第三章 Absolute Beginners⑧

2人はリチャードにもらった地図をたよりに村はずれにある廃屋に来ていた。元々は人が住んでいたけいせきがある。しかし長らく風雨にさらされ続けたのであろうへきはぐずぐずになっており、まどわくにはただの1つとしてガラスがはまっていない。昔ここに家を建てた人はずいぶんとへんな場所に家を建てたものだとホールデンは思った。

 ホールデンは廃屋の中を、メグは廃屋の周りを調べる事になった。

 中を調べ終わったホールデンは外に出る。すると、廃屋の裏手側から声が聞こえてきた。


「あいつだれかとしゃべってるのか……?」


 ホールデンが裏手側へ向かうと、じよじよに声が近くなる。


「ニャ ニャ。おいでおいで」


 メグはねこに向かってしゃべっている様だった。その表情はホールデンへ絶対に向けないであろうじゆんすいな笑顔だ。くつたくなく笑うとすさまじいかい力である。ホールデンの心音は高鳴ったが、寸前の所で《女殺しジゴロ》を押さえ込む。

 メグのうでの中に猫が入り込んだ。するとさらに甘い声を出す。


「君はこんなさびしい場所でにゃにをしてたのかにゃ?」


 時間もだいぶせまっていたので、ホールデンはじやつかんまどったが、いつまでもこうしていてもらちがあかないので仕方なくメグの前に姿を現す。


「ニャ ニャ。ああ本当かわ……」


 猫をきながらクルクル回りだしたメグであったがその視界にホールデンをえてしまう。その瞬間メグの時間はとうけつした。おたがいの目が合ったまま向き合い、一言も発さなかった。ニャと、猫の鳴き声だけがむなしくひびき渡る。


「……中を見たが、特に何もなかったぞ」


 ホールデンはそのメグの様子に気がつかないりをしてつうに話しかけた。

 メグは無言で猫を降ろすと、これまた無言でその場からはなれようとした。ホールデンは今までメグに散々つらく当たられていたので、ここぞとばかりにからかってやろうと思い、その後ろ姿に声をかける。


「……フラワーズってさあ、猫としゃべれるの?」


 メグは顔を真っ赤にし、かたふるわせていた。


「ああ、そうか! にゃーにゃー言っていたけど、別にそれだけで猫と話をできると

思うのは早計か。でも、まてよ……そういった猫としゃべれるスキルってのがあるのかもしれないな。そこんところどうなんですか、フラワーズさん?」


「ウチの事馬鹿にしておもしろかと!? 猫としゃべれるわけなかよ!! こんアホ!!」


 メグは振り向くと言葉を乱しながらさわぎ立てる。うっすらとくやなみだを浮かべている。ホールデンに馬鹿にされたのがほど悔しいらしい。その姿を見たホールデンは満足した。


「まあじようだんはさておき、そろそろもどらないとな」


 メグはまだぷんすかーというおんが聞こえそうなほど興奮していた。

 廃屋の裏手からげんかん口に戻ろうとすると、とうとつしつけな声が2人に投げられる。


「おいおいおい。こんな人気の無い所で何してんだぁ?」


「ナニ、ってそりゃお前よぉこんな人気の無い所でヤるにはナニしかねぇだろーよぉ」


 実にかいこわいろである。低脳のきわみみたいな会話が、さらに不快感を加速させた。そんなバカを絵にいた様な荒くれ者が奥から6人程やって来た。明確な悪意と共に。


「……なんの用ですか?」


 メグは一瞬で表情を険しくすると、冷静に問う。しかし、メグ自身もこれは形式的なものだと知っていた。この手合は必ずといって良い程、会話が通じないからだ。


「いや、なに。暗渠の宿俺たちの事をぎ回っているガキ共がうろちょろしてるって話を聞いてよぉ。人の事をせんさくしちゃいけまちぇんよってお仕置きしに来た訳よぉ」


 男達は心底このじようきようが楽しいと言わんばかりである。


「けどまぁ、そこにいるすげー上玉なねぇちゃんには別のオシオキをしてやるけどな」


 6人全員が好色なみと声を挙げた。

 ホールデンはメグをかばう様にして前に立つと、おのれの手にある鉄製のハリセンを強くにぎる。十中八九、今のホールデンのステータスではかなわない。しかし、ここでステータス値を言い訳にメグに頼っては、自分のけんかかわる。せいいつぱいきよせいを示す。その様子を見たメグは意外そうな顔をした。ホールデンがまさか自分を庇うなどと思っていなかったからだ。


「どうするんだ? いけませんよってげんこつを俺たちにために来たって事でいいのか? それも1人じゃこんなガキ2人がこわくて、カマろう同士群れて来たって訳だ。そのまま仲良くケツでもり合ってくれてれば世は事もなしだったのにな」


 男達はうすら笑いを消さない。


「イッチョマエに男を見せるねぇぼくぅ。だまってたら俺たちが遊んだ後に

その上玉なねぇーちゃんを好きに使わせてやるよ童貞チエリー君」


 けつさくだと言わんばかりに男達は大ばくしようする。


「おいおい、なんだ良くしゃべるケツの穴だな……おっと悪い。よく見たらそいつはケツの穴なんかじゃなくて口だったのか」


 ホールデンが皮肉たっぷりにそういうと、場の空気が変わった。


「クソガキが……ちょーしくれやがって……」


 1人の男が顔に青筋を立ていきどおる。するとそこにいた全員が履歴書ウオークオブライフけんげんさせ、おのおのの武器を構えた。ホールデンは履歴書ウオークオブライフを顕現しても、せんとうに使えそうなスキルが無い事がわかりきっていたので出さない。その代わりに鉄製のハリセンを中段に構えた。

 あんきよの宿の構成員はスキルえいしよういつせいに始めた。


[速度こそ我が存在の証明]


 一斉に履歴書ウオークオブライフかがやきだす。


加速アクセラレーシヨン


 暗渠の宿の構成員が唱えたのは【盗賊The Snatch】の基本スキルにして最大のとくちようである《加速アクセラレーシヨン》だ。基本スキルではあるが、徒党を組んで発動されると非常にやつかいなのである。れんけいを取られると、複数の倍速の動きについていけずにこうげきを受けてしまう。

 ホールデンはふっとニヒルな笑みを浮かべ、つぶやく。


「……ああ、なるほどね……全 く 見 え な い!」


 お手上げだった。凄まじい速度で移動しているため、風切り音や、左右にある木や土壁をる音は聞こえる。が、それだけだった。攻撃しようにもホールデンには手段がない。


「でかいのは口だけだったみてぇだな」


 暗渠の宿の構成員達は若造2人に対して自分達は6人というあつとう的数の優位性におごっているのか、手にしたものではなく蹴りや打撃等をホールデンに見舞った。なすすべも無くホールデンはその打撃を受ける。やみくもにハリセンを振ってみたが当たる訳もなかった。


[一の破壊は悲しみをともなう、百万の破壊は道を切り開く]


 ホールデンの後ろから力強いスキル詠唱がたんたんと響き渡る。メグの履歴書ウオークオブライフは激しく輝き出す。詠唱を終えると、メグの刀身が真っ赤に染まる。

 ホールデンはそれを視界のはしに据えると、受け身も気にせず大きく後方にジャンプした。


魔術剣技マジツクソード付随させるは炸裂エクスプロージヨン


 メグはスキル名を発音すると、けんを地面にたたき付けた。その瞬間、凄まじい勢いで地面がぜる。横にあったはいおくあとかたも無くき飛び、残ったのは数本の柱とはりであった。

加速アクセラレーシヨン》で速度を上げていた暗渠の宿の構成員は、そのばくはつに巻き込まれ吹き飛ばされる。速度が上がっていてもかいしようもない圧倒的なスキルであった。

 通常、剣とじゆつとはあいれないものだ。剣士が魔術を使えない様に、魔術師が剣術を使う事もない。だが例外として、職業ジヨブ【魔術剣士】などのとくしゆ職業ジヨブは、相反する魔法と剣技をゆうごうさせる事ができる。メグが今発動したスキルは、剣に爆発の魔術をずいさせ。るあるいはとつで魔術的術式を解放するといったスキルだ。


「ば、鹿な……魔術剣士だと……」


 きようがくするのも無理は無い。6人いた暗渠の宿の構成員は今の一撃で3人に減っていた。その3人は、運良くめくれた地面のつぶてを受けなかったらしい。ホールデンはというと、メグの後ろへきんきゆうかいしたので難をのがれた。


「……どうする、まだやる?」


 メグは冷たくそう言い放つと剣を下段に構え、いつでも斬りかれる体勢になる。

 ホールデンは変わらずメグの後ろにかくれていた。せいが良かったのは口だけだった。実利的な事を考えるとこのままでは何もやっていないことになる。そうなると報酬額インセンテイブも一番低くなってしまう。それは非常に困るのだ。今回のらいがくは安いが、何事も千里の道も一歩からという言葉がある。なんとか自分の存在理由を証明しようとあがき、だと思いながらも履歴書ウオークオブライフを顕現させ、スキルらんのページを開く。


「新しいスキル……?」


 スキルのこうもくに今まで見た事がないスキルが追加されていた。


 スキル  《不思議な踊りフリークスダンス

 効果   奇妙な踊りを強制的に踊る

 発動条件 じゆもん詠唱

 詠唱文  [朝が来るまで終わる事の無いおどりを]



 スキル  《探し物グリーデイー

 効果   使用者の財産の位置を特定する

 発動条件 呪文詠唱

 詠唱文  [俺の物は俺の物]


(2つもスキルが発現している……さっき《女殺しジゴロ》を使った事で熟練度が上がったのか? 一応永久職パーマネンスジヨブおんけいは確かにあるみたいだな。この《不思議な踊りフリークスダンス》っていうのは戦闘補助系のスキルっぽいな。《探し物グリーデイー》はちょっと良くわからないが、少なくとも戦闘用のスキルじゃない。《不思議な踊りフリークスダンス》ならこの戦闘に俺の存在意義を提示する事ができるかも)


 ホールデンが履歴書ウオークオブライフを見ている間に、メグは残りの3人を追いつめている所であった。


(早く呪文を唱えないと間に合わなくなっちまう!)


 ホールデンは《不思議な踊りフリークスダンス》のページを開き、詠唱を開始した。履歴書ウオークオブライフからりんこうが放たれ、詠唱文を唱え、スキル名を発声する。


[朝が来るまで終わる事の無い踊りを]


不思議な踊りフリークスダンス


 何処どこからとも無く陽気な音楽が鳴り響いて来た。それと同時にホールデンの体は己の意思とは無関係に何とも形容しがたい踊りを踊りだしてしまう。くねくねとこしらし、規則性の無いステップをむ。


「パウっ!!!」


 おまけになぞせいを挙げる始末である。

 メグはホールデンの奇声に振り向いた。そこには、今まで見た事が無い様な不思議な踊りを軽快に踊るホールデンの姿が目に映り込む。


「あ、アンタ……急にどうしたの……?」


「パウッ!!!」


 なおも気持ちの悪い踊りを踊り続け、ゴキゲンな声を上げた。


「……何が『パウッ!!!』よ。私のじやをしないでふぉうっ!!!」


 メグは話のちゆうでテンションの高い声を張り上げると剣をほうり出し、何故なぜか踊りだしてしまう。手は自分のボディーラインをなぞる様にわせ、足は軽快なリズムを刻む。音楽に合わせ体を上下させると、メグの豊満な胸がなまめかしく揺れた。

 暗渠の宿の構成員3人は自分たちが何を見せられているのか良くわからなかった。ホールデンとメグはひたすら楽しそうにステップを踏む。


「パウッ!!!」


「ポウッ!!!」


 そんな楽しそうな? 声をあげている間に暗渠の宿の構成員はびているほかの3人をかつぐ。暗渠の宿の1人がげる前にはみ出していたホールデンの財布をかすめ取って行った。それに対してホールデンはていこうすらできず一言さけんだ。


「俺の財布ぅぅぅぅぅぅぅ!」


 逃げられた後も、2人のダンスはしばらく終わる事がなかった。


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