第二章 大胆は無知と卑劣の子であって、他の資格よりもはるかに劣る③

「う、うめぇ! なんだこれ!」


 ホールデンはぜいたくなランチにしたつづみを打っていた。


「……そう。よかった」


 ティアが予約していた店は、ホールデンが逆立ちしても入れないほどの高級店だった。貴族ようたしなのか、席はすべて個室になっていた。それがホールデンにとって非常に好都合なのだ。2人同時に飯を食べるには近い店にする必要があったのだが、この店は別の席にしてしまえばバレる心配はない。なので、ホールデンはメグにこの店を指定したのだ。


「……どうしたの? そわそわして」


 もぞもぞと履歴書ウォークオブライフをテーブルの下で展開し、れんらくがいつきてもいいようにしていたので、いぶかしむティア。


「あ、あははは……なんでもないって……」


 何かすネタがないかと頭をしぼる。


「そ、そういえば、お前の今日の格好いつもとちがうな」


「……うん。可愛いでしょ?」


「そうだな! すげーかわいいと思う!」


「ホールデン、こういう服好きなんでしょ?」


 ティアは先日ホールデンがジゴロになった時にチェルシーの服装をめていたことを覚えていたのだ。正直ホールデンは女の子のファッションに全く興味がなかったが、誤魔化せると気がつき、話を合わせる。


「もう最高! ティアは美少女だから何着てもいいと思うぜ!」


 言っていてずかしくなったが、いつも《》になった時の方がよほどヤバイ台詞せりふいているのに気がつき、考えるのをめた。


「……じゃあ、ここにサインして」


 すっと出されたのは定番のこんいんとどけであった。


「いやいや、書かねーから!」


「……なんで? 今ホールデンは私のことを美少女だと言った。ならサインしないのはくつが合わない」


「それはどんな理屈だよ!」


 理解できないといった感じで可愛く小首をかしげるティア。


「俺にはとんでもねー借金があるから、仮に俺と結婚しても苦労しかないからやめておいたほうがいいぞ……」


「……それはだいじようぶ。お父様に話したら、それくらいの額ならウチで負担するって言ってくれたから。ホールデンのゆうしゆうさをお父様は認めてくれたんだと思う」


 ティアの父は、会社インク序列2位のヒューイット・インクの社長だ。100億ルード近くあるホールデンの借金をそれくらいと言ってしまうあたりは流石さすがだ。

 ホールデンはほんの少しだけ気持ちがらいだが、すぐに気を取り直した。人に奢らせたり、2人同時に食事をしたりするが、自分の行動の結果で負った借金を人に返させるほど、ホールデンは落ちぶれていない。


「ず、ずいぶん買われてんだな俺は……」


「ホールデンの[転職ジヨブチエンジ]は、失われた職業ロストジヨブになれるすさまじいスキルだってお父様が言っていた。私もそう思う。この数百年で【賢者The transcendental】になれた人なんていない……これからも他の失われた職業ロストジヨブになれるかもしれないんだし」


 ティアが言う通り、失われた職業ロストジヨブになれるというのは凄まじい。そもそも失われた職業ロストジヨブはなる事が非常に困難な職業ジヨブばかりで、その職業ジヨブについていたものがいなくなり失われた職業ロストジヨブとなる。く事が困難ということはそれだけ強力な職業ジヨブだということだ。


「い、いやぁ……そんな褒められてもな……」


「……だから私とホールデンの子供はものすごい優秀な子になるとも言っていた」


「だから話がやくしすぎだっての!」


 と、そこでホールデンの履歴書ウォークオブライフにメグからとうちやくしたむねのメールがきた。


「っと……りぃ! ちょ、ちょっとトイレ行ってくるわー」


 自然な感じで言ったつもりだったが、少し舌がもつれてしまう。しかしティアは、別段あやしむ気配がなかったので、個室から出るとメグの所に向かう。幸いにしてティアがいる個室とメグがいる個室は正反対にあった。なので、出くわす可能性は少ないだろう。


「待たせて申し訳ない!」


 ホールデンはさも今来ましたと言わんばかりの様子でメグの目の前にこしを下ろした。


「アンタ、人のお金だと思って高そうなお店選んだわね」


「ははは……普段ほぼ社食しか食べてないからたまにはいいもの食いたいと思ってさ」


「まっ、いいんだけどね……」


 そう言うとそわそわしだすメグ。どうやらこの店のふんが気に入ったようだ。


「2人でのご飯にいいお店を選ぶなんていしよう意外にあるじゃない……」


 ポツリとつぶやくメグ。

 しかしホールデンはすぐにウェイターを呼んでいたのでその言葉は聞こえなかった。

 ウェイターがやってくると、先ほどティアといた時に注文を取りに来た男性であった。

 ホールデンと目が合うと、何かを察したらしくにこやかに笑った。それはまるで『お客様、この私に任せていただければ何も問題ありません』と言っているようだった。ホールデンは『よろしくお願いします』といった念をめたみを返す。


(このウェイターさんは仕事できそうで助かったぜ……)


「それじゃー高いやつ上から5つ持ってきてくださいー」


 その頼み方にメグはため息をつくが、同じ頼み方を前もしていたので注意しなかった。


「お客様、それですと先ほどのご注文といつしよになってしまいま

す。こちらのメニューもオススメなので次はぜひこちらをご賞味ください」


 ホールデンの顔から血の気が引く。そのウェイターは悪気なく言っている様子であった。


(おいいいいいいいいいい! 何言っちゃってくれてんのこいつぅぅぅぅぅぅぅ!)


「えっ? 先ほど……?」


「ははは……何を言ってるんだねチミは……ボキはこのお店の料理食べたことないでございますですよ」


 あせりすぎて言葉の使い方がおかしくなるホールデン。疑いの視線を向けてくるメグ。


「失礼いたしました。よく似た常連のお客様とちがえてしまいました」


「ははは……わかってくれればええんやで。だれにでも間違いはあるはずだからね。チミにもこのボキにでも」


 ウェイターが一礼してテーブルからはなれていくと、メグの視線が強くなる。なんとか誤魔化せないかと頭をめぐらせた。


「そ、そういえば、今日の格好いつもと違うな」


 と、先ほどティアに言った言葉と寸分たがわぬことを言った。


「えっ……あっ……うん……最近買ったんだ……どう……似合うかな?」


 メグはホールデンにそう言われると顔を赤らめたどたどしい口調で聞いてくる。


「そうだな! うん! すげー似合うと思う!」


「アンタ、こういう服が好きなんでしょ?」


 メグも先日ホールデンがジゴロになった時にチェルシーの服装を褒めていたことを覚えていたのだ。


「もう最高! メグは美少女だから何着てもいいと思うぜ!」


 またしても言っていて恥ずかしくなったが、いつも《《》になった時の方がよほどヤバイ台詞を吐いているのに改めて気がつき、考えるのを止めた。


「……何着てもって、それ褒めてるわけ?」


 口調は強めだが、まんざらでもないメグ。


「褒めてる褒めてるってー!」


 そんなやり取りをしていると、料理がやってきた。

 持ってきたのは先ほどと同じウェイターだったので、じやつかんの不安が胸をよぎる。


「あっ……しい」


 メグは運ばれてきたちりゆうのステーキとフォアグラのソテーがお気にしたようだ。


「うん?」


 ホールデンは口に運んだところで気がつく。


(さっきとソースが違う。ソースが違うだけでこんなに変わるのか。これはこれで絶品だ)


 ホールデンの様子を見たウェイターはニコリと笑いしやべる。


「お気づきになりましたか? 先ほどの時、、、、、はトリュフのソースでしたが今回はマデラソースにしておりますので、甘めに仕上がっており……」


「うんうんうんうんうん!!! 最高にそうでございますよねぇぇ!! 先ほどがどれほどなのかボキには全くもってわからないでござりますがね!」


 ホールデンは食い気味に大きな声でそれをかき消した。


「な、何よいきなり大きな声出して……せっかくおいしいもの食べてるんだから少しは落ち着いて食べなさいよね」


 メグは非難の視線をホールデンに送る。


「あはあは……」


 気味の悪い笑みをかべるホールデン。

 机の下でけんげんさせていた履歴書ウォークオブライフにティアからメールが届く。


『ホールデンどこにいるの?』


(やばい……いかねぇと……)


「すまん、トイレ行ってくる!」


「えっ、あ、うん」


 勢いよく立ち上がるホールデンにあいづちを打つメグ。特に怪しんでいる雰囲気はない。

 ホールデンは急いでティアがいる個室にもどる。


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