第六章 世界は割れ響く耳鳴りの様だ⑪

「そう……だったのね」


「スキルのせいではあるけど、フラワーズを傷つけてしまった……本当に申し訳ない」


「よかった……」


 ぽつりとメグはつぶやいた。


「あれがホールデンの真意じゃないってわかって」


「あれ……そういえばお前、俺のこと名前で呼んでたっけ?」


 ホールデンは思い出す。サリーがホールデンの腹部をつらぬいた時にも、自分の名前を呼んでいた事に。

 そうてきされたメグはわたわたと取り乱し、顔を赤くする。


「べ、別に、どう呼ぼうが私の勝手でしょ」


「まぁお前がいいなら、俺は一向にかまわねーけど」


 若干のこそばゆさは感じるが、こんな美少女にファーストネームで呼ばれるのは悪い気なんてしない。


「だ、だからアンタも私をどう呼ぼうが自由ってことよ」


 自由と言っておきながら、『お前も私をファーストネームで呼びなさい』というを言わさないはくりよくが言外にずいされていた。ずかしさはあったが、この数ヶ月でつちかって来た関係性をかんがみると『メグ』と呼んでも差しつかえないように思えた。


「はぁ……仮にも一国の姫様だろ? 俺みたいな奴にファーストネームを呼ばせるのはどうかと思うぞ」


 メグは目に見えて失望する。


「けど、まぁ……姫としてではなく、友達だったらありだよな……メグ?」


 ホールデンは照れをかくすために苦笑いした。

 それを聞いたメグは満開の笑顔をかせる。

 不意に見せたメグのその笑顔はホールデンの心音を高鳴らせるのにじゆうぶん過ぎた。


(ま、まずい……これは……)


 そう思ったしゆんかん、ホールデンの意識はジゴロもう1人の自分に入れわる。


「……美しい。生きてきた中で今の笑顔より美しいものは見たことが無い。世界一美しいはなも、100万ルードの夜景も、君の笑顔のあしもとにも遠くおよばないさ」


(やっぱりかあああああああああああ!)


 メグは大きな瞳をゆらし、つぼみが咲くように小さく微笑ほほえむ。


「ありがと。なおうれしいわ」


 みようふんが2人を包む。


「ああ。この瞬間を切り取りたい。そして願わくば僕だけのモノにしたい……」


 ホールデンジゴロVer.はそう言うと、流れるような仕草でメグの背中に手を回した。


(おいおいおいおいおいおいおいおい! これはまさか!)


 内面に追いやられたホールデンの想像通り、静かにメグのやわらかいほおにキスをした。


(はいっ、終わったぁ! なぐられる上に、さらに100億ルードの借金背負わされる!!)


 しかし、想像していたいちげきがしばらくしてもやって来なかった。それどころか、メグはホールデンに身を任せているようだった。

 そっと頰からくちびるを離すと、メグの顔は真っ赤に染まっており、視線をホールデンに合わせようとしない。


「………………………………………………………………………………………………」


「………………………………………………………………………………………………」


 辺りは騒がしいのに、2人のまわりだけにせいじやくが落ちる。


(あれれれれれれれれれれれれれれ! なんなのこの雰囲気ぃぃ!)


「そ、その……ほ、ホールデンはさ……」


 その静寂を破り、メグが何かを言おうとしたそのせつ


!」


 人ならざるけものごとほうこうが会場を包み込む。その声の主は……


「た、大変だ! 国王様がまたご乱心されたぞ!」


近衛兵The close】達が全力で国王を止めにかかる。

 ノアはホールデンがメグにキスをした瞬間、代名詞? とでもいう職業ジヨブ呪殺師The Grudge】に転職ジヨブチエンジしたのだ。

 さらにタイミング悪く、ホールデンは《女殺しジゴロ》から元にもどってしまった。


「またこんなタイミングかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 せまりくるノア死神を前にし、ホールデンはあらん限りの声でめいてきな失言をしてしまう。


「い、いや、あの、その、べ、別にしたくてしたわけじゃないんでええええええ!」


 そうさけんだ瞬間、ホールデンの後ろから身もこごえる殺気がけんげんした。


「したくてしたわけじゃない……?」


 そのすさまじいまでの迫力に、【呪殺師】で正気を無くしているノアでさえ動きを止め、恐怖のあまり歯をガチガチと打ち鳴らした。その殺意の権化がホールデンに近づく。


「まままままままままて……待ってくれ……話せば……話せばわかる……」


 ゴゴゴっという効果音が聞こえてきそうである。いかりのためうつむいていたメグは顔を上げる。

 予想に反してその表情は美少女にうってつけな笑顔であった。


(あれ……話聞いてくれる……のか?)


 そう思いかけたが、近づくにつれメグのその笑顔は笑顔でないことに気がつく。ホールデンはかんちがいしていた。ソレは別次元のナニカであったのだ。気がついた瞬間、ホールデンの顎にするどい上段まわしりがさくれつした。歴戦の戦士もかくやという動きでホールデンを殺しにかかってきている。そのらんげきからほうほうのていげ出す。が、逃がさないと言うように無言でその後を追うメグ。場内はぼうぜんとその2人の様子を見るしかなかった。

 ホールデンは、なんとかすきを見てテーブルの下に姿を隠す。そこで一息ついていると、目の前に紙が差し出された。その紙にはこんいんとどけの文字が堂々とちんしていた。いやな予感を覚えその差し出された方向に目をやると、ドレス姿のティアがいた。


「……ここにサインして。今回の功績で正式にお父様から許可が下りたの。いつでも式挙げられるから」


「お、お前って奴はどうしてこのめんどうなタイミングで厄介事を増やすんだよ!」


 その言葉にティアは気を悪くしたのか、大声で叫ぶ。


「ホールデン嫌! いくらテーブルの下で見えないからって、こんな所でするのは嫌!」


「バ、バかやろう! なんてことを言うんだ!!!」


 ホールデンは悲鳴のように叫ぶ。実際、本気でそんなことをしようものならティアはずかしさで声も上げられないだろう。しかしいつも言うことだけは大人びていた。


「あ、アンタ一体そんなところでナニをしようとしているの!」


き、!!


 り向くとしゃがんでテーブルの下をのぞき込むしゆ2人の赤い目線があり、親子そろって殺意のまなしをホールデンに向けてくる。ホールデンはぜつきようすると一瞬でテーブルの下からけ出し、再度逃げ始めた。


「こ、このままじゃまずいっ!」


 ホールデンは逃げ回りながら、履歴書ウオークオブライフを開き、あるスキルのじゆもんえいしようした。



 どこからともなく陽気な音楽が流れてくる。



 そう。ホールデンが詠唱したスキルは《不思議な踊りフリークスダンス》であった。

 強制的にこの会場にいる全員に有無を言わせず、妙なおどりを始めさせる。


「アウッ!」


 ノアも。


「フォォォォォ!」


 ジャニスも。


「フォウッ!」


 ヴィンセントも。


「イヤアスッ!」


 カースティも。


「イッッッッハァァ!」


 酒場のみなも。


「ポウポウポウ!」


 ティアも。


「パウッ!」


 メグも。

 場内はこんとんとし、ちつじよな踊りとせいがあふれ返った。

 ホールデンは踊りながら、おのれに降りかった数ヶ月の出来事を思い一言つぶやいた。



サリーアイツが言っていた人生は思い通りにならねーからおもしろいってのには賛成だな」

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