第六章 世界は割れ響く耳鳴りの様だ⑨

その言葉がきっかけで目の前の空間にひびが入り、割れ目が出現する。そこからおびただしい数の人間が現れる。


「この街の人間共だ! 俺はこれからこいつらを殺していくが、そうしたらお前はどうするんだ?」


 数百人はいる。住民達は、いきなり外に出てまどいを隠せないでいた。


「ハハッ!」


(どうする……俺……)


 ホールデンがしゆんじゆんしたそのせつ、先ほどまでたおれていたリチャードがホールデンに向かってとつしんして来た。


鹿が! 気をきやがって!」


「リ、リチャード!」


(だ、だめだ! かいできない……!)


 ホールデンが死をかくした瞬間、


「ハハッ!」


「ぐぎぎ……な、なんで……?」


 リチャードはもんの表情を浮かべる。深々とむちけん鳩尾みぞおちさっていた。


「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」


 サリーがリチャードに鞭剣をき刺していた。何故なぜ自分を助けたのか全くのなぞであった。


「お前……どうして俺を助けた?」


「ハハッ! こうげきを受けた時のあいつの表情といったら……最っっ高に笑えただろ?」


 かんだかこうしようがホールにひびわたる。その場にいるすべての者は、サリー・バーンズを理解できなかった。


「はぁ~今日はじゆうぶん笑ったからここいらで退散するか。また遊んでくれ」


 サリーはそういうと、外に向かって歩いていく。


がすわけねぇだろ!」


 ホールデンは履歴書ウオークオブライフを開き、【賢者】の中で最も強力なスキルを詠唱する。


[世界のげきしんは等しくかいもたらす。それはまるで旧支配者のごとく、ことごとくに降り注ぐ]


 詠唱が終わると、小刻みに地面がれ始める。


恐怖の正体フイアーオブクエイク


 スキル名を発音した瞬間。じやくな揺れが、だんだんと大きくなっていく。

 てんじようからシャンデリアが落ち、出口をふさぐ。サリーは必然立ち止まった。


「ハハッ! こりゃ困った! すげースキルだなぁ」


 話す内容とは裏腹に、サリーは心底楽しいといった表情だ。

恐怖の正体フイアーオブクエイク》は世界にかんしようし、しんを起こさせるというほうも無いものであった。

 揺れは激しさを増し、建物自体がほうかいを始める。


「フラワーズ、ティア!」


 ホールデンは2人にかかっていたスキルを《万物の鍵アカシツクレコード》で解除する。そして2人の方にり向くと、先ほどまでのシリアスな表情はどこへやら、情けない顔になり信じられないことを言った。


「こんなにりよくがあるとは思わなかった……逃げるぞ!!」


「あんたバカじゃないの!!」


「……ホールデン、おっちょこちょい」


 あわててその場を離れようとしたが、その場にいる人間が多過ぎて出口に向かえない。

 その間にも洋館の天井はくずれ続ける。


「どうすんのよ!」


「どうしようかね……」


「……ホールデン、のんきすぎる」


 ホールにいる人間もパニック状態であった。


「【賢者】なんだからなんとかしなさいよ!」


 そこでホールデンは気がつく。


「そうだ、転移スキルがあった!」


「……あんた本当に【賢者】なの?」


 ホールデンのあまりのヌケ作ぶりに疑問のまなざしを向けるメグ。それに文句を言うひまもなく、ホールデンは急いで詠唱を開始した。


「お前ら全員手をつなげ! 転移するぞ!」


 転移スキルは体にれていなければならないので、その場にいた全員が手をつなぐ。

 その声に反応しないサリーにホールデンは声をかける。


「……おい! サリーつかまれ! ここにいたらくたばっちまうぞ!」


 しかしサリーは、そんなホールデンの救いの手に何の反応もしない。


「おい!!!」


 再度呼びかけるホールデン。


「あ■■は■っ■■■■■っ■■はは■い■■っ■■■ひ■■■っ■■っ■■は■はっ!」


 サリーはホールデンのひとみえ、形容できない哄笑を響かせる。

 それを聞いた全ての者は、うすら寒いものを感じる。こんなじようきようでひたすら笑うサリーは自分たちと同じ人間だとは思えなかった。


「もう限界よホールデン!」


 と、メグがさけぶ。

 いよいよ天井がほうらくしてきた。そのれきがサリーの目の前に落ち、姿が見えなくなってしまう。


「サリ───────────────!」


 ホールデンの叫びもむなしく、サリーは笑い続けた。

 もう、無理だ。そう判断したホールデンは、仕方なく転移スキルを発動する。最後の瞬間までサリーは笑い続けていた。



 だつしゆつするのと、洋館が崩壊するのはほとんど同時であった。

 そして、ホールデンたちの目にしようげき的な光景が映る。

 ガヌーブの街全域が崩壊していた。

 それを見たメグとティアはつぶやく。


「無茶苦茶じゃない……」


「……ごく


 その光景に2人は絶句していた。


「サリー……あいつなんで手を摑まなかったんだ」


「……アンタが気にむ必要はないわ。彼は自分で残ることを選んだんだから」


 メグは落ち込むホールデンにはげます言葉をかける。


「わかってるけど、それでも……」


 ちょうど空には春の太陽がのぼり始め、夜かげを打ち負かす。夜のとぼりは幕を上げ、そこには美しく空がオレンジ色に燃え始めていた。



    ◆◆◆



 しばらくするとクートヴァス・インクの治安部がやってきて、状況の説明を求められる。

 それにティアが細かく説明をした。

 一方ホールデンは、なまりを飲み込んだ様な気分であった。このさんじようを見るにサリーの生存は絶望的であったからだ。

 しかし治安維持部がスキルで瓦礫を全てどかしたが、そこにはサリーの死体はなかった。ふと、先ほどの不気味な哄笑が聞こえた気がした。もちろんげんちようちがいないのだが、ホールデンの背筋に冷たいものが走る。サリーは生きている。そう確信すると、喜べばいいのか不安になればいいのかわからなくなった。

 その後、クートヴァス城にメグを連れて行くと、


「あぶろあらぐぉっああああおおおおおササッききキキききききあああああああ!」


 と、国王は訳のわからないせいを発し、メグにきついた。あまりにもうるさかったためおうなぐられ、気絶する。その時のメグの表情は安心感からかやわらかい笑みをかべ、無意識に右薬指の指輪をさわっていた。

 ホールデンとティアはそこでいつたん解散となった。


「ぜひ、礼をさせてくれ」


 国王が意識を取りもどすと2人に頭を下げ、本日の夕刻にクートヴァス城でパーティを開いてくれることになった。ホールデンの関係者を呼んでいいと言われたので、ラロケット・インクの面々と36・5キッチンのマスターやむすめ、それに常連客をさそうことにした。

 ホールデンとティアは会社インクに戻り、ヴィンセントとカースティに報告する。

 2人はサリーのてんまつを聞かされると、おどろきをかくせないようであった。

 一通り報告を終え、部屋から出ようとした時に、


「ホールデン、お前の価値見せてもらったぜ」


 ヴィンセントは煙草たばこに火を付けえんき出すと、ニヤリとそんなことを言った。


「……社長、ここはきんえんです。いつも私が……」


 カースティの小言が始まると、ヴィンセントは笑ってごまかす。長くなりそうだったのでそそくさと部屋から出る2人。するとメリーをはじめ、社員達が2人の報告に聞き耳を立てており、うるさいくらいのめ言葉を浴びせてきた。

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