第三章 Absolute Beginners②

「ふあああああ。あったまいてぇ……」


 あきらかに二日いの状態をかくそうともしない、ちがいな感じの人物が入って来る。その人物がおぼろげな足取りで部屋の奥に行こうとすると、ホールデンと目があった。


(あれ? あのおっさんは……昨日の?)


「おっ、来たな。兄ちゃん。いや、もう兄ちゃんじゃねーな」


 社長はあくびをみ殺し、改めて言い直す。


「昨日自己しようかいしてなかったな。俺はヴィンセント・ラロケットだ。ようこそホールデン。俺のラロケット・インクへ」


 そういうとヴィンセントはふところからよれよれの煙草たばこを取り出し、指を一つ鳴らし火を付けた。深くけむりを吸い込むと、何のえんりよもなくえんき出した。


かんげいするぜ」


 ニカッと顔をほころばせる。


「……社長ここはきんえんです。散々言っていますが遅刻しないでください。それに今日は新入社員の最初の出勤日ですよ。こんな日にまで遅刻とか正気ですか? 示しがつかないです。後、何勝手に社員入れてるんですか。そういう大事な事は事前に言ってもらわないと」


 背の高い女性は一応という感じで敬語を使っている様なていではあったが、はっきりとしたいかりの感情を隠そうともしなかった。


「まぁまぁ。ティーちゃん、固いこと言うなって。昨日の酒はスカウトっつー仕事だったんだからよ。今日の遅刻はいたし方なしってな」


「誰がティーちゃんだ! この不良中年が」


「おーコワイコワイ。そんなんだからこんやく者にもげらぶっ」


 せつ、ヴィンセントの体が中空にごくあくな回転をともなった。鋭いりがヴィンセントにさくれつした様だ。

 そこにいたもの全て、呆気あつけに取られてしまう。


「えー、社長は体調がすぐれんようだ。先を続けるぞ」


 誰も何も言う事はできなかった。その女性の目は何か言おうものなら確実に仕留めにくるという事をゆうべんに物語っていた。


「ドハーティ。お前はフラワーズのとなりに座れ」


「えっ!?」


「なっ!?」


 ホールデンとメグは同時にとんきような声をあげる。


「何か文句でもあるのか?」


「「い、いえ……」」


 鋭いはんこうを許さないこわいろで言われたホールデンとメグは静かになる。


「ドハーティ! 何をしている早く席に着け!」


「はいっ!!」


 ホールデンは秒で直立不動になり新兵の行進よろしく、席に向かった。メグの後ろにはサリーがおり、苦笑いの部類に入る笑みを浮かべていた。

 すちゃっと席に着くと、じんじようではない負の感情がありありとホールデンを射貫く。その正体ははっきりと、何の疑いも無く、むしろすがすがしいまでにわかっていた。おそるべきなのは、下品ににらんだりとかはせずに、雰囲気だけでここまでプレッシャーをかけられるという事である。

 ホールデンはその雰囲気と戦うので必死であった。このじようきようをなんとか打破しようと思い、意を決してホールデンはメグに小声で話しかける。


「や、やあ……ぐうですな。こんな所で会うなんて」


「ごきげんよう。今は入社説明の途中ですから話しかけないでくれますか」


 話す内容はもっともなのだが、隠しきれないけんかんが声色にでてしまっていた。


「……おこって……ますよね?」


「ですから話しかけないで頂けますか?」


 無感情な笑顔を向ける。しんらつな言葉がやけにえる笑顔だった。単純に説明を受けているから話しかけるなというよりも、今後いつさい私にかかわるなと言外にほのめかされていた。


「すみませんでした……全面的に俺が悪かったです……」


 小声だがしっかりとしんに伝える。

 後で謝ってもよかったが、謝罪は早いにした事はない。


「あんな事をしたんだからきらうのは当然だと思う。ただ謝罪だけはさせてくれないか?」


 ホールデンのしんけんな態度に、メグは先程の険しい雰囲気をほんの少しではあるが、ゆるませる。無言ではあるが、先程よりは聞く耳を持ってくれるらしい。


「えっと……。君はわからないけど、俺はああいった事をするの初めてだったんだ。それで気が舞い上がっちまってあんな失言を……」


 すると、メグはプルプルと身をふるわせると、意思をはっきりと宿した瞳をホールデンに向け、説明中にもかかわらず大きな声でさけぶ。


「ウ、ウチも初めてやったのに!!!!!」


 会議室中にひびく声だった。一瞬のせいじやくが落ち、新入社員達は驚きの色を隠せなかった。

 メグはすぐに我にかえり、顔をしゆに染めうつむく。どうやらあの親にしてこの子ありといったところであろう。怒ると口調がなまるのは。


「静かにしろ。何が初めてかは知らないが、今は貴様の発言する時間ではない」


「っっっ」


 メグは先程よりもほおが紅潮する。それはまるでれきったリンゴの様に真っ赤であった。

 ホールデンはためいきき、後ろのサリーは肩をすくめる。


ホールデンイレギユラーが発生したので、もう一度自己紹介をしておく」


 仕切り直しだと言わんばかりに先程から場を仕切っている社長をぶちのめした麗人は、社長よりもげんがある声でこの会議室にいるすべての者に言う。


「私がラロケット・インク専務とりしまりやくカースティ・ローレンスだ。以後よろしく。で、そこで陸に打ち上がった魚みたいにけいれんしているのはウチの社長だ」


 ここにいた全ての新入社員は社長のあつかいがひどく雑な事にまどいを隠せなかった。後ろにいるそんの社員はやれやれといった表情で、別段気にした様子がない。コレは日常風景らしい。カースティはそんな新入社員のとまどいを意にかいさず事務的に次の説明に移る。


「毎年の慣例でな。お前らには自己紹介をしてもらう。ずはバーンズ、おまえからだ」


「はい!」


 サリーは静かに立つと、常時のがおくずさずカースティの隣に向かう。


みなさん、初めまして。これから同じ会社インクで働く事になりましたサリー・バーンズです。職業ジヨブは【勇者】です。僕は社長のヴィンセントさんにあこがれてこの会社インクに入りました。社長のようなになれる様に精進します。じやくはい者ですがよろしくお願いします」


 優等生のはん解答みたいな挨拶であった。

 続々と自己紹介が続いて行き、ホールデンの番が回ってきた。

 ホールデンが前に立つと、新入社員達から私語が聞こえてくる。


「──ほら、例のホールデン・ドハーティよ」


「──あんな事しておいて、ずかしくないのかしら」


「──俺だったら生きていけねーよ」


 色々言われているがそのほとんどがちようしようれんびんたぐいであった。頭をぽりぽりときながら前に進む。


きよくせつあってこの会社インクに入る事になりましたホールデン・ドハーティです。あー職業ジヨブは……あ、あそ……び」

 自分の【遊び人】という職業ジヨブが恥ずかしくがだんだん小さくなって行った。


「おー全然聞こえねーよ。昨日の男らしいお前はどこにいったんだぁ?」


 復活したヴィンセントが茶々を入れる。それをうらめしい目で見るホールデン。


職業ジヨブは【遊び人】……です」


 まばらなはくしゆが起こり、ホールデンは席にもどろうとした。


「おいおい。お前にはほこれる目標があんじゃねーかよ。ここのやつらにも聞かせてやれって」


 新しい煙草に火を付けると、ヴィンセントはす様な視線をホールデンに向ける。

 余計な事を、と思いながら力強くホールデンは言う。


「……俺の目標は世界一の金持ちになる事です」


 その言葉は静かに響きわたった。

 みようちんもくが落ちる。その沈黙は周りからの失笑に包まれる。


「お前やっぱりおもしれぇな。この人数を前におくする事も無く言えればそれだけで男だよ」


 ヴィンセントは煙草をみ消すと、心底楽しいといった感じで手をたたく。ほかの者とはちがい、一切鹿にした感じはない。むしろ天晴あつぱれだと言いたげな表情だった。


「男ならそれぐらいでけー目標があった方が成長できるってもんだ。自分の身のたけにあった目標なんざ目標なんかじゃねーよ。そんなモンは日々の単純作業となんら変わらん。実現不可能と思われる目標こそ本当の目標だ。それをかなえたら最高だとおもわねーか」


 いつの間にかヴィンセントの話をその場にいた全員がせいちようしていた。あれだけのホールデンへの憐憫と嘲笑がいつしゆんにしてさんした。ヴィンセント・ラロケットのカリスマ性のいつたんを一同はかいた。


「まっ、俺にはできなかった事だけどよ……」


 ヴィンセントはだれにも聞こえない様に目をせ小さく最後にそうつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る