第三章 Absolute Beginners④

「で? 社長どういうつもりですか?」


 新入社員が全員出て行った後、カースティはするどい視線をヴィンセントに投げつけきつもんする。ヴィンセントはそんなカースティの様子を気にせず、ひようひようえんくゆらせている。


「どうって? 一体何の事だ?」


 けむりを輪っかにしてふざけた態度をくずさない。


「あのホールデン遊び人の事ですよ。あんなぜいじやくやつを入れるなんて正気ですか? ウチのレベルの業務についていけるとはとうてい思えませんが」


 カースティは手をなやましげに額に置くと深いためいきく。


「……だって?」


 ヴィンセントは不敵に口をゆがませる。


「社長……?」


「いいかカースティ。俺の今まで出会ってきた固有職をけんげんさせた奴らはな……」


 煙草を乱雑にみ消すと先程までのふざけた調子はなりをひそめ、ごくに話す。


「全員無し、規格外のだった」


「……あいつが化け物? そうは見えませんが」


「ホールデンが化け物かどうかはこれから見ようじゃねーか。使えればよし、使えなければあいつの価値はそれだけのものだったつーことだな」


 ヴィンセントは肩をすくめ、いつもの調子にもどる。


「そういう事ですか。ならとりあえずは様子見ということですね」


「まっアイツが固有職だからとったわけじゃねーんだけどな」


 ヴィンセントは小さくつぶやいた。


「では、私は業務があるので失礼します。社長、今日はちゃんと仕事してくださいよ」


 カースティは小言を言い、部屋から出て行く。

 ヴィンセントはそれに手をひらひらさせてこたえる。その後新しい煙草に火を付けると部屋の出口に向かう。


「見せてもらおうじゃねーか。お前の価値ってやつをよ」


 心底楽しいといった表情でそうつぶやくと、会議室のとびらを閉めた。



    ◆◆◆



「──ラロケット・インク外注受注クエスト課です。本日はどのようなごらいでしょうか?」


「──第三級幻獣トウリトスとうばつですね。そうしますと、料金の方が500万ルードになります」


「──シス・インクの荷物うんぱん護衛に職業ジヨブ価値AAAのかくが現れ、向かったスタッフだけでは対応できないそうです。ウチから数名AAAを向かわせてよろしいでしょうか?」


 その部屋の中は戦場だった。

 1階の一番大きい部屋にある外注受注クエスト課の社員は皆れつのごとくいそがしそうに動き回っている。だれも彼もがねこの手も借りたいと言うほどにせわしなかった。

 ラロケット・インク外注受注クエスト課。この部署はラロケット・インクが急速に成長するきっかけになった主力事業だ。内容は護衛から人探し、げんじゆうの討伐などわたる。

 そんなラロケット・インクの主力事業に回されたのは、サリー、メグ、ティア、そしてホールデンであった。


「で、俺たちはどうすればいいんだ」


 ホールデンは誰に言うでもなくつぶやいた。

 4人が部屋に入室するとすぐに『今手がはなせないから適当にその辺で待ってて』と言われ、4人はじやにならない様に部屋のすみに立つ。サリーはこの空いた時間でメグにあいさつねた雑談をしていた。それにメグはじよさいなく応対する。ティアはというと……


「……ホールデン。貴方あなたには前までの価値はなくなった」


「ああ。そうだな。もうお前が期待している様な男じゃなくなっただろ。これで少しは自分の気持ちと向かい合えるんじゃないか」


「……なぜそんなな事をしないといけないの?」


「いや、お前無駄って……せっかく俺っていうかせが外れたんだから、自分の本当に好きな奴を探せばいいじゃんかよ」


「……そんな人生の無駄づかいしたくない。れんあいは人生のぜいにく。人としての役割はどれだけゆうしゆうな子孫を残せるかが命題なの」


「相変わらずブレないやつだな。じゃ、がんばってその優秀な子孫を残せそうな奴を探してくれよ」


 ホールデンが至極適当に手をブラブラさせて言うと、ティアはかぶせる様に言葉を重ねる。


「……期限は半年」


「はい?」


「期限は半年。貴方の固有職【遊び人】の真価を見定める期間」


「な、なんだよそれ……?」


「……この期間内で貴方の価値が認められれば、貴方は私とけつこんするの。もし価値がないならそれまでだけど」


「そこに俺の意思は全くかいざいしていないんだが……?」


「……貴方にせんたくけんはないの」


 ホールデンはただでさえ大変なじようきようなのに、ティアというやつかいな事が増えてしまった。

 そんなやり取りをしていると、外注受注クエスト課の扉が雑に開かれた。


「うぃーす。お前ら何でそんなはじっこで小さくなってんだ?」


 くわえ煙草でヴィンセントがのろのろと中に入ってきた。


「……ラロケット社長」


 ティアがヴィンセントを呼ぶと、静かにかべの張り紙を指差した。そこにってあったのは『きんえん』の2文字。しかし、ヴィンセントはその注意に対して手をひらひらさせただけで煙草をやめる気配がない。


「……ったく。どこもかしこも禁煙禁煙って、かたせまくなってしゃーねーな」


 肩身が狭くなるなどとしゆしような事を言っているが、紫煙をプカプカとかばせている様を見るに、いつさい肩身など狭くなっていない。それを見たティアはあきらめた表情になった。


「小さくなってるって当たり前だろ! ここにきてからその辺にテキトーにいてくれって言われたきり放置されてんだからな!」


 ホールデンは昨日のノリのままヴィンセントにみ付く。


「まぁまぁ、そう興奮すんなっての。皆忙しいから新人の相手はしてられねーってわけさ。でだ、この会社インクで一番ひまな俺が直々にやってきたってこった」


「お久しぶりです。ラロケット様。これからご指導ごべんたつのほどよろしくお願いいたします」


 メグはどうやらヴィンセントに会った事があるらしく、うやうやしく上品

に一礼した。


「昔みてーに『おじさん』て呼んでくれよ。俺は様づけされるような大層な人間じゃねーっての。つーかしばらく見ないうちにイロイロな所が成長したなーメグちゃん」


 へらへらしたみを浮かべ、目線はメグの豊満な胸に注がれる。流石さすがずかしかったのか、メグはさっと胸をかばう様にいた。


「しっかしなぁ、ホールデンさんよぉ。こんな上物中の上物のクチビルをうばったとかうらやましすぎんだろ」


 ヴィンセントは軽口のつもりで言っているが、メグの顔がどんどん赤らんでいく。


「ちょっ! おじ様何を!」


「おい! 社長がそんなセクハラ発言していいのかよ!」


 ホールデンとメグはあわててヴィンセントにめ寄る。そんなホールデンの様子などお構いなしに、「かてぇー事いうなよ」とバシバシとホールデンの背中をたたいた。

 メグは1つたんそくをすると、落ち着きを取り戻し話しだした。


「相変わらずですね。ちょっとびっくりしました。思い返せば〝王の剣ライトハンドオブキング〟の課長時代も女性に対してはそんな感じでしたね。当時の女性職員達の気持ちがわかった気がします。口では過激な事を言いますが、その実決して誰に対しても手は出さない真面目な方」


 メグにしてはめずらしく、親愛のこもった笑みをヴィンセントに向ける。


「メグちゃんにはかなわねぇな……」


 とヴィンセントは困った様にかわいた笑いを浮かべた。新しい煙草に火を付けると、気を取り直し、話題を変えた。

「見ての通りこの2人は面識があんだけど、ほかの2人はわかんねーんだわ。さっきしようかいしてもらったんだけど、多くて覚えきれなくてな。なんで自己紹介もっかいたのむわ」


 ヴィンセントがそういうとさつそくサリーが前に出る。やわらかい笑みを浮かべ、挨拶をした。


「僕はサリー・バーンズと申します。社長にあこがれてラロケット・インクに入りました。お会いできて光栄です」


「おー。お前がサリー・バーンズか。国王と同じく【勇者】が天職ライズジヨブの奴だな。国王のイメージが強ぇから、【勇者】が天職ライズジヨブの奴は皆むさ苦しいくつきような男の中の男って奴ばかりなのかと思ってたがな。それがこんなやさおとこったぁ、おどろきだな」


きようしゆくです。これからふんこつさいしんかくがんります。なにとぞよろしくお願い致します!」


「そんなにかたる様な挨拶はやめとけやめとけ。若ぇーんだからもっと肩の力いてやった方がいいぞ」


 サリーはその言葉に深くうなずくと感激したおもちになる。

 次いでティアが静かに自己紹介を始める。


「……ティア・ラブ・ヒューイット。クートヴァス・インクから出向してきた。よろしく」


「おいおい。今年の新人はどうなってるんだ。みなこんなにきよにゆうなのかよ。最高じゃねーか」


 ヴィンセントのその相変わらずな発言にティアは別段なんのリアクションもしない。


「……で、おっさん、俺らは何をすればいいんだ?」


「まぁそうあせるなって。とりあえず向こうに移動するぞ」


 ヴィンセントは煙草たばこを揉み消し、奥にある小部屋に入った。4人はついずいして入室する。


「お前らにはこの依頼をやってもらう事になった」

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