第三章 Absolute Beginners⑨

「こん馬鹿! ほう! け! とうへんぼく! 役立たず! 《不思議な踊りフリークスダンス》ってなんなん!? ウチまであげなずかしか踊りしちゃったじゃなか! そいに折角こうそくしゅるチャンスやったのに取り逃がすし、もうちやちやじゃなかんちゃ!」


 ホールデンは正座をし、大人しくすべてのとうを甘んじて受け入れていた。

 ここはラロケット・インク受付前のホール。あの後、数十分にかけて2人はだれもいない、うすぐらい場所で謎の踊りを踊り続けた。そしてホールデンは財布をうばわれ、帰る手だてがなかったので、はじうわりだったがメグに長距離移動技術ポータル代を土下座して借りた。もどってくる間、メグは一言も言葉を発さなかったが、戻ってきたしゆんかん、罵倒が始まったのだ。

 ヴィンセントに本日の成果を報告する。「えれーおそかったじゃねーか。2人でナニしてたんだぁ?」というヴィンセントの問いにあいまいに笑う事しかできなかった。すでにティアとサリーは帰ってきていたようだ。2人はいくつかの情報を得、報告済みであった。

 そしてホールデンとメグも会社インクを後にしようと、出口に向かった所でメグがとうとつに切れ、ホールの中央で罵倒されていた。幸いな事に営業時間は過ぎていたので、外部の者はおらず社内の者だけだった。


「はぁはぁはぁ……」


「あ、あの……何があったかわからないけど、その辺でかんべんしてあげたらどうですか……?」


 そこにおずおずとした様子でメリーが仲裁に入って来てくれた。


「アンタ明日からもう何もしなくていいから!」


「……ハイワカリマシタ」


 ホールデンが生気のない声で返事をすると、メグは最後に強くとびらを閉めて出て行く。


「ホールデン君だいじよう……?」


 メリーは心配そうに手を差し伸べてくる。その手を取ると立ち上がる。メリーの手はやわらかく人の温かみを強く感じられた。


「メリーさん、ありがとうございます」


「初日だしきっと色々あったんだね。大丈夫だよ。明日は明日の雨が降るってね」


「……そうやって地が固まればいいんですけどね」


「あ、あれ? 雨じゃなかったっけ?」


 顔を真っ赤にしてわたわたと照れるその仕草はとてもいやされるものだった。


「それじゃあ、いつしよにお家に帰ろうよ」


「へ? メリーさんのお家同じ方向なんですか?」


「だって今日から一緒のお家に住むんじゃない」


「えええええ!!」


 ホールデンの低いステータス値でいつしようけんめい考えたが、なぜメリーと自分が一緒に住むのかかいもく見当もつかなかった。いつの間にそんな仲になっていたのだろうか。

 おろおろとしていると頭の中に声がひびいてくる。


『手紙が届きました』


 どうやら履歴書ウオークオブライフに誰かからメッセージが届いた様だ。履歴書ウオークオブライフを開き、メッセージの所を開く。そこにはこう記してある。

 差出人 ラロケット・インク 専務とりしまりやく カースティ・ローレンス

 内容  今日、お前に伝え忘れた事がある。本来なら入社前に伝える事なのだが、お前の場合は色々とイレギュラーだったからな。ウチの独身の社員は、男女関係なく全員社員りように入ってもらう規則になっている。まあ理由は色々あるが、簡単に言うと仲間意識を強くするためだと思ってくれてかまわない。強制的にって事もあり家賃は破格で提供している。朝食付きで月1万5000ルードだ。荷物は後日運び入れろ。部屋にはベッドがあるからえだけもってくれば問題ない。部屋番号は男子寮の302号室だ。以上。明日はこくするなよ。

 メッセージを読み終えるとメリーの言っていた事を理解すると同時にじやつかんがっかりした。


(一緒のお家って寮の事かよ……)


「ホールデン君、それじゃあ行こっか」


「そ、そうですね……」

 

女性と2人で帰る事にホールデンはきんちようしたおもちになりながら会社インクを後にした。


    ◆◆◆


 ラロケット・インクの社員寮は第1区画の外れにある。独身者全てが住んでいるという事もあり、そこそこの規模感の寮であった。むねは2つで、男性寮と女性寮に分かれている。正直な所100億ルードの借金があるホールデンにとって1万5000ルードで朝食付きというのは非常にありがたかった。


「ああ。ホールデン君お帰り。おそかったね」


 奥の方からそんなのんな声がホールデンにかけられる。ホールデンはいぶかしみながら奥まで進んだ。8じようほどの広さで、ベッドが2つに机と、そして小さいキッチンがあるだけの簡素な部屋だった。声をかけてきた人物は椅子にこしけ、ゆう珈琲コーヒーを飲んでいた。


「君も飲むかい?」

 

誰にでも好かれそうなすずやかなみをかべ、珈琲を進めてくる。


「サリー……なぜここに?」


「あれ、聞いてなかったの?」


「聞いてるも何も、さっき寮に住まないといけないって事聞いたから、何もわからんぞ」


「そうなんだ。なら改めて。ルームメイトのサリー・バーンズです。よろしくね」


 サリーは手を差し伸べてくる。だが、ホールデンはそれにこたえず荷物を空いているベッドに置くと、そのまま大の字にころんだ。サリーはかたすくめると手を引っ込めた。

 ホールデンはためいきいた。仕事でやらかすわ、メグにさらきらわれるわ、おまけに財布もられるわという散々な1日であったのだから、溜息の1つくらい当然の様に出る。そこでふと新しいスキルが2つ出現したのを思い出す。1つは思い出したくもないスキルだが、もう1つの《探し物グリーデイー》がどういったスキルなのかかくにんしていなかった。履歴書ウオークオブライフを開くと《探し物グリーデイー》があるページまでいく。


「『使用者の財産の位置を特定する』ってどういう事だよ……」


「どうしたの?」


「今日2つスキルが発現したんだが、片方の能力がわからないから確かめたいんだ」


「さすが《永久職パーマネンスジヨブ》だね。順調にスキルを取得していってるね」


 サリーは心の底からかんたんの声を出す。


「……いやみかよお前」


「まさか! そんなつもりは毛頭ないよ」


「それならもっとたちが悪いな……」


 ホールデンは履歴書ウオークオブライフに視線を戻すと《探し物グリーデイー》の呪文を口にする。


[俺の物は俺の物]


探し物グリーデイー


 スキル名を発声すると履歴書ウオークオブライフのページが自動的にすごい早さで、めくれていく。やがて何もないページで止まった。そのページにルードワルド全域の地図が表示される。クートヴァスに位置する部分に無数の点があった。


「なんだこれ……」


 ホールデンが1つ目の点をさわると、地図の縮尺が変わった。そこは第10区画にあるホールデンが間借りしていた家だった。点の横に『ベッド』と表示された。2つ目に触った点は今いるラロケット・インクの寮を示していた。


「これは……」


おそらくホールデン君の財産と呼べる物の位置を示すスキルみたいだね」


 いつの間にか横で見ていたサリーがつぶやく。


「勝手に見るなよな」


「まあまあ。それよりこの全然関係ない場所にある2つの点は何なんだろうね?」


「ああ、本当だ。なんだこれ? こんな場所に行ったおくないぞ」


 ホールデンはその点を触った。すると1つは財布で、もう1つが『金 3567ルード』と表示される。場所はミルドー山の山奥だ。それを見て1つの推論に辿たどく。


「……今日、あんきよの宿のやつらに財布盗られたんだよ。財布が少しはなれてる場所にあるから恐らく捨てられてんだと思う。で、だ。この金を位置する点にいるのは……」


 サリーもしんけんな表情になった。


「……ホールデン君、このお金の金額はあってるの?」


「正確な金額は覚えてないが、だいたいこの金額だったと思う」


「これは……行く価値あるね」


「ああ。明日の朝一で行くか。取りあえず履歴書ウオークオブライフで社長にれんらくしておく」


 しばらくすると社長から連絡が返って来た。明日9時に集合の後、すぐにミルドー山に向かえとのむねさいされていた。そこまで見ると、ホールデンは一息つく。


「ホールデン君、まだご飯食べてないよね? 食堂にいかないかい?」


 そういわれると、今日色々あり昼を食べていなかった事に気がついた。


「お前がおごってくれるならな」


 サリーは苦笑し、部屋を出る。ホールデンも食堂に向かった。

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