第六章 世界は割れ響く耳鳴りの様だ⑩

あらかたみなと話し終えると、ホールデンとティアはドッとつかれが出る。本日休みにしてもらったので、パーティまでりようで過ごすことにした。

 ティアと別れ、部屋に戻るホールデン。


「ヒャッハ────────────! 100億ゲットだぜえええええええええ!」


 喜びをおさえられず叫ぶ。

 ノア・フラワーズからほうしゆうで100億ルードが手に入る。ティアは、自分はあまり役に立たなかったからと報酬を断り、100億がホールデン1人のモノになる事が決まった。さらに、ヴァリス・ラニスターのらいも達成した事になり、プラス、インセンティブの5000万が入ってくる。そこから導かれるのは100億近くある借金はチャラになり、5000万が自分のものになるという事実であった。

 鼻歌交じりでに入り、ゴキゲンなふんで部屋にいると、パーティの時間がせまってきたのでクートヴァス城に向かった。

 城に着くと、まるでVIPあつかいの様に丁重に案内され、場所はほうでもなければ一生来ることもない、ぜいくした部屋であった。

 ごうせいな食事や酒がところせましと並び、いいにおいがホールデンのこうに届く。

 ヴィンセント、カースティ、メリーといったいつものラロケット・インクのメンバーをはじめ、36・5キッチンの面々が集まっていた。

 その部屋の奥には王と王妃がこしけており、横にはメグがしとやかに立っている。

 皆にあいさつをすると、ノア・フラワーズ直々に呼ばれる。


「……ドハーティ、お前には感謝しても仕切れない」


「いえ、同じ職場の仲間というのはもちろんですが、ひめを助けるのは国民の義務です」


 ホールデンは100億を手にするために、がらにもないていねいな言葉を口にする。そんな内面を知らないノアは非常に感心しているようであった。


「見上げた男だ。中々こういった若者はいない。らしい。そうは思わないか皆」


 王妃も柔らかいみを浮かべる。

 会場にいた皆からはくしゆれ聞こえてくる。


きようしゆくです」


 深々と返礼をするホールデン。


「それでは、今日は大いに食べて、飲んで、楽しんでいってくれ」


 ノアはどう酒が入った金のさかずきかかげた。それが合図になり、音楽がかなで始められた。

 皆が思い思いにそのパーティを楽しんでいる中、ホールデンはノアに近づく。


「あの……さつそくなんですが報酬の方を」


 ホールデンはへりくだりながらさいそくをする。


「うむ。そうだな。いがまわらない内に済ませておこうか」


 ノアは履歴書ウオークオブライフをだすと、100億ルードをホールデンの口座に振り込んだ。


「よし、確かに振り込んだぞ。かくにんしてくれ」


(っしゃあああああ!)


 こんなにも履歴書ウオークオブライフを開くのが楽しみだと思ったのは初めてだ。ヴァリス・ラニスターの報酬も先ほど振り込まれたようなので、初のプラスになった残高がおがめる。はやるあまり、自分の残高がさいされているページをめくる手がもつれる。いよいよ残高ページに辿たどりつき──目を疑った。



[残高《マイナス》100億ルード]



「うん?」


 何度も目をこすり、見返す。しかしそこに書かれている文字が変化するわけではなかった。おそらく何かの手違いでり込まれていないだけだと思い、ノアに確認をする。


「あれ、なんか入金されていないみたいなんですが……」


「そんなはずはないぞ。確かに振り込んだ」


 ノアはそう言うと、自分の履歴書ウオークオブライフを差し出し確認させる。

 そこには確かにノア・フラワーズからホールデン・ドハーティへ100億ルードの振り込み証明が記載されている。


「ど、どういうこと……なんだ……」


 ここにきて初めてホールデンはおんなものを感じた。そもそもヴァリス・ラニスターの報酬も入っているはずなのに、この記載額はおかしい。

 まどいを隠せないでいるホールデンにカースティが近寄ってくる。


「私から説明しよう」


「……な、何か知ってるんですか!?」


 カースティは眼鏡をくいっと直すと、絶望すらなまぬるい事実をホールデンに告げた。


「結論から言うと、お前の借金は返済できていない」


「へっ……またまた~ごじようだんを~」


 とんきような声が出た後、努めて明るく振るった。


「……私が冗談のたぐいを好む人間に見えるか?」


 カースティの厳然たるひとみがホールデンをく。彼女がうそや冗談など言わないなんて、短い付き合いだがわかる。わかるのだが、本能が理解をきよしていた。


「何でだって顔をしているな。借金が減らない理由は、少し考えればわかるはずだろ」


「ど、どういうことですか……」


 衝撃が大き過ぎてまともな思考ができない。


「そんなもの単純だ。新しく借金ができたからに決まっているだろう」


「はい?」


 みみに水とはこのことだった。何しろホールデンには全く身に覚えがなかったのだから。


「お前、ガヌーブの街に何をした?」


「……あっ」


 そこで思い至る。自分が《恐怖の正体フイアーオブクエイク》でガヌーブの街をかいめつさせた事に。


「心当たりがあるみたいで何よりだ。今から明細を読み上げるからちゃんと聞いておけ」


 カースティは履歴書ウオークオブライフを開くと、書かれている内容を事務的に読み上げていく。


「洋館がぜんかいで13億2950万、ガヌーブの各建物のしゆうぜんもろもろ合わせて87億2050万、それで合計100億5000万ルードだ。そこからヴァリス・ラニスター氏の案件達成インセンティブ5000万ルード、国王様からの報酬100億ルード、それをお前の口座に入れると、ちょうど100億ルードマイナスになるってわけだ。よかったじゃないか、キリがよくて」


 もはや、最後の方は何を言っているのかすら耳に入ってこない。カースティはホールデンの様子を見て同情したが、特にしてやれる事もかけるべき言葉も持ち合わせていないので、その場から静かにはなれていく。

 そんなやり取りを見ていたラロケット・インクのメンバーや、36・5キッチンの面々が、ホールデンを元気づけるために大量の酒や食べ物を持って来た。ほうけていたホールデンも強制的にそのノリに巻き込まれ、酒を浴びるほど飲む。


「もっと酒持ってきやがれってんだ!」


「新しい酒ダァァアア!」


「うおおおおおおおお!」


 そんなさわぎの中、ホールデンにメグが近づいてくる。


「ねぇ? ちょっと……いいかな?」


 ホールデンは周りのやつらのかたかつがれて、やけっぱちのおどりを踊っていた。メグがな口調で言うとまわりのバカ共はホールデンを乱雑に振り落とし、メグにけんじようすると離れていってしまう。


「いっててて……あいつら急に落とすなよな」


 ホールデンはしたたかに打ちつけたしりでながら立ち上がる。


「……だいじよう?」


 メグの姿はいわゆるお姫様の格好であった。いつもと雰囲気がちがい、じやつかんしんぱくすうが上がるホールデンだが、なんとか押さえ込む。


「お、おう。大丈夫だけど……何が目的だ?」


 メグが素直に心配するなんて何か裏があるに違いないと、ホールデンはかんぐる。いつもならここでいがみ合いが始まるところだったが、そうはならない。


「何も目的なんてないわ。お礼と、聞きたいことがあるの」


「礼なんて別にいいって。それよりも聞きたいことってなんだよ?」


「私を助けに来てくれた時、『ちゃんと説明させてくれ』って言ったの覚えてる?」


 ホールデンは思考をめぐらせる。確かにあの時言い合いになり、メグの兄をじよくしてしまった件を説明させてくれと言った。


「ああ、覚えてる。ちゃんと聞いてくれるのか?」


 コクンと小さくうなずくメグを見たホールデンは、強制的に酔いを押さえ込み、真面目なトーンで話し始める。《女殺しジゴロ》というやつかいなスキルや、メグの兄を侮辱するつもりはいつさいなかったことを。

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