序章 深遠な夜への長い旅路②

「国王様!! どうか、このあわれなごみ虫にを!!」


 ホールデンはえつけんの間で見事なまでのろうしている。

 謁見の間にいるのは国王、それにおうこの兵、そしてメグだ。

 王妃はすずやかなみをかべ、メグはあきれ果てた顔になる。かんじんの国王であるノア・フラワーズは難しい顔をしていた。


「……おもてを上げよ、ホールデン・ドハーティ」


「はい!」


 ホールデンは一瞬で立ち上がると、直立不動になる。

 昨夜の事をメグに泣きつき、父親である国王に助けを求められるように計らってもらったのだ。なんだかんだ言って、こうしてありえない速度で国王に謁見を段取ってくれた。


「あの……いかがでせうか国王様……?」


 ホールデンはくつな態度でノアにたずねる。


「結論から言おう……そなたが申している事はかなわぬ」


「えっ!?」


 最高権力者である国王にたのめばなんとかなるだろうと考えていたホールデンは、けな声を出す。


「そ、そ、それはどうして……?」


「そなたには借りがあるゆえ、なんとかしてやりたいのだが、今回の件に関してはいかんともしがたい」


「王でもなんとかできないんすか!?」


 ホールデンは取り乱したようにノアに近づく。が、行く手を近衛兵に防がれてしまう。


「債権回収課……あそこには余の力が§及[およ]ばぬ」


「そ、そんな馬鹿な!」


「余はこの国の最高責任者ではあるが、全権をにぎっているわけではない。

権力の乱用を防ぐために、いくつかに分立されている。債権回収課はそのウチの一つだ。余が口を出しても彼らの取り立ては止められない」


 ホールデンは泣き笑いのような顔になる。


「それに、つうはらっていれば債権回収課などはでてこない。これはそなたが起こしたたいまんが原因だ。おのれのしでかした罪は己でなんとかしなければなるまい」


 ノアが言っていることは一分のすきもなく正論であった。ホールデンは100億の借金とは別に、今月中に返さないといけない借金をさらに背負ってしまった。それはまるで、永遠に続く夜の中にいる感覚に似ていた。


「そ、そんなぁ……」


 ホールデンの情けない声が謁見の間に響き渡ると、メグは深いため息をいた。


「……これは忠告だが、そなたの所にやってきた債権回収課の2人には気をつけろ」


 ノアはな顔でそうホールデンに言う。


「えっ?それはどうしてですか?」


「あのまるで似ていないふたまいは今期入社であるのだが、すでに職業価値がSになっておる。きわめてゆうしゅうであるが、人格の方が少し……な」


 ホールデンは昨晩の事を思い出す。確かに色々とおかしな言動が多かった気がする。


「彼女らが言っていることに一つのじょうだんもないと思った方がいい。なので、必ず回収すると言ったのであれば、それがどんなモノであろうと回収されるだろう」


 それを聞いたホールデンの気持ちはさらにしずんでいった。


◆◆◆


 夜のにおいはきらいではない。

 カースティはとある墓地の中を歩きながらそう思った。

 昼のさわがしさから解放され、世界がせいじゃくに包まれる。何にも追われる事がない様な気がするからだ。この不気味な墓地においてもそう思うのだから確かだろう。

 やがて目的地にとうちゃくすると強者のえつに満ちたこうしようが、いんが支配する墓地に不気味にひびわたる。そのしゅんかん夜が台無しにされ、カースティは大きくため息をついた。


「俺はジョン・ドゥ・インクけいやく社員トーマス・エリソン。ラロケット・インク専務とりしまりやくカースティ・ロレンスと見受ける」


 トーマスの足元にはカースティの部下5人がたおれていた。

 カースティはゆっくりとした足取りで、トーマスに近づく。


「……カ、カースティさん……」


 トーマスにあしにされていた部下が力なくつぶやく。それを聞いたトーマスは顔面にするどい蹴りをたたき込んだ。せんけつが辺りに散ると、部下は気を失った。


「これがうわさに名高いラロケット・インクのせいえいだとするといささか以上にらくたんを禁じえないな」


 トーマスは気を失っている部下のむなぐらをつかみ、起き上がらせると、墓石にゴミを捨てるかのように投げつけた。


ぜいじゃくすぎる!こんな技量でこの俺の前に立ちはだかるとは、よほど死に急ぐやつしかお前の会社インクにはいないらしいな」


 カースティはその光景を静かに見ていた。


「噂に名高い〝れんまじゅつ〟カースティ・ロレンスは俺の期待を裏切らないといいがな」


 その言葉を聞いたカースティのまゆかすかに動く。


「……ウチの社員が脆弱だって?」


 カースティは静かな口調で初めて口を開いた。


「ああ! 口ほどにもない!」


 トーマスは自分が絶対強者だと言わんばかりに口角をゆがめた。カースティは冷ややかな視線をトーマスに向けると履歴書ウォークオブライフを展開する。トーマスはそれを見るとけいかい態勢に入った。しかし、カースティはこうげきをするでもなく、履歴書ウォークオブライフのページをめくりトーマスのステータスをかくにんする。


 名前   トーマス・エリソン

 ねんれい   27歳

 職業   【上忍The High Silently

 職業価値  S


「なるほど、【上忍】か。確かに増長するのも少しはわかるな」


 職業ジョブ【上忍】。この職業は下忍、中忍、上忍、特忍と段階がある。下忍ですら職業価値がAAと、やつかいなスキルを要する職業ジョブだ。上忍ともなれば厄介以上の相手と言えよう。


「貴様をほうむればジョン・ドゥ・インクの正社員になることも近くなる」


 ゆうぜんと構えるトーマスは己が負けるとはじんも思っていない。


「……お前は三つちがっている」


 つまらなそうな口調で話し出す。それをろんげな表情でにらみつけるトーマス。


「一つ、お前ごときがジョン・ドゥ・インクの正社員になどなれない」


 トーマスは気分を害し、カースティを睨みつける。


「二つ、ウチの社員は脆弱ではない」


「はははは! こいつらが脆弱じゃないだと?」


 転がっているカースティの部下を再度みつける。


「一人も俺に傷一つつける事ができなかった連中だぞ。脆弱以外の何物でもないだろ!」


 カースティの表情は動じない。


「……はぁ。これだから小物はタチが悪い」


 トーマスは笑いを止める。


「小物だと……?」


「私が今まで会ってきた中でもトップクラスの小物だ。いいか、よく聞け。こいつらの任務は私が到着するまでの時間かせぎだ。見てみろ。だれ一人としてげ出した奴がいないだろう お前は足蹴にしているそいつらに精神的には一人として勝っていない。そして……」


 カースティははらんだこわいろになる。


「三つ、私は〝悲恋の〟魔術師なんかじゃない!!」


トーマスはその瞬間スキルえいしょうを開始した。


に己をふんしょくしようと、己の価値はしきれない。だがしかし……]


多重分身の術ラージナンバー


 トーマスの履歴書ウォークオブライフりんこうを放つと、数十人にぶんれつする。このスキルこそにんじゃ最大のとくちょうである。中忍までだと、この《多重分身の術ラージナンバー》を使用しても、げんえいの己しか生み出せない。しかし上忍以上になると幻影ではなく実体を生み出すことができる。

 一瞬でカースティは何十人ものトーマスに囲まれてしまう。


「誰が小物かもう一度言ってみろ!!」


「やれやれ……耳まで悪いようだな。小物で耳まで悪いとは、いよいよ救いがない」


「……っ! ほざいてろ!」


 トーマスはいつせいにカースティにおそいかかる。そのこぶしがカースティに届こうとした瞬間、カースティはスキルを詠唱した。


[身をがすはれんの熱情。私の心はれんに燃え上がる]


 スキル詠唱を静かに終えたカースティ。


マジックフィスト付随するは炎熱エクストラヒート


魔術拳士The Dual】としてのスキル名を発すると周囲に夜陰をかき消すかくかくとしたほのおが場の温度を一気にじょうしょうさせた。カースティが両の拳を構えると、拳にすさまじい勢いで炎がしゅうれんする。

 トーマスの拳が届く前に、カースティは炎をまとった拳を目の前にいたトーマスに向けり切る。直撃を受けたトーマスの分身は身を焦がし、断末魔のさけびをあげると消えた。振り切った拳から炎が飛び出し、円状に燃え上がる。数十人いたトーマスは炎に巻きこまれびきょうかんの様相をていした。やがて紅蓮の炎がちんすると、燃えかすも残っていなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る