第四章 Time For Heroes②

 ホールデンとティアは一瞬で先ほどのかんした空気をはいじよし、後方に飛んだ。そしてすぐに履歴書ウオークオブライフけんげんさせせんとう態勢になる。

 見ると相手は1人であった。どうやら1人のがしていたのだろう。そいつはこしから短刀を取り出し、履歴書ウオークオブライフを顕現させる。


「そこの女、かなりの上玉じゃねーか。お前みたいなクソガキにゃもったいねーな」


 暗渠の宿のメンバーである目の前の男はめ回す様にティアに視線をわす。


「……貴方みたいに何の才能もない男に私の体をそういう風に見て欲しくない。今見た分は、相応の対価をはらってもらう」


「ははっ! 相応の対価ってなんだよ。やれるモンならやってみな! 受けてやるよぉ」


 男はた笑みはそのままに呪文を詠唱した。


[速度こそ我が存在の証明]


加速アクセラレーシヨン


盗賊The Snatch】の戦い方の基本通り《加速アクセラレーシヨン》を発動させた。昨日の暗渠の宿のメンバーも《加速アクセラレーシヨン》を使ってきたが、ホールデンを甘くみてじわじわとゆっくり痛めつけてきた。しかし本来の使い方としては、発動した瞬間に相手の急所をすみやかにく事だ。それはシンプルゆえに非常に効果的な戦法である。コンマ数秒後には2人にめいしようを負わせるはずである。


 ──だが、そうはならなかった。


[一の罪は、千の善行にてあがなう事ができるのだろうか]


断罪の刻ジヤツジメント #1》


「対象者──暗渠の宿メンバー 罪状 ごうとうしよう ちようばつ──両手足ふんさい骨折」


 ティアも合わせてえいしようを開始していたからだ。


「ぐぎぎぎああああ!」


 詠唱が終わると、骨のくだけるいやな音と暗渠の宿のメンバーの凄まじい悲鳴がひびわたった。短刀をホールデンの首筋にたたき付ける直前であったのか、ホールデンの目の前でたおしていた。


「お、おい……これやり過ぎじゃ……?」


 目の前でもがき苦しむ姿を見てホールデンは背筋がゾッとした。


「……やり過ぎなんて事はない。私の《断罪の刻ジヤツジメント #1》でこういった懲罰が与えられるという事は、相応の罪を重ねているという事。だから自業自得」


「そ、そうか。俺の骨は粉砕しないでくれよ……」


「……したくてもできない。人体へのかんしようは余程悪い事をしなければ与えられない懲罰。もし私が貴方の骨を砕いたら、相応の罪をおかしたという事だからなおに受け取って」


きもめいじておくわ……」


 2人は慎重に他のメンバーが居ない事を確認しながらリビングに辿たどり着く。丁度、暗渠の宿のメンバーをホールデン達とメグ達で挟み込む立ち位置になる。

 リビングはさんたんたるじようきようであった。あとかたも無いほど家具は粉々にさいされ、かべには大きな穴があいている。暗渠の宿のメンバーもすでに10名程が倒れ伏していた。

 メグはばつけんしており、スキルを余す事なく行使している様であったが、サリーはしゆくうけんで応戦していた。


「来たみたいだね。これで君たちは詰みだ」


 サリーがホールデン達を視認すると、前に進む。


「メグさん、後は僕に任せてくれないかな?」


「……わかりました。後は任せます」


「ホールデン君とティアさんは後方にげた者をお願いします」


 メグとサリーの立ち位置が変わる。サリーは静かにおのれの剣を引き抜く。その動きは勇者らしく、堂々としたものであった。メグが空けた壁の穴から日が差し込む。その光を浴びたサリーはまるでおとぎ話にでてくる伝説の勇者をほう彿ふつとさせた。


「舐めてんじゃねーぞ! 何が後は任せてくれだぁ。1人で俺らとやろうってのか!」


 後ろで静観していた暗渠の宿のリーダー格の男が前に出てすごみをきかせる。


「別に舐めている訳じゃないよ」


 サリーはいつも通りのさわやかながおを相手に向ける。今から戦闘をする者のふんではなかった。まるで朝の散歩に出かける様な気軽さがある。


「ならすぐにそのごうまんな鼻っ柱をブチ折ってやんよぉ!」


 リーダー格の男の履歴書ウオークオブライフにぶりんこうを放つ。


そつであるが故に己を知る]


過剰能力ポテンシヤルキヤパシテイー


過剰能力ポテンシヤルキヤパシテイー》は【盗賊The Snatch】の上位に位置するスキルだ。己のステータスを2倍にする自己補助スキル。《加速アクセラレーシヨン》とはちがい、速さだけではなく全ステータスが2倍になる。敵に使われるとやつかいきわまりないスキルの1つと言えよう。リーダー格の男はにびいろの光をまとうすら笑いをかべる。


「どうだ。これが俺の切り札だ!」


 リーダー格の男はかべぎわにすさまじい速度で移動すると、大理石でできたちようこくを己のこぶしで叩き割った。そのへんがサリーのいる場所までってくる。サリーは別段その破片をうつとうしがるわけでもなく先ほどと同じ笑みを浮かべたままであった。


「すぐにこの石像みたいにしてやるぜ」


「曲芸としてはなかなかの見物だね」


「その減らず口がいつまでもつか楽しみだぜ。おいっ! お前らえんしろ!」


 リーダー格の男が後方にいたメンバーにごうの様な命令を下した。


みにくい周囲、醜い自己。そのすべてが眼前にある人生とはなんと苦しい事か]


鈍重化スローリー


[さよなら、美しくざんこくな方]


毒化ポイゾニング


やくしん無き者、すい退たいなくする]


弱体化パワーアウト


 いつせいにサリーに向けて状態異常系スキルを発動した。サリーの体をにごった光が包み込む。


「どうだぁ! 体は重く、息も苦しくなって来ただろう?」


 リーダー格の男はそう言い終わらないうちに向上したステータスを発揮し、一瞬でサリーとの間合いをめた。移動の勢いを拳に乗せて鳩尾みぞおちを正確に打ち抜く。サリーは体をくの字に曲げ、後方にき飛んだ。


「お、おい。あいつモロに喰らったぞ……」


 ホールデンがしんけんな顔で心配すると、ティアが冷静に答える。


「サリー・バーンズは【勇者】。【勇者】はあんな程度の低いやつにやられるわけがない」


「そうはいってもさ、あんな激しく吹っ飛ばされちゃ無傷って事はないだ……」


 ホールデンがそういいかけると、ぶつかったしようげきで崩れたれきの中からゆっくりと無傷のサリーが現れた。


「まあ、予想通りのりよくだね」


「……どういうことだ。てめぇ……何のスキルを使いやがった?」


「タイミングがあれば教えてあげなくもないかな」


「……チッ。てめぇがどんなスキルを使ったかなんざ関係ねぇ……何度でも拳を打ち込んでやるよぉ!」


 リーダー格の男は顔に青筋を立てるとサリーに再度向かって行く。

 その拳がサリーのけんを打ち抜く瞬間、男の視界からサリーが消えた。目標を失った拳はむなしく空を切りその勢いが殺せず、そのまま地面に転がってしまう。


「無様だね」


 サリーはいつの間にか男の後ろに回っていた。


「……っ! スカしてンじゃねーぞぉ!」


 ふところからナイフを取り出すと慣れた手つきでサリーにおそいかかる。


「少しでもれたらあの世きだ!」


 そのナイフにはもうどくが仕込まれているらしく、刀身はまがまがしいむらさきいろに光っている。

 何度も何度も急所をねらそうとするがただの一太刀たちも入れられなかった。


「て、てめぇ……一体……!」


 サリーは男のざんげきを危なげなくゆうにかわし続けていた。


「なんでかわせるんだよぉ!」


 男は不気味な者を見る目になる。あれだけ状態異常スキルを叩き込み、己には補助スキルを使っていたのにもかかわらず、それなのに自分のこうげきが当たったのは最初の一撃だけだ。男にはサリーが勇者ではなく得体の知れないかいぶつの様に映り始めていた。

 サリーはその攻防にきたとでも言わんばかりに、静かな動作で己の剣のつかを相手のナイフへ当て、はじき飛ばした。ナイフが手から離れてしまい、男は後ろに後退する。


「なんなんだ……なんなんだよてめぇ!」


 ほかあんきよのメンバーには重いちんもくが落ちる。


「くそったれが……どんなイカサマゴト使ってンだよ!」


「スキルをイカサマゴトというのであれば、そうなるのかもね」


 リーダー格の男の息は上がっていたが、サリーはいつさい呼吸を乱してはいなかった。


「君達が僕にした状態異常スキルは、残念ながら全く作動していないんだ。何故なぜならこうじようスキル《天上の意思ゴツドブレス》があるからね。これはどんな状態異常も受け付けないっていう非常に便利なスキルさ。そして君が僕に攻撃して無傷だったのはスキルのせいなんかじゃない。単純にステータス差によるものだね」


「……ステータス差……だと?」


ありがいくら強くなっても象に傷を負わせる事ができないのといつしよのことさ」


 サリーがそう説明する顔は、こくはくで一切のを感じさせない笑顔になっていた。ホールデンはその顔にうすら寒いものを覚える。


「じゃあ終わりにしようか」


 サリーはここで初めて己の履歴書ウオークオブライフを顕現させると、スキルの詠唱を開始した。


ゆうもうさが無ければ存在する意味が無い。慈悲無き者は生きる資格が無い]


 そのじゆもんつむがれると上空にらいうんが生成されて行く。


落下する空ブローフロムヘブン


 スキル名が発声されると天がぜつきようし、地面はしんかんした。目の前には真っ黒に変わり果てたリーダー格の男がくずれ落ちていた。てんじようはこのいつしゆんで紙切れみたいに粉々になっており、攻撃のすさまじさを物語っていた。

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