【特別書き下ろし短編】一切合切世も末だ③

「な、な、な、なにするのよ! この変態!」


「……ホールデン、言ってくれれば私の胸いつでも触らせてあげるのに」


「ま、待てって! 剣をしまえ! そんなもんでぶっ叩かれたらくたばっちまうよ! それにこれは不幸な事故だ!」


「う、うるさい!」


 メグがホールデンに殺意にまみれた剣を振り下ろす瞬間、ホールデンの履歴書ウォークオブライフから、音が鳴り響く。


「たんまたんま! し、仕事の連絡が来たからちょっとたんま!」


 正直、確認もしていないので仕事の連絡かわからないが便宜上、適当にそう言った。


「……仕方ないわね。待っててあげるから早く確認しなさいよ」


 待つということは、見逃すということではないので、これが終わった時の事を考えると嫌な気分になるが、とりあえず履歴書ウォークオブライフを開いた。


「……うん? おっさんからか……」


 通話できるように、回路を開く。


「どうしたんすか?」


『おお。ちょっとお前にあげたいものがあって連絡したんだわ』


「あげたいもの? 金目のものだったら大歓迎だけど、もらえるモンなら借金以外もらうぞ」


『ははっ。金目のモンじゃねぇよ。いつも俺が持ってるガムあんだろ?』


「ああ」


『それをお前にやるよ』


「はっ?」


『だから俺のガムをお前にくれてやるよ』


「いや、意味がわからないんだけど……」


『で、だ』


「いやいや! で、じゃねぇって!」


『俺のガムはもうお前のモンだ。それでここからが本題だ。お前の《探し物グリーディー》でそのガムの場所がどこにあるか見てくれ。見つけられなけりゃ、別にいいぜ』


「人の話聞けよな!」


『ああ、礼なら今度してやっから、とりあえず急いでるから見てくれ』


 ホールデンは礼という言葉に反応し、通話状態のまま《探し物グリーディー》を展開する。ホールデンは暫く地図を見ると、第6区画のヴェルセ国境付近にガムの表記がしてあった。その場所をヴィンセントに告げる・


『チッ……ヴェルセ国境付近か』


「この場所が一体どうしたんだよ? 理由くらい教えてくれよ」


『落ち着いたら、話してやるよ。つーか、お前の《探し物グリーディー》の能力規格外すぎるな! 【遊び人The Neet】やっぱスゲェわ!』


 そんなやり取りをしていると、後ろから殺気が立ち込める。


「もう、用件は終わったわよね?」


 チャキっと剣を構えると、ホールデンに狙いを定めるメグ。


「い、いや、まだ会話して……」


「問答無用!」


 刹那後、ホールデンを【魔術剣士The Dual】の魔術が付与された斬撃が襲うことになる。


◆◆◆


『ぎゃあああああああああ!』


 履歴書ウォークオブライフからホールデンの断末魔の悲鳴が響いてくる。おそらく、ホールデンがいつものごとくメグに何かして制裁を受けたのだろう。口元を一瞬緩めるが、すぐに引き締める。


「さてと……いくか」


 鋭い視線を携え、ヴィンセントはホールデンに聞いた場所に赴く。


◆◆◆


 ヴェルセ国境付近。

 北の国ヴェルセという特異な国がある。

 4国唯一、王が存在しない国。

 この国は数年前に革命が起こり、国の内情が一変した。革命前は非常に友好的な王がこの地を治めていた。その王は争いを好まず、どの国とも友好関係を築いていた。しかし、その王は人が良すぎたのだ。人を疑うということをしなかった彼の周りにはよからぬ事を企むものが集まってしまっていた。その王がこのままでは良くないと思った時には既に遅く、一族郎党もろとも処刑されてしまった。その反乱を率いたのが現ヴェルセ主導者のデーモン・ヨークである。【国王The Subdue Persons】という職業ジョブは、なろうと思ってなれるものではない。国への貢献度や人々の信頼を積み上げ初めて選ばれる、極めて限られた職業ジョブなのだ。しかし、史上初である国家の転覆を成し遂げたデーモン・ヨークに【国王The Subdue Persons】以上の職業が顕現した。それこそは超越の職、序列6位【独裁者The Dictatorship】である。詳細は隠匿され、わからないが超越の職、序列6位であるから凄まじい職業ジョブであることは間違いない。【独裁者The Dictatorship】デーモン・ヨークがヴェルセを治めるようになると、他3国に宣戦布告をした。彼の政策は弱肉強食である。強者は弱者の全てを奪っても罪に問わないといったものだ。そんな国が荒れないわけがない。悪意がある強者には天国だが、弱者にとってはまさにこの世の地獄であろう。凄まじい数の亡命者が出たが、それを許すほどデーモン・ヨークは甘くない。ヴェルセから出るものには死の制裁を行った。これが世に言う『道化師のだまし討ち事変』である。これは亡命者を国で一斉に集い、円満に移動させると約束し、道化師に扮装したデーモン・ヨークが何らかのスキルを使い、2500万人はいた亡命者を殺害した事件だ。因みに、この時デーモン・ヨークがなぜ道化師の格好をしていたのかは公表されていない。そんな凄惨な事件をプロパガンダ的に世界中に発信すると、脱出する者の気概を根こそぎ奪い取った。

 そんな羅刹といって差し支えない国の国境付近は当然の如く、警備も厳重だ。両国の警備員が大勢守っている。

 しかし、弱肉強食を謳うヴェルセでは金、権力、暴力が全てだ。ヴェルセ側の警備員は金さえあれば何でもする。なので、ヴェルセ側の国境検問所付近は無法地帯にもなり得るということである。

 クートヴァス、ヴェルセ側国境検問所にほど近い薄暗い倉庫にはお誂え向きな人々が集まっていた。


「ミスターアルバーン。君のところの商品はいつも質が高く、ヴェルセウチの金持ちの好事家共が信じられないくらい高い額を出してくれるから笑いが止まらないよ」


「それは、それは。ボニーさんのおかげで、ウチのインクも儲けさせていただいておりますよ」


 キースの目の前にいるボニーと呼ばれる男は、背が低く、笑顔などまるで子供の様に見えるが、醸し出す雰囲気は一般人のソレではなく間違いなく闇の住人の雰囲気である。

 ボニー・ライドン。彼はヴェルセを生業とする大逆無道の職イービルジヨブ

奴隷商人The Dignity Trampled】だ。彼は今までに数多くの奴隷を扱ってきた。中でもボニーを有名にしたのが、キースデン王妃と姫を商品として売り払った件であろう。ボニーにかけられた懸賞金は6億7千万ルード。第1級犯罪者である。

 彼の後ろには部下が数百人程控えている。それに対抗するかの様にキースの後ろにも数百人の柄の悪い男たちが牽制していた。


「早速、商談に移っても?」


 ボニーは手をパンっと鳴らす。


「もちろん! 私たちは乙女の様に呑気な話に花を咲かせに来たのではなく、ビジネスをしに来たのだからね」


「それは重畳だ。おい……」


 キースは後ろの部下に手で合図を送ると、後方から手錠につながれたアリスが現れた。


「……」


 アリスは諦めているのか、その瞳に光彩はない。


「おほー! これはこれは、今までの中でも最高の人形、、じゃないですか?」


 ボニーは醜悪な笑みを零すと、アリスの頬に手を伸ばす。ボニーに触れられ、微かに肩を震わせる。


「そうだろう。これは私の娘だからな。今日の出荷まで丁寧に飼っていたのさ」


「いや〜素晴らしい! 今までで一番の値が付きそうですよ」


「苦労した甲斐はあったな」


「それにしても、毎回クオリティーの高い人形をどうやって仕入れているんですかね? あっこれは企業秘密ですかねぇ?」


 ボニーはヘラヘラとした調子で問いかける。


「ボニーさんは一番の得意さんだし、真似するのは難しいと思うから教えるよ。簡単なことさ。複数の顔がいい女を懐柔して、そいつらに産ませる。幸い私の顔も整ってるから、生まれてくる子はこの通り、クオリティーが高いって寸法さ」


「はぁ〜。それは確かに真似するのは難しそうですねぇ」


「世の中バカな女が多いからな。騙すのなんざ簡単さ。こいつを生んだ女もバカなやつだった。私の計画を知って、治安維持部隊に駆け込まず協力していればいい生活ができていたものを」


 キースは高らかに哄笑する。

 アリスは自分の母親の悪口を言われ、絶望に彩られていた瞳に怒りを宿す。一瞬の隙をついてキースの足に噛み付いた。


「ぐわっ!!な、なにしやがんだこのガキ!」


 キースは噛み付いたアリスの頭を何度も蹴り飛ばす。しかし、アリスは離さなかった。


「くそ、離せ!」


 顔を赤くし、蹴り続けるキース。

 それを何の感情もない目で見るボニー。


「おやおや。このままですといい値が付きそうなのに、傷物で値崩れしてしまいますよ」


 蹴る足は止めずに、キースは答える。


「心配なく。優秀な治癒術師がいるから、この程度の傷、すぐになかったことにできる」


「あはは。キースさん、貴方中々の鬼畜ですねぇ。私は好きですよその性格」


 そして、つま先がアリスの肋を捉え、骨の折れる嫌な音とアリスの苦痛の叫びが薄暗い工場内に響き渡る。アリスはたまらず、噛むのを止めると、胸を押さえ蹲る。


「くそが。おい、俺の足に治癒をかけろ」


 キースは重症のアリスより先に軽症である自分の足に治癒をかけさせる。


「手間取らせやがってくそが……ボニーさん、早速商談を進めようか」


「構いませんが、アレに治癒をかけなくて良いので?」


 キースはボニーに言われアリスに視線をやり、鼻で笑う。


「ハッ、これくらいじゃ死にやしない。これもこいつを買う人の為に行う躾って事で」


「そうですか。わかりました。それでは早速始めましょうか」


 二人は値段の交渉に入る。


 アリスは軋む腹を押さえながら、自分の境遇を呪う。人は平等ではないという事を早くに理解していた。それでもあんまりではないか。神っていうモノが存在するならばきっと自分はしたから十番目以内には嫌われているだろう。そう考えなければ、あまりの現実に押しつぶされそうになる。ふっと昨日食べた温かい料理の味を思い出す。


(……あのおじさんは、優しかったな)


 ヴィンセントの気の抜けた顔を思い出す。母以外、自分に優しくしてくれた初めての大人だった。


(ああ、お礼……いうの忘れてたな……)


 自分が料理を食べさせてくれた礼を言っていなかった事を思い出す。


(……最後に会ってお礼だけでもしたいな)


 その瞬間、自分の体が緑色の炎に包まれる。

 それは不思議とずっと包まれていたいと思わせる優しい炎であった。アリスはその温かい炎に包まれながら眠りにつく。意識をなくす前に瞳の奥に映ったのは、ヨレヨレの服をだらしなくきた男の姿だった。


「っ! キースさん、あの人形燃えてますよ!?」


 ボニーに言われ、キースは急いでアリスを見る。するとアリスは緑色の炎に包まれていた。


「ああ!? おい! 誰だこいつを燃やしやがったのは! 燃やしちまったら値が落ちるだろ!」


 キースは自分の配下たちを怒鳴りつけるが、誰一人として心当たりがないといった感じだ。キースは急いでアリスに近づき、炎を消そうとする。が、消火できるスキルを使っても一向に消えない。しかし、暫くするとその炎は自然と消えた。炎の中から出てきたアリスの体から傷という傷がなくなっていた。


「何なんだ……」


 すると、陰鬱な空気が充満するこの工場に似つかわしくないヘラヘラとした声が響いてくる。


「悪りぃ悪りぃ。俺が火ぃつけたんだわ」

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