【特別書き下ろし短編】一切合切世も末だ④

その場にいた全ての者が声の方向に目を向ける。


「はぁ……? 誰だテメェ!」


「おいおい。もう忘れちまったのか? 昨日アリスちゃんとデートしてたイケてるおじさんだよ」


「あ? ああ。そういえばそんな見窄らしい格好をしていたな。何せ貧乏人の顔なんて一々覚えていないからねぇ」


 ヴィンセントはキースを無視し懐から煙草を取り出し、火をつける。


「おっと……そーいやーアリスちゃん、煙草がきれぇだったな」


 そう言うとヴィンセントは煙草を頭上に投げる。そして指を一つ鳴らすと、一瞬で煙草は消え去る。


「まっ別に覚えてなくていいぜ。テメェみたいなヤローに名乗るつもりもないしな」


 ヒクヒクと口元を不愉快そうに歪める。


「ウゼェな……ボニーさん、あのクソヤローこれから型に嵌めるんで、買い取っていただけませんか?」


 キースはヴィンセントを殺すのでなく、奴隷商人に買い取ってもらおうとしているあたり、金への執着が凄まじい。しかし、話を

振られたボニーはというと何やら思案顔をすると、ポツポツ独り言をもらす。


「あの男……どこかで会った気が……それにどうやってこの場所を……私のスキル《真実を知れぬ者デレンジメント》が発動しているというのに……」


「ボニーさん!?」


「うん? ああ、そう……ですね。あんなヨレた男でも人足として少しの足しにはなるでしょう。値段は安いですがね」


「ありがとうございます。それでは少々お待ち下さい」


 キースは自分の配下たちをヴィンセントの前に移動させる。


「ほう? こいつら三下みたいな面してるがそこそこできそうじゃねぇか」


 ヴィンセントがそう言うと、キースは凶悪な笑みを受けべる。


「馬鹿な男だ。そこそこだと。こいつらは馬鹿高い金を払って雇っている上級職のやつらだ。お前なんて数秒でミンチになる。更に

絶望的な情報として先頭にいる三人は職業価値S+の【無差別格闘The indiscriminately】だ。奇跡が起きてもお前にはどうすることもできない圧倒的な差だ」


 キースの配下たちは履歴書ウォークオブライフを顕現させる。


「奇跡ねぇ……別にそんな人頼りみてぇなモン起こす気はさらさらねぇよ」


 小さく呟くと、ヴィンセントも履歴書ウォークオブライフを顕現する。


「あはは! 一応抵抗してみろ! どうせ無駄だがな!」


 ヴィンセントはキースの配下たちを見回す。


「……どいつもこいつも汚ねぇ面してやがんな。無理やりこいつの配下についているわけじゃなさそうだから同罪だな……」


 数百人が一斉にスキルを展開しヴィンセントへと襲い掛かる。

 キースは勝利を確信し、煙草に火をつけた。

 が、キースの煙草に火がついた瞬間、自分の配下達にも一瞬で獄炎が立ち上がる。

 工場内は阿鼻叫喚の叫び声で満たされる。


「……はっ?」


 煙草をくわえたままキースは目の前の光景を信じられないといった目で見つめる。

 数百人が燃え盛る中からヴィンセントがゆっくりと歩いてくる。ヴィンセントは人差し指をキースに向けると横に薙いだ。すると後方から炎がまるで意思を持っているかのようにキースの咥えていた煙草を焼き焦がす。


「おいおい。テメェの娘が嫌いだって言ってる煙草を寝てる前で吸ってんじゃねぇよ」


 キースは後ずさる。


「……な、なん……だ……お、お前は……」


「なんだもなにも俺のことなんざ覚える気もねぇんだろ?」


 静かにキースへと距離を詰めるヴィンセント。


[神は人の上に人を創らず、人は人の上に人を作り出す]


力無き者リストリクション


 ボニーは大逆無道の職イービルジヨブ特有の黒い履歴書ウォークオブライフを展開すると即座にヴィンセントへとスキルを叩きつける。ヴィンセントをどす黒い霧に覆われてしまう。


「あ、あははは……全く人が悪いですねぇ。正体を隠しているなんて」


 キースはボニーの方へと視線を走らせる。見ると彼の額からは脂汗が大量ににじみ出ていた。彼はヴィンセントを知っている口ぶ

りだった。


「ぼ、ボニーさん? い、いったい……」


「ああ。危ないところでしたね。そこにいる彼は三下ではありません」


「へ?」


「彼は元クートヴァス・インク 国王特務部 第9課 通称“王の剣ライトハンドオブキング”の課長ヴィンセント・ラロケット。下級職である【魔術師The Investigation】で職業価値SSに上り詰めた化け物だ……」


 キースの足は震えだす。


「こ、こいつが……あ、あの……ヴィンセント……ラロ……ケット……」


ヴェルセウチの会社デーモン・ヨーク社長が言っていたな…」


『いいか?大逆無道の職イービルジヨブだからと言って無闇に喧嘩を売るな。超越の職俺たちは勿論の事、この世界には他に三人絶対に戦ってはダメなやつがいるそれは――』


「そのうちの一人がヴィンセント・ラロケットだ」


「に、逃げましょう! こんな化け物なんて相手にしていたらいくら命があっても……」


 ニヤリとボニーは少年のような笑みをこぼす。


「ご心配なく。すでに私の《力無き者リストリクション》の影響下にありますので、何も心配はありませんよ」


「な、なるほど……」


 やがて黒い霧が晴れると、ヴィンセントがゆっくりと歩いてくる。


「おもしれぇスキルだな。そーいえば、最近までうちの社員だったやつも奴隷商人に転職ジヨブチエンジしてたみてぇだが、あいつらだけでよくこんな強力なスキルを持った奴を相手にしたよな」


「何言ってるかわかりませんが、これであなたは履歴書ウォークオブライフを出すことはできません」


 きょとんとしたヴィンセント。


「そうなの?」


 些かも焦った様子がないヴィンセントを見たボニーは鼻で笑う。


「強がりはやめたらどうですか?履歴書ウォークオブライフを出せなければスキルは発動できないはずです」


「ははは! ンじゃ御託はいいからかかってこいよ」


 不敵に笑うヴィンセント。どこまでも舐めた態度のヴィンセントにボニーは口調は平坦だが表情は怒りに染まっている。


「……あはは。そうですか。あなたほどの人物を売りに出せば今までで一番の儲けになりそうですよ!」


 ボニーの履歴書ウォークオブライフが漆黒に輝く。


[世の中には、命令する者と従う者の2通りしか存在しない]


従属する者サブオーデイネーション


 黒煙が再度ヴィンセントを包む。

奴隷商人The Dignity Trampled】には直接殺傷するスキルは存在しない。その殆どは隠蔽・状態異常を起こす物ばかりだ。その中で今ボニーが放ったスキル《従属する者サブオーデイネーション》は

対象者を術者の意のままに操ることができる【奴隷商人The Dignity Trampled】の中でも最上位に位置するスキルだ。


「終わりです。死ぬまで奴隷になって、命尽きる時に今日の日の油断を後悔しなさい」


 通常、《従属する者サブオーデイネーション》が決まった時点でタイマンであるならばそこで勝負は決する。しかしヴィンセントは“通常”というカテゴリーに存在する存在ではなかった。


[燃えろ]


《第壱階梯 焔術 焔残り》


 黒煙の中からスキル名が聞こえる。

 その一瞬だった。

 スキル名が聞こえるとボニーの体を凄まじい勢いで炎が吹き上がる。


「ぎゃあああ! な、なぜスキルが打てる!! 私の《力無き者リストリクション》が発動しているのに!」


 ヴィンセントは至極どうでもいいような口調で言い放つ。


「ンあ? そりゃお前、俺がそういう事が可能なスキル、、、、、、、、、、、、を使ってるからに決まってンだろーがよ」


「こ、これがヴィンセント・ラロケットオオオオオオオオオオ……」


 ボニーは断末魔の叫びを上げ、灰すら残さずこの世から消失した

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