序章 深遠な夜への長い旅路③

カースティが倒れている社員のところまで行くと、後方よりスキル詠唱が響いてくる。


あるいは八百万やおよろずわざによりて、ありとあらゆるものは存在を可とし、私は今、水を尊ぶ]


水遁・水神瀑布の術ウォーターフォール


 頭上より、凄まじい勢いのばくがカースティを襲う。


「油断したな! 《多重分身の術ラージナンバー》のしんずいは攻撃ではなく身をかくすことにあるのさ!」


 ゆっくりとその場をわたすカースティ。


「……相手の力量も測れないとはな」


 拳を上空めがけて打ち上げる。拳から大火力の炎が上がり瀑布をおおうといっしゅんで蒸発した。


「ば、鹿な……」


 きょうがくの色をかべるトーマス。苦しまぎれに新しいスキルを展開しようとする。が、その前にカースティが数瞬でトーマスの後ろに移動すると、えんけんを打ちこんだ。しかし、それは分身であり、けむりのように消えてしまう。


大・多重分身の術ヒュージナンバー


 再びスキル名をさけぶ声が聞こえると同時に、先ほどとは比べものにならない数のトーマスがカースティの目の前に現れた。その数おおよそ千。


「終わりだ! いくらお前でもこの数相手ではなすすべがないだろう!」


「……私が手を下すまでもないな。後は任せたぞジェンキンソン」


 後方からへらへらと、白衣を着たけいはくそうな男がゆっくりと姿を現した。


流石さすが、姉さん! 俺っちがいること、よくわかったね!」


「ふん。しようえんとやらのにおいがプンプンとしてればいやでも気がつくさ」


「ですよね~! こいつの臭いをさせてるのは世界中俺っちしかいないからね~」


 ゆるい口調でそう言うと、白衣の内ポケットから小さいきんちやくを取り出す。


「……ジェンキンソン、何度も言っているだろう?仕事中にへらへらするなと」


「あはは~! こいつは手厳しいごてきで!」


 そんなやり取りをしていると、トーマスはゆうみを浮かべる。


ぞうえんが一人来ただけで、この人数にどう対応しようっていうんだ?」


かんちがいするな。お前みたいな奴に我々2人が対応したらオーバーキルになってしまう」


 そう言うとカースティはスキルを解くと、後方の木にもたれかかる。


「って事でこのブライアン・ジェンキンソンがあんたの相手になるさ!」


 ブライアンはヘラヘラとトーマスに相対する。


「はははっ! こいつはけつさくだな。この人数を相手にびびったのかカースティ・ロレンス!」


 カースティは舌打ちをした。それは、トーマスのちようはつに対してではなく、ブライアンのふざけた態度にであった。


「相手は俺っちだって言ってるだろ~!俺っちを飛びえて姉さんと会話するなっての。けちまうだろ」


「ふん。お前のような三下なんぞ、数秒で終わらせてやる。そしてこうかいしろ!! おのれの判断ミスをな!カースティ・ロレンス!!」


 数千人のトーマスは一斉にブライアンにおどりかかった。ブライアンは不敵な笑みをこぼすと、その小さな巾着の口を開け、その口を下に向ける。ドスン、とじゆうこうな音がひびく。そこに現れたのは明らかに小さな巾着に収まるようなものではなかった。


「なんだその鉄のつつは!そんなモノでどうしようって……」


「ははっ!【発明家The Invention】であるこの大天才、ブライアン・ジェンキンソンのめいある実験のいしずえになれることを光栄に思え!」


 せつ、その筒が回転を始めると聞きなれないげきれつばくおんが鳴り響き、鉄のかたまりが毎秒52発というおそろしい速さで飛び出す。すぐに数千の悲鳴が辺りを支配する。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 その鉄の塊は数千いたトーマス達を一瞬でじゆうりんし、分身達を消した。鉄の筒はとうとつに回転を止めると、辺りは酸化しゆうに包まれる。トーマスの本体は地面にたおれ、もんの表情を浮かべると、痛みに叫びをあげた。


「ぐがが……な、なんだ……それは……なんのスキルだ……」


「ふむ……いりよくは申し分ないがやはりまだたまづまりするか」


 ブライアンは何やらブツブツとな顔で独り言をつぶやく。


「ああ、すめん、すめん! 何だっけ? これが何のスキルかって聞いてるんだよな?」


 いつさい悪びれていないように、片手をあげて謝るブライアン。


「これはスキルじゃないって! こいつは〝多重身回転式機関砲ガトリングガン〟っていう俺っちが発明した固有武器さ~」


 聞きなれない単語に理解が追いついていないトーマス。


「まっ、言ってもわからないだろーけどね~」


 そう言うとブライアンはゆっくりとした足取りで、トーマスに近づいた。ふところから取り出したスプレーをトーマスの顔に向けてふんしやすると、トーマスは意識を手放した。


「姉さん、終わったよ~」


 ブライアンが声を上げると、カースティはブライアンに近づく。


「相も変わらずお前の発明品はエゲつないな」


「いやいや~!姉さんのがエグいっしょ! やつこさん、本気で来てるのに【魔術拳士The Dual】で戦うなんてかわいそすぎるでしょ~。本気には本気を!姉さんの本職の……」


「それこそ、奴を消し炭にしてしまう。今回の仕事ははかりと、敵のばくだろ」


「まっそれもそうかもね~」


「それにしても、最近ジョン・ドゥ・インクの動きが活発すぎるな」


 ブライアンは多重身回転式機関砲ガトリングガンに布をかぶせながら返答する。


「今月に入ってから3人、ジョン・ドゥ・インクのけいやく社員が現れたって言ってたね」


「ああ。こいつを入れれば4人だ。他の3人は捕縛できなかったらしいから、こいつにはジョン・ドゥ・インクが何をしているのかかせて……」


 その時、音もなく地面から何者かが現れた。そいつはトーマスに向けてけんを振り下ろそうとしていた。カースティは一瞬でそいつまでにくはくし、一撃で息の根を止める。


「なっ!?」


 確かにごたえはあったのだが、こうげきまず、そいつはトーマスの心臓めがけて剣をす。が果てた瞬間、そいつはひざからくずれ落ちた。


屍兵ゾンビソルジヤーだと……」


 屍兵ゾンビソルジヤーはとある大逆無道の職イービルジヨブのスキルにて生み出される。屍兵ゾンビソルジヤーは死してなおその者の死という尊厳をうばい取り、術者の意のままに戦わせるほうのスキル。


「姉さん……」


 難しい表情を浮かべたカースティは一言つぶやく。


「私たちが知らないところでやつかいな事が起きてるみたいだな」


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