第三章 Absolute Beginners③

「んじゃー次行ってみようか」


 ヴィンセントは調子を戻し、次をうながした。


「はい」


 き通る声を響かせたのはメグ・フラワーズである。


「メグ・フラワーズです。以後お見知りおきを。職業ジヨブは【魔術剣士】です」


 さきほどホールデンに対応した時とは別人であった。それこそひめ然としたいで、気軽に話しかけられない品格があふれていた。


「目標はあります。しかしそれをいうのはひかえさせて頂きます。代わりに私の事を少しだけお話し致します」


 一同は一言一句のがさない様にその場に静寂を落としている。


「……私にはこの世で信用できないモノがあります」


 メグはホールデンを一瞬にらみつけ、ぐにまし顔に戻る。


「それはお金です。……しかし、悲しい事にこの世界ではお金がないと生きてはいけません。それに私の目標とする事には絶対的にお金が必要です……。そしてそれはでないといけないのです」


 メグは自分で稼いだという所を強調した。その様子からはうかがえないが、口調からはなんらかの事情があるといったふんただよっている。


(……自分自身で稼いだ金か。俺と全く同じ考えだ。気になるが、どうせ今は話も聞いてくれないだろうな)


「よし。一通り終わったな」


 メグが終わると、カースティは立ち上がり最初に居た場所に戻る。


「異例だが、今日からクートヴァス・インクより出向社員がくる。入ってこい」


 無言で入室して来たのは見覚えしかない人物であった。


「……クートヴァス・インクから出向してきたティア・ラブ・ヒューイット。職業ジヨブは【裁判官】。……よろしく」


 その台詞せりふはホールデンの目をきながら言う。よろしくというのは友好的に使われる事が大半だが、ティアの放った『よろしく』にはきようはくめいたはくりよくがあった。


「なんであいつがここに……」


「ヒューイットは国王の特務で出向してきた。使える人材が増える事は喜ばしいことだ」


国王あの親バカの特務って十中八九俺がらみじゃねーかよ……)


「それではヒューイット。空いている席に座れ」


「……わかりました」


 ティアは無感動に返事をすると後ろの方に着席した。その間一瞬たりともホールデンの方を見ようとはしなかった。


「さて。諸君。ここでいくつか伝えておかなければいけないこうがある」


 カースティはたんたんと告げる。


「お前達がこれから長い間ウチにいるかはわからん。が、ウチにいる間は私が今から言う事を絶対にじゆんしゆしろ」


 絶対に遵守しろという言葉を聞いた新入社員はその迫力にだまり込む。


「わかったら返事」


 新入社員の皆はそのきつい口調にかたをびくつかせ、軍人の様な返事をする。


「1つ目。当たり前だがウチの社員仲間しんらいしろ。そして絶対に裏切るな。お前らはこれからどこの部署に回されても、チームで動く事は必ずある。1人でもそれを乱せばかいする。それは会社インクにとって大きな損害になる。だからこれが守れない奴はクビだ」


 静かな表情のままだが、最後の言葉は辛辣だった。クビは実質社会的な意味においてけいも同然だった。クビを宣告された者は1ヶ月以内に次の就職先を決めないとクートヴァス・インクの下級社員になってしまうのだ。クビになった者を新しく取ろうとする会社インクはほとんどないといっていいだろう。なので皆深刻な顔をしてうなずく。


「2つ目。敵前とうぼうはするな。1人1人がウチの会社インクの看板を背負ってると思え。知っての通りウチは武力でここまで大きくなってきた。敵を前にしておくびようかぜかれるカスはウチにはいらない。そういう奴もクビだ」


 カースティの言う通りラロケット・インクは急速に業績をばしてきた会社インクである。その主な収入源は力を使ったものだ。そんな武力を売りにした会社インクに弱者がいたら信用問題にかかわる。なので会社インクを存続させるためには必要な事だろう。


「ただし……」


 カースティは今日一番の険しい顔を作ると、ひりつく様な雰囲気になる。


「何事も例外はある。私が今から言う事はその例外だ」


 その様子を文字通りはだで感じたホールデン達はしんみようおもちになる。

 カースティはせいな文字を黒板に書いて行く。そこには──


超越の職トランセンデンタルジヨブ〟〝大逆無道の職イービルジヨブ


 そう記されていた。


超越の職トランセンデンタルジヨブは知っての通り、職業ジヨブ価値SSSの奴らだ。そもそもSSSというのはこの世界に7人しかいない上に出くわす事は非常にまれだ」


 ルードワルドに住まう者で超越の職トランセンデンタルジヨブを知らない者はいないだろう。その7人はこの世界最強の7人であるのだから。超越の職トランセンデンタルジヨブに戦いをいどむな、なんて事は職業訓練学校ジユニアに入りたての子供でもわかる事だ。問題は……


大逆無道の職イービルジヨブ?」


 そう誰かがつぶやいた。そこにいた全ての新入社員は同じ気分であろう。


大逆無道の職イービルジヨブいている奴とそうぐうしたら何をおいても


 大逆無道の職イービルジヨブという言葉を初めて聞いたからもしれないが、一同はおどろきを禁じえない。


「あの……逃げないとどうなるんですか? そもそも大逆無道の職イービルジヨブってなんですか?」


 前の方にいた者が声をあげる。

 カースティはその声をあげた者をにらみつけた。


「……言っておくがこれはたのんでいるんじゃない。命令だ。これが守られなければクビだ。……と、言いたいが守れない奴はクビを言い渡せないだろうな」


 誰かがつばを飲み込む音が会議室にひびいた。


「なぜならほとんど会社インクに戻ってくる事はないからだ。死ねれば幸運で、最悪の場合は死よりもひどにあう」


 良くて死、最悪死ぬより酷いメ……。死ぬより酷い事とはいったいどんな事なのだろうか。ここにいる者達には皆想像する事も叶わなかった。


大逆無道の職イービルジヨブっていうのはやみ職業ジヨブあつせん所で就く職業ジヨブの事だ。【暗黒騎士The Fallen】、【死霊使いThe necromancer】、【墓荒らしThe Grave Breaker】等がそうだ」


 カツンカツンと力強く黒板に書く。


「闇の職業ジヨブ斡旋所……?」


 メグが不意につぶやく。


「まぁ知らないのも無理はない。大逆無道の職イービルジヨブ職業訓練学校ジユニアでは禁句タブーだからな」


禁句タブー……? いったいなぜ?」


 今度はホールデンが声を上げる。


「それはな、大逆無道の職イービルジヨブってやつは非常に強力であるのと反社会的である事が上げられる。……10年前にクートヴァスをしんかんさせた、連続りよう殺人事件の犯人であるボリス・ファーマン。〝達磨喰いノーハンズアンドノーフイート〟と呼ばれ、32名の10代から20代の女性の両手両足を切断し、頭とどうたいっていた。こいつは【食人師The cannibalism】という大逆無道の職イービルジヨブに就いていた。喰い残した内臓等をやみいちで売り飛ばすというちくだ。最終的にはウチの社長が当時〝王の剣ライトハンドオブキング〟の課長をしていた時にたいしたがな」


 場が静かにざわめく。


大逆無道の職イービルジヨブ職業訓練学校ジユニア禁句タブーの最大の理由は別の所にある。それは……大逆無道の職イービルジヨブ転職ジヨブチエンジし、その職業ジヨブに適性がなければそくに死が待っている。大逆無道の職イービルジヨブには誰でもなれるわけではない。そのリスクを乗りえ、大逆無道の職イービルジヨブに就く事ができた者は必ず職業ジヨブ価値S以上が確定する」


「……闇の職業ジヨブ斡旋所を何故なぜ取りまらないんですか?」


 サリーがきんちようしたこわいろで問う。


「もちろん何回も闇の職業ジヨブ斡旋所をつぶしにかかったさ。しかし見つけられなかった」


 一同はみな静まり返る。


「……いいか? 大逆無道の職イービルジヨブに出会ってしまったら即座に|撤

《てつ》退たい。これは命令だ。わかったな?」


 全員ゆっくりとしゆこうする。


「では、本日は配属先を履歴書ウオークオブライフに送ってあるからそれを見て各部屋に行け。以上だ」


 カースティはそういうと会議室を後にした。


「うぃー。じゃあお前ら適当に散って行けよ」


 ヴィンセントは新しい煙草たばこに火を付けると、だるそうに言う。

 新入社員達はそれぞれ履歴書ウオークオブライフを出すと自分の配属部署をかくにんした。

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