第二章 大胆は無知と卑劣の子であって、他の資格よりもはるかに劣る④

「すまんすまん! ちょいと仕事の連絡をしててさ」


 ぼーっと座っていたティアに言い訳をするホールデン。

 ティアはコクリとうなずく。


「……ホールデン、聞きたいんだけどさ」


「お、おう……き、聞きたいことってなん……だ?」


 ホールデンの額からあせひとしずく垂れる。


(や、やばい……何か感づかれた……のか?)


「……ホールデンはああいう女が好きなの」


 ホールデンの心臓は飛びねる。ああいう女っていうのがメグを指していたらみだ。


「あ、ああいう女……って?」


「チェルシー・アンダーハート」


 全然ちがう名前が出てきたのでひとまず安心したホールデン。


「アンダーハート いや、全く。顔は確かにすげー可愛いと思うけど、あの性格本性を知って、好きになるやつがいたらそいつはマゾか聖人君子に違いねーな」


「……けど、ホールデン口説いていた」


 ティアは少し不安そうにつぶやく。


「あー……実はあれなんだけど……」


 ホールデンは自分のスキル、《》というのろいみたいなやつかいなものを説明した。


「……そう。それなら前に私を口説いたのもそのスキルのえいきよう下だったってこと」


 悲しそうな顔になり、ティアはし目がちになる。


「まぁな。けど、俺があんな口説きをしないってのは長い付き合いのお前ならわかるだろ? それとも俺はお前から見たらあんなけいはくな態度をとるやつだと思ってたか?」


 そう言われたティアは少しほおを染める。


「……思わない。私が女性で、、、ホールデンと一番長い付き合いだし」


 女性の部分がやたら強調されていた。


「お、おう……確かにそうだな。お前が一番長い女友達だな」


「……友達じゃなくてこんやく者」


「はぁ……あのな? 何度も言ってるけどちゃんとお前の好きな奴を見つけて、そいつとけつこんしろよな」


「……す、好きな人はいる」


 顔を真っ赤にするティアは小鳥が鳴くような声でつぶやく。


「お待たせいたしました。こちら本日のデザートになります」


 元々小さい声ということもあり、大きなウェイターの声でかき消されてしまう。


「おお! めっちゃうまそう!」


 いいところをじやされたティアはそのウェイターをにらんだが、さわやかな笑みで流される。


「お客様。あちらのお席に当店の看板メニューをお持ちしております。冷めてしまいますと、味が落ちてしまうので、お早めに戻られて召し上がった方がよろしいかと」


「……あちらの?」


 ティアはそのウェイターの言葉をいぶかしむように復唱した。


「あひょひょー! あちらってどちら? こちらそちら? そちらこちらあちら??」


 意味不明な言葉を大声でさけび、そうとするホールデン。


「お客様、店内でそのような大きな声はひかえていただけませんか?」


 いたって冷静なそのウェイターにえんと殺意に満ちた表情を向ける。


(誰のせいでこうなってると思ってやがる!)


 タイミングは重なるもので、ホールデンの履歴書ウォークオブライフにメグからメールが入る。


『あんた、どこまでトイレに行ってんのよ』


(や、やべぇ……すぐに戻らないと……)


「あー! いてて! すまん腹痛いからトイレ行ってくる!」


 今度はティアの反応を見る前にメグのいる個室に急いだ。


「はぁはぁ……す、すまん! すげー手こずる例のアレだったから時間かかった」


 戻るなり下品な言い訳をするホールデンにメグは顔をしかめる。


「食事中なんだからやめてよね!」


 それ以上追及されずに安心したホールデンはしれっと席につく。

 テーブルには先ほどウェイターが言っていた新しい料理が届いていたので、口に運ぶ。それはウェイターが看板というのに相応ふさわしい味であった。


「なんだこれ! ちよううまい!」


 ガツガツと食べるホールデンを落ち着かない視線で見るメグ。

 その視線が非常にケツの収まりを悪くして、料理を食べる手が止まる。


(な、なんだ……まさか感づかれたの……か?)


「ど、どうした?」


 ホールデンは料理から視線を外し、不安げにメグを見る。


「あ、あのね……アンタってああいう子が好きなのかなって……」


 心臓が強く脈打つ。

 ああいう子っていうのがもしティアを指しているのだとしたら完全に詰みだ。


「ああいう子……って?」


「その……チェルシー・アンダーハート」


 ホールデンは全然違う名前が出たことにあんする。


「アンダーハート? いや、全く。顔は確かにすげー可愛いと思うけど、あの性格本性を知って、好きになる奴がいたらそいつはマゾか聖人君子に違いねーな」


 何か先ほども全く同じことを言った気がしたが、ホールデンは気にしなかった。


「けど、あんた例のスキルで口説いたでしょ? ってことはドキドキしたんでしょ?」


 メグは非難の色をかくそうとしない口調であった。


「ま、まぁ、あれはなんていうか事故みたいなもんだし、それに顔はなんつーかタイプだったりしたからしょうがないというか……」


「へぇ……ああいうのがアンタのタイプなんだ」


 ジトッとした目線でホールデンを見るメグ。


「さすがトップアイドルって感じだよな。けど、顔がタイプでも中身があれだと厳しい」


「けど、顔はタイプなんでしょ」


「……なんだよ。やけにからむじゃねーか」


 ふいっとそっぽを向くメグ。


「べっつにー」


 そんなメグの様子にいつしゆんまどうが、料理が冷めてしまうのですぐに視線を料理に戻した。

 すると、例のウェイターがやってきた。

 ホールデンはいやな予感しかしなかったので、油断なく飯を食べながら見る。


「あちらの席の女性が戻られないので、店内をさがされているので戻った方がいいかと」


 ウェイターはホールデンの耳元で小さくつぶやく。


(まじか……! すぐに戻らないと……つか、初めてこのウェイターが仕事してくれた!)


 そのウェイターに小声で礼を言うと、ホールデンは演技くさく腹を押さえる。


「あたたた……すまん! また腹の中のヤツがライオット起こしてるから行ってくる!」


 メグの反応を見る前にティアがいる個室に走った。とちゆうの通路でティアとはちわせし、個室に戻る。


「……ホールデン、さっきから急にいなくなるけど」


「あはは……ちょっと腹がやばくてね……」


「……だいじようぶ?」


「あ、ああ……もう大丈夫」


 心配そうに見てくるティアに若干の罪悪感を覚えるホールデンだったが、目の前にあるデザートを一口食べるとすぐにその感情はき飛んでしまう。


「……それでいつお父様に会ってくれるの?」


 ホールデンは食べていたデザートを噴き出しそうになる。


「何が『それで』なのか全くわからないんだが……」


「……お父様もおいそがしいから事前に言っておかないと会えない」


「だから俺は一言も会うなんて言ってないからな」


「……わかった。それじゃ7日後の夜に会食ってことね」


「何がわかったの!? 会話が全く成立してないんだけど!」


「……お父様も私たちの子供を見たがってるから、早く子作りしないと」


「そんなこと言ってもお前、直前でずかしがるだろどうせ!?」


 ホールデンは以前のことを思い出していた。いざそういう風になると恥ずかしがってしどろもどろになることを。


「……そんなことない。私は今すぐにでも大丈夫……ここは個室だから私が声をまんすればバレないと思う」


 テーブルから身を乗り出してホールデンに近づくティア。その時りよううでで胸をはさんだことにより、せんじよう的な景色がホールデンのひとみに映る。


(あ こいつはまずいぞ……)


 ジゴロになる感覚が内からき上がってきた。がんってていこうするも、むなしくジゴロに精神が入れわる。


「ふっ……ねこちゃん。今すぐにでも君のその胸に、たわわに実った果実をしゆうかくしたいが、それではダメだよ。もし仮に人が入ってきてしまったら、僕だけの君のはだをそいつに見せてしまうことになる。だからそういうことは2人きりの時にしようね」


 ジゴロ・ホールデンは立ち上がり、やさしくティアのかたく。

 肩を抱かれたティアは先ほどホールデンが言った通り恥ずかしさでこうちよくしてしまう。


[私の中にあるほのお。その炎は私のたましいすら焼きち、閉じ込めておくことが不可能になる]


 そんな甘い空間になった個室の外から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 ホールデンはそのしゆんかんジゴロから元にもどり、おそる恐るその声の方に顔を向けた。

 そこにはふんしんけんげんしていた。


魔術剣技マジツクソード付随させるは炎熱プロミネンスフレア


 スキル名を口にしたメグのけんには、ホールデンを焼き殺すごくあくな炎がまとわりつく。

 ホールデンはいつしゆんで血の気が引いた。


「ど、どうしてこの部屋が……」


「親切なウェイターさんにアンタがどこにいったか聞いたら連れてきてくれたのよ……」


 メグの横にはれい正しい居住まいでくだんのウェイターが立っていた。


「お客様にうそはつけないゆえ、ごようしやくださいませ」


「お、おまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 ホールデンはそのウェイターに向かって飛びかかるが、メグにはばまれてしまう。


「メ、メグさん……新しいスキルが発現したんですね……うわぁ……よく燃えてらっしゃいますねその剣……」


 誤魔化そうとするホールデン。だが、その声はメグのに届いていないようであった。

 ジリジリとホールデンとのきよめるメグ。


「ま、待ってくれ! 暴力は良くない! 良くないよ! 話せばわかる……話せばわかるからぁ!!」


 ホールデンのその情けない言葉を聞いたメグは、にっこりと冷たいみをり付け、ばんたん準備が整った剣をり下ろす。

 すさまじいさい音が落ち着いた店内にひびわたった。

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