第一章 Despair Came Knocking⑤

「第1位 ホールデン・ドハーティ」


 名を呼ばれた瞬間、それまで騒がしかった場がいつせいに静まり返る。そしてみなホールデンに注視する。これまでの3人がかなりいい職業ジヨブき、スカウトマン達も嬉しい悲鳴を上げた。しかし、どのスカウトマン達も本命はホールデンであった。

 とうだんすると己の履歴書ウオークオブライフを顕現する。それを確かな自信を持って長官にわたす。

 ミネルバの羽根ペンが栄光の1ページを刻んで行く。

 長官の手がゆっくりと止まる。

 その瞬間ホールデンの体はまるでなまりを大量に飲み込んだ様に重くなった。


(な、なんだ……いきなり体がすさまじく重くなったぞ……)


「こ、これは……!」


 すると、長官はその顕現した職業ジヨブを見ると目を見開き、声を上げる。さきほど、サリーの【勇者】でもまゆ1つ動かさなかった長官だったが、余程ホールデンの天職ライズジヨブしようげきだった様だ。


「皆様……固有職が顕現されました」


 固有職、その言葉で場内はかんせいを飛びえ、きようらんうずおちいった。固有職とはこの世界に数多あまたある職業ジヨブの中で、その人物だけしか就けない職業ジヨブの事だ。

 それを聞いた瞬間、ホールデンは己の体に起こった体の異常など頭の外においやった。


(こ、固有職だと! まじかよ! 俺やりやがったぜぇぇぇぇぇぇぇ!)


 続けて長官はさらに衝撃的な事を口にする。


「更に《永久職パーマネンスジヨブ》のスキルがされています」


 混乱した場内が更にこんとん坩堝るつぼに変化し、スカウトマン達は一斉に目の色を変える。


 先程の【魔術剣士】、【勇者】、【裁判官】も天職ライズジヨブになる事自体らしい事なのだが、固有職でなおかつ《永久職パーマネンスジヨブ》のスキルがついているとなれば霞んでしまっても仕方の無い事だった。それほどまでに固有職と《永久職パーマネンスジヨブ》の組み合わせが衝撃的なのだ。


「ご存知の通り、《永久職パーマネンスジヨブ》は100万人に1人の確率で付与されるスキルです。これを有する者は文字通りほか職業ジヨブに永遠に転職ジヨブチエンジできない代わりに、その職業ジヨブに対して並ぶ者が無いほどきわめる事ができます。成長速度もついずいを許さぬ速度です……正直私がこの役を拝してから初めて見ました」


 ホールデンは先程から静かに長官の話に耳をかたむけている。しかし、内心ではきようらんしていた。ここで騒ぐと自分の価値が下がると思いクールでクレバーなふんを演出する。


「そしてかんじん職業ジヨブなのですが……。これは……なんといっていいやら……。ひとまず皆様にいたしましょう」


(だいぶもつたいつけられたが、俺の価値を高める良い演出になってくれたな。さぁ、どんな強力な職業ジヨブになったか拝見しようじゃないか!)


 ここにきて笑顔がこぼれそうになる。

 そして遂に職業ジヨブが衆目に開示された。



 職業ジヨブ遊び人The Neet

 ステータス 力 9 防 19 速 21 けん 1  10

 恒常スキル 《永久職パーマネンスジヨブ

 効果 対象者は成長速度、スキル面にてきよくたんゆうぐうだいしようとして他の職業ジヨブにつく事はできない

 通常スキル 《女殺しジゴロ

 効果 トーク力がまばゆい程にえ渡る。

 発動条件 じゆもんえいしようおよび、心音増大にて自動発動。

 詠唱文[この世のては俺のモノ]

 職業ジヨブ価値 ──



 場内は先程とは全く違う意味でざわついた。ステータスが見るかげも無いくらい落ち込んでいたからだ。通常、職業ジヨブくとステータス値は飛躍的にじようしようするのが常識だ。初期ステータス値が高く、下位職に就くとステータスの一部が低くなる事もあるにはある。が、このはばは異常といっていいだろう。

 そして一番の疑問は発現した【遊び人】であった。就職率100%を達成しているこのルードワルドにおいて【遊び人】というのはありえない話だったからだ。そもそも【遊び人】というのは職業ジヨブとして成り立つのかはなはだ疑問である。


「ば、ばきゃな……にゃ、にゃん……だ……これ……」


 ホールデンはカミカミになるほど絶句した。それもそうだろう。このスキルが本当であるならば、授職の儀レンダージヨブ始まって以来の数値の低さなのだから。悪夢を見ている。きっとそうに違いないと思った。が、その願いはかなわない。先ほど職業ジヨブが確定した瞬間に体があまりに重くなった事を考えるに、これは一分の疑いもなく、てつとうてつまごう事の無い現実であると、だれあろうホールデン自身が感じ取ってしまっていた。

 会場にいるすべてのスカウトマン達の熱が冷めて行くのがありありと伝わってくる。新卒の者達の中には笑い出す者もいる始末であった。


「な、何かの間違いだ! きっとこの【遊び人】にはすごい秘密がかくされているに違いない!」


 そういうと、長官から己の履歴書ウオークオブライフをひっぺがすと内容を再度ぎんした。だが、何度見てもそこに記されている数値やスキルはただたださんたんたるものであった。


「そ、それでは、これよりいつぱん授職の儀レンダージヨブを始めたいと思います」


 プルプルふるえるホールデンをあわれだとは思いながらも、長官は授職の儀レンダージヨブを続けなければならなかったので、先の進行のためにホールデンをもどさせようとした。まさにその瞬間、ホールデンはさけんだ。


「なんなんだよこの《女殺しジゴロ》ってスキル! おまけにこのわけわからん詠唱文[この世のては俺のモノ]って! ふざけてるのかよっ!」


「き、君! こ、こんな所で呪文を詠唱するなん……」


 長官はあせり、注意をしようとしたが間に合わなかった。履歴書ウオークオブライフまばゆりんこうを放つと、ホールデンを包み込み、その光はすぐに収束する。

 光が収まってから動かないホールデンを心配した長官が声をかけた。その瞬間、ホールデンはれいな足さばきでターンをし、全員がいる方向に向く。そのひとみももいろかがやいていた。

 会場は皆スキルを発動したホールデンの動向に注目していた。

 するととうとつなやましげなポーズをとると、拡声器を手に取りつぶやく。


「やあ、僕のねこちゃん達」


(な、なんだこれは……。体と口が勝手に動きやがる)


 そんなホールデンの内面の混乱などお構いなしに口と体は勝手に動いてゆく。


「ああなんて素晴らしいんだ! ここにいる全ての女性と今日ボクは出会う事ができた。ちようじようと何回いっても良いくらいさ。君たちに出会ったというのはせきに近い事だと思うんだ。だってそうだろう? こんなにも世界は広く、こんなにもゆうだいだ。素敵な女性はこの空に輝く星々の数の自乗倍ほどいるんだ。なのに、だ。今日ボク達は出会った。神の悪戯いたずらだとしても、素敵な悪戯だよね」


(や、やめろ。何が『素敵な悪戯だよね』だ!)


 内面でもんぜつするホールデン。凄まじいまでの早さで、次から次へとホールデンの意思とは関係なく言葉があふれてきた。


「なぁボクのキミ達。こうは思わないかい? 運命なんてちんな言葉じゃなくて、必然程使い古された言葉でもなく、僕たちを表す言葉はそう……旅人。これから待ち受ける僕らの道の未来をいつしよに歩んで行くんだからね」


(なに言ってんの俺! 全く言っている意味がわからんわ!!)


 そんなホールデンの内心とは裏腹にぞくぞくと黒歴史を量産していく。


「ああ……それにしても素晴らしい。ここにいる全ての女性がボクのオヨメさん候補になるんだから。こんな素敵な事って無いだろう? そうは思わないかい? きみぃ?」


 手をおおぎように広げ、長官の方に振り向く。

 まどいをいろく反映した表情で長官は言う。


「……キミよかったらいい病院をしようかいしようか?」


 バチィィィン! と、長官に向けて指を鳴らし、皆の方に向き直る。


「彼も僕たちの事を大いに祝福してくれるみたいだよ」


だ俺……頭の配線が溶解メルトダウンしていやがる)


 先程長官が言っていた病院にしんけんに通院する事を検討した内面のホールデンであった。

 そこでホールデンの視線がメグの所で止まった。


ゴツドよっ!! 感謝致します!」


 ホールデンはけ足でたいより降りると、メグの前に近づいた。


「……な、なんですか?」


 メグは急に話しかけられ、おどろいた表情でホールデンを見る。


「ボクの女神様アフロデイーテー……あぁボクはキミに会う為に生まれてきたのかもしれない。だが残念ながらボクのではキミのすうこうな美しさを表現できない」


 しばくさくクッとがしらを押さえる仕草をする。


「……えっとしようは有りがたいんですが、こんな場所では皆様にごめいわくがかかってしまいますので、どうぞお席の方にお戻り下さいませ」


 ニコリと全ての者がれる様ながおを作るメグは一国のひめ然としていた。


「ふふふっ……そんなつれない子猫ちゃんも素敵さ」


(子猫ちゃん? さっき女神様っていってなかったか。ホント無茶苦茶だな!)


「……聞こえませんでしたか? 今、貴方あなたのせいで授職の儀レンダージヨブとどこおってしまっています。どうかお席にお戻り下さい」


 再度席に戻れと警告するメグの視線と声は先ほどより険しくなる。しかしそんなメグのあごをホールデンは色気のある動きでクイっと持ち上げる。


(お、おい……まさか……)


「あはは。そんなつれないくちびるはこうしてやるっ!」


 その場の時は確かに止まった。

 先ほどまであれだけさわがしかった周囲が水を打ったような静けさに支配された。

 なぜかって? ホールデンがメグにキスをしてしまったからだ。

 初めてのキスはかんきつ系の味がしたと良く聞く。

 しかしホールデンはそう感じなかった。

女殺しジゴロ》のえいきよう下にあるので意識はあるのだが、その他の五感全てが無かった。なので視界に収めているはずのとんでもないじようきように現実感を持てなかった。

 場内にいる全ての人間がざわめいた。それはそうだろう。一国の姫にいきなりキスをしてしまったのだから。


「ふぅ……これで僕の気持ちも体も君だけのモノになれたのかな?」


(オワッタ……もういっそ殺してくれ)


 メグはあらゆる負の感情よりも深い悲しみをたたえた目になる。


(あれ……?)


 どうようしたホールデンをよそに、メグのするどりがリトルホールデン股間へとたたき込まれ、ホールデンは口からあわせいだいき出し意識を手放した。

 意識がえるせつ、ホールデンは見た。彼女の大きな瞳からなみだがこぼれるのを。

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