第一章 偶像少女は夢を見させない④

 今回の依頼の条件を話すために社長達は別室に移動してしまい、現状社長室にいるのはホールデン、メグ、ティア、チェルシーの4人だ。

 しばらく会話がなかったので、ホールデンがめずらしく気をつかい話しかける。


「アイドルってやっぱ儲かるの?」


 気をかせたのはいいが、話の内容が下世話すぎた。

 しかし、チェルシーは来客用に出されていたコーヒーを一口飲み、ゆっくりとした仕草でカップを置くと、アイドルにふさわしい笑顔になって口を開く。


最年少借金王キングオブライアビイリテイのクズ男が私様に気軽に声をかけないでくれる? 借金がるから。だいたい何よさっきのは? 『そのこいびとというのはもちろんこの僕さ』うえっ! きもっ……じようだんは借金とその顔だけにしなさいよね」


 時が止まった。

 ホールデンはもちろんのこと、メグ、ティアまでもその場にこうちよくした。

 当然だろう。天使の笑顔からあくのようなセリフが聞こえてきたのだから。チェルシーはというと、何もなかったように珈琲を飲む。


「え、えっと……何かすげー言葉を聞いたんだけど聞きちがいだよ……な?」


 ホールデンは自分の頭で処理が追いつかず、メグとティアに助けを求めるように視線を投げる。その段になり、ようやくメグとティアの思考が戻ってくる。


「あんたがいきなりお金の話したからおこらせたのよきっと」


「今のはホールデンが悪い」


 メグとティアは小声でホールデンをなじる。


「すみません。このバカが失礼なことを言って」


「気にしないで。ホールデンのけんのステータスは低いから」


 メグは社交的な、ティアはうっすらとした笑みを浮かべ、チェルシーに話しかけた。


 すっとゆうにカップを置くチェルシー。


「何? あんた達、この最年少借金王キングオブライアビイリテイのことが好きなの? はっ、しゆ悪っ」


 そのしゆんかん、笑顔のメグとティアのこめかみに青筋が出現する。


「え、えっと……よく聞こえなかったわね……ねぇティアさん」


「メグ・フラワーズ……私もよく聞こえなかった……」


「ヒィィ!」


 ホールデンは2人を見ると、しんたん寒くなる。

 2人は笑顔のままひとみに殺意を浮かべる。


「はぁ? このきよで聞こえてないわけないでしょ。趣味が悪ければ耳も悪いのね。これだからモブは」


 追いちをかけるようにチェルシーは2人に暴言を吐く。


「あはは……」


「ふふふ……」


 完全にぶち切れているはずなのだが、2人はおのれの太ももをつねってまんしている。


「……なぁ、アンダーハート。お前……いつもねこかぶってんのか?」


 2人が遠い世界に旅立っている間にホールデンはチェルシーに話しかける。


「話しかけるなって言ってんでしょ。カメラの前以外で話しかけていいのは年収1億以上ある男だけ。それに猫かぶってるんじゃなくて、あいきようりまくのは、私様に利益がある人だけ。だから貴方あなたは私様と同じ空間で、同じ空気を吸えることをほまれと思う事ね」


「な、なんて性格悪い女だ……金がすべてじゃな……くもないな」


「ふん。少しはわかってるようね。しよせん、この世の中はお金が全てなのよ。お金さえあればなんでもできるのよ」


 チェルシーがそう言うと、ホールデンはまるで自分を見ているかのようなさつかくおちいる。


「何だよ。気があうじゃねーか。俺もまさに同じようなこと思ってるよ」


「ふん。私様に話を合わせて会話を続けようなんて浅はかね。もう仕事以外で話しかけないで。どうしても話したいのなら1ワード10万ルードはらうことね」


 ホールデンは苦笑いを浮かべる。金にきたないにもほどがあるなと。人の振り見て我が振り直せという言葉が自然に出てきた。


「そこのモブ2人、ずっと気持ち悪い笑い浮かべるのやめてくれない? 私様の視界に入ってざわりなんだけど?」


 ホールデンは確かに2人からブチンという禁断の音がするのが聞こえた。


「だ、だれがモブですって! アイドルだからって調子に乗るんじゃないわよ!!!!」


「私のが可愛かわいいし、おっぱいも大きい……あなたにおとっているところが見当たらない」


 2人はチェルシーに勢いよくめ寄ると、声をあららげた。


「ど、どうしたんですか? いきなり大声を出して……」


 と、チェルシーは急に先ほどと同じアイドル然とした雰囲気にもどる。


「いきなり何猫かぶってるのよ!」


「……ていさいを戻しても、あなたのしようわるさはかくせない」


 しかし、2人のいかりのほのおいまちんされていなかった。

 いないのだが、とびらから聞こえた声によりいつしゆんで鎮火する。


「貴様ららい者に向かって何をしている……?」


 底冷えするその声の主はカースティであった。

 条件の話は終わったらしく、いつの間にか入ってきていた。

 2人は一瞬でおとなしくなり、カースティにどやされる。

 その様子を横目で見たチェルシーは、他の人に気づかれないようにくちびるじやあくゆがめた。

 それをホールデンだけが見てしまう。


(と、とんでもない女だ……あんまりかかわらないでおいたほうがよさそうだな)


 そんなことを内心で思うホールデンであった。


◆◆◆


 打ち合わせの後、ホールデンはヴィンセント達に話があると言い、社長室に移動した。


「改まってどーした、ホールデンさんよぉ?」


 ヴィンセントは部屋に入ると、ドカッと自分のに座り、煙草たばこに火をつけホールデンに話を振る。カースティとホールデンは部屋の真ん中にある応接ソファーにこしをかける。


「少したのみがあって……」


 歯切れ悪く言うホールデン。今からするのは金の話で、なおかつ言いづらいのでさすがのホールデンでも言いよどむ。何かを感じ取ったのか、カースティが反応した。


「ドハーティ、はっきりとしやべれ。私と社長はひまじゃないんだぞ」


「俺はいそがしくねーけどな」


 プカプカとのんえんくゆらせるヴィンセント。カースティはするどい目つきになりヴィンセントをにらみつける。それもそうだろう。ヴィンセントの机の上には社長決裁待ちの書類が山のように積まれているのだから。ヴィンセントはカースティの視線にかたをすくめる。


「少し頼みがありまして……給料、今月だけでいいんでばらいにしてもらえないかと……」


 カースティは目を細め、ホールデンを見る。頭ごなしにきよしないのはホールデンとしてはありがたかった。


「……訳を聞こうか?」


 そう言われ、ホールデンは事のだいを全て2人に話す。


「なるほど、さいけん回収課か……」


 カースティは難しい顔になる。


「な、なんとか日払いでお願いできないでしょうか!!」


 ホールデンはジャンピング土下座をカースティに向けて放つ。


「……同情的な気分にはなるが、今の現状を招いたのはお前がたいなせいだろ?」


「そ、そうですけど……このままだと俺の内臓がヤバイです なんとかお願いします!」


「ダメだ。一人の特例を作ると、規律が乱れる。他の方法で返済する……」


「ははは! やっぱホールデン、おもしれーな!! ウチの会社で債権回収課にねらわれてるやつなんざ久しぶりに見たぜ! しゃーねーから日払い認めてやんよ」


 カースティの無な言葉をとちゆうさえぎるような笑いをひびかせるヴィンセントは短くなった煙草を吸いがらの山にねじ込む。


「社長!」


 カースティがヴィンセントに詰め寄る。それをヴィンセントは片手で制する。


「まぁまぁティーちゃん、かてーこというなって。こいつに今くたばられても困るだろ?」


「それは……」


 ヴィンセントにそう言われたカースティはだまる。カースティもなんだかんだでホールデンの力を認めているしようこであった。


「奴らのしつこさといったらないぞ。たとえこの国がクーデターでしようめつしようとも、一度狙った債権者からは回収するだろうな。それに奴らは手練れが多いから実力行使でげき退たいしようにもほとんどできねーぞ」


「……やけにくわしいっすね」


「そりゃーそーだ。何せ俺もわけぇー時に取り立てられてたからなぁ」


 ヴィンセントは新しい煙草に火をつけると、昔を思い出したのかカラカラと笑う。


「え、そうなんすか」


「おう。あの時はえれーひどいメにあった。ちようか分だかなんだか知らねーけど、毎日とんでもねー額払えとかぬかしやがるし」


 ヴィンセントが言っている事がホールデンに痛いほどわかる。


「どうやってげたんだよ……?」


 紫煙をプカプカと輪っか状にき出すと、ヴィンセントは口を開く。


「逃げてねーよ。お前と同じで、給料を日払いに変えてくれって土下座しに行って、毎日死に物ぐるいで働いて返済したぞ。断言するが、払う以外奴らから逃げるのは不可能だ」


 ヴィンセントの言葉は経験者だけあって非常に重みがあった。


「な、なるほど……」


「まっ、なるべくインセンティブが高い依頼を回してやっから死に物狂いで働けよ!」


「はい! がんって働きます!」


 ひとまず、毎日収入を確保したのでむねで下ろすホールデン。あとは、毎日23万301ルードかせげるかどうかだ。今日から取り立てが始まるので、すぐに今日の分の金を稼がなければならない。2人に礼を言うと、すぐに外注受注クエスト課に向かった。

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