第二章 大胆は無知と卑劣の子であって、他の資格よりもはるかに劣る⑤

「またのおしをお待ちしております」


 やらかしてくれたウェイターが深々とおをして見送りをする。


(二度と来るか! ボケ!)


 メグがこわした店内と料理代×2として25万5000ルードをせいきゆうされてしまった。


(ああ……なんてこった……食費をかそうと思っただけなのに借金が増えちまった……)


 身も心もボロボロになるホールデン。メグとティアはチンカチンカにキレていた。


「あ、あの……おぜう様方々……その……すみません……」


 ことのてんまつを語ると、メグは大きくため息をく。


「はぁ……アンタがそういうやつだってわかってはいたけど、さすがにそれはじきたなさすぎやしない?」


「す、すみません……」


 平身低頭のままのホールデン。


「……言ってくれれば毎日私が食べさせてあげるのに」


 ティアは事情を聞くとすぐにやさしい言葉をかけてくる。

 しかし、いくらゲスなホールデンでも女の子に毎日ご飯を食べさせてもらうということはヒモ以外の何物でもないので、苦笑いで流す。


「ああ、もうこんな時間じゃないの! 早く会場に向かわないと間に合わないわよ!」


「……本当だ」


 2人は時計を見ると、ライブ会場に向かう。


「アンタ、いつまで頭下げてんのよ。早く行かないと!」


「お、おう……」


 許されたのかびみようなところであったが、返事をして2人の後を追う。


 ライブは第2区画にあるきよだいなホールで行われる。この会場は数万人を収容できるほど大きい。しかしそんな大規模なホールにもかかわらず、周辺にはチケットを買えなかったファンたちが手書きのボードを持ってチケットを探していた。


「とんでもない数の人だな……」


 ホールデンは会場周辺の熱気を見てつぶやく。


「そうね……さすがにここまですごい人気だとは思ってなかったわね」


「……人多い。こんなに人気があるんだ」


 メグとティアは人の多さにかんたんの表情を浮かべる。会場に向け3人は歩き出す。ファンたちは入り口付近から延々とちようだれつをなしていた。ホールデン達は奥にある関係者受付に向かう。と、その列の先頭に見覚えのある3人組が視界に入る。


「オウフ……もうすぐ生チェルシーちゃんに会えるので、あせがやばいよぉ」


 他の2人も同じく気持ち悪い笑みを貼り付けていた。

 そいつらはホールデンが匂いを嗅ぐランチをしていた時に絡んできたグループである。


(……先頭で待機とかどんだけ気合い入ってんだよ……うん?)


「はぁはぁ……レイラたんもうすぐ会える……」


 そこで写真にほおずりしていたのはホールデンの同室であるブライアン・ジェンキンソン。


「ブライアン殿どの、落ち着くであります。我々ベイビーメイカー親衛隊はしんたれが会則でありますぞ」


「……俺っちとしたことがつい……罪な女だぜぃ……レイラたんは」


 3人……いや、4人組は不気味な笑顔で笑いあっていた。


(……仕事に行ったのかと思ったらこんなところに……つか前に絡んできた3人組といつしよにいるな……どんな関係なんだよ……)


「何、立ち止まってるのよ。早く受付するわよ」


「……ホールデン、早く」


 メグとティアはブライアンに気がついておらず、立ち止まっていたホールデンをかす。


「あ、ああ……今行く……」


 よくないものを見た……そう思うとホールデンは2人の元に小走りで向かった。


 関係者受付、と書かれたテントにやってきた3人は受付をする。


「お忙しいところありがとうございます。来てくださって光栄です」


 受付でにゆうわな笑みを浮かべたのはベイビーメイカーのマネージャー、ノーマンであった。


「この度はおさそいいただきましてありがとうございます。私はこういったイベントに参加したことがないので、とても楽しみです」


 メグはじよさいなく、ノーマンにビジネス的なあいさつをする。


「お三方に楽しんでいただけると幸いです。よかったら終演後、楽屋に挨拶に来てください。他のメンバーもごしようかいいたしますし、チェルシーも喜ぶと思います」


 ノーマンとそんな話をしていると、受付の奥の方からせいが響いてきた。


「テメェは何度言ったらわかンだよこのボケが!! クビだクビ!」


 視線をそちらに向けると、ベイビーメイカーが所属する、バージェス・インク社長のジェフが部下をしんらつおこっていた。怒られている部下は完全にいしゆくしてしまっている。


「し、しかし……それは社長が先ほど指示されたことでして……」


「ああん? テメェ! 俺のせいにするってのかぁ?」


 ジェフはその部下にすごみをきかせる。


(こないだも思ったけど、俺の予想どおり部下にはじんに怒る奴じゃん)


 3人がその様子を見ていることに気がついたノーマンはくしようする。


「お見苦しいところをお見せしてすみません。なだめて参りますので、お席の方へどうぞ」


 3人は別のスタッフに関係者席に案内される。ホールデンは後ろを見ると、ノーマンが何やらジェフに言い、すぐにジェフのいかりが収まったようだ。


(ノーマンさんの言うことはなおに聞くんだな)


 ホールデンは内心でそう思うと、視線を元に戻す。

 案内された関係者席には芸能関係会社インクのおえらいさん方と思われる人々が集まっている。

 関係者席はアリーナではなく2階だった。そこにはふかふかなソファーが置かれており、特別席といった感じだ。2階から下をのぞくと、巨大な空間に色とりどりのそうしよくほどこされたステージが見えた。非常にけんらんで、予算をかけているのが伝わって来る。

 そのふんに3人はものめずらしそうにキョロキョロと視線を彷徨さまよわせた。


「すげーな……一体いくらかかってんだろーなこのステージ」


「すぐお金に直結させるのはあんたっぽいけど、確かにこれは少し気になるわね」


「……数千万はかかっていそう」


 3人がそんな感想を言い合っていると、下の方がにわかにさわがしくなる。客入れが始まったようだ。ホールデンは下を覗く。するとステージにより近い場所を確保するため、もうダッシュする人々が雪崩なだれのようにやってきた。その中にブライアンと例の3人を見つける。信じられないくらいのスピードで、一番いい位置を確保する。遠くて声は聞こえないが、どうやら4人はその場所が取れたのがうれしかったのか、き合っていた。

 その様子を見たホールデンは苦笑するしかなかった。


「どうしたの?」


「い、いや……何でもない」


 しばらくすると、数万人は入れるホールがぎちぎちになる。その景観は圧巻だった。

 10人ほどの女の子たちに、これほどまでに人々を呼ぶ力があるのだからおどろく。

 数万人の客が今か今かと開演を待っている。やがて、明かりが消える。

 数秒後、色とりどりの明かりがステージを照らす。

 そこにははなやかな衣装に身を包んだベイビーメイカーのメンバーが登場した。

 その瞬間、ホールデン達の耳に数万人のかんせいが響く。


「みんなー! 今日は私達のライブに来てくれてありがとー!」


 一歩前に出たのはチェルシーだった。

 頭の先から足の先に至るまで、かんぺきに〝アイドル〟であった。

 チェルシーが一つ満面の笑みを客席に投げると、その方向にいた男のファンの何人かは失神している。それほどまでにチェルシーの笑顔は可愛かわいさの暴力をともなっていた。

 その様子を見るに、昨日ホールデン達に悪態をついたのが信じられない。


「まずは1曲目!」


 チェルシーがそう言うと、曲が大音量で聞こえてくる。

 メンバーは曲に合わせて可愛らしいダンスをおどり始めた。

 その踊りに合わせて、ブライアンたちを先頭にきみような踊りを開始した。

 ファンたちのなぞの踊りが地面をたたき、ひびきとなって2階席にもえいきようおよぼす。


「す、すげぇ……」


 ホールデンはステージ、客席のあつとう的なエネルーギーにされた。メグもティアも、その光景に息を飲む。それほどまでに、この光景にはかれるものがある。

 3人は時間を忘れてベイビーメイカーのステージにみりようされていった。

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