう言っているようであった。

「はぁ。そんな調子だからお前友達いないんだぞ。少しは空気ってやつを読んでくれよ」


「……友達? それって必要なの?」


 強がりでも、うそを言っているりでもなく本心からそうティアは告げていた。


「……それに貴方あなたにも友達はいないでしょ」


「ぐうっ……はっきり言ってくれるな……」


「……友達がしいの? なら買ってあげるけど?」


「金で友達を買うってどんだけ俺あわれなんだよ!!」


「……欲しくないの?」


「なぁサリー、助けてくれよ……こいつ本気で言ってるよ」


 ホールデンは深くため息をき、サリーは変わらずニコニコと何を考えているかわからない表情で受け流した。

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