【特別書き下ろし短編】一切合切世も末だ
【特別書き下ろし短編】一切合切世も末だ①
会社序列というものがルードワルドに存在する。
これは単純に利益が高い順というわけではなく、社員の質や国にどれだけ貢献しているかによって判断される。(勿論社員が優秀であれば収益も多いので、必然会社序列が高い会社は利益が高いのだが)
序列が高い会社にいればそれだけ社会的地位も向上する。なのでどの経営者もこの序列を上げるのに苦心する。だが、どの国でも会社の数は優に100万を超える。その中で競い合うのだから楽なことではない。
クートヴァス会社序列49位ラロケット・インク。
創立から10年足らずで、100位以内に入ったのは歴史的快挙である。しかも100位以内の平均社員数は1万を超える中で、ラロケットインクは200程であるから社員一人一人の優秀さが伺えよう。
そんな超一流と言って差し支えない会社の社長は元クートヴァス・インク最高戦力“王の剣”の課長、ヴィンセント・ラロケットだ。彼の逸話には枚挙に暇がない。下級職業【魔術師】であるにも関わらず、職業価値SSまで到達した稀代の天才である。超越の職8人目になるのではないかとも目されていた。
そんなクートヴァスを代表する人物がどんな者かというと――
「おえっ……飲みすぎた……」
4つの太陽が夜陰に飲まれ、空の支配者が月に変わって数時間。クートヴァス第一区画の安酒場が連なる通称“ヴァッカスの酒樽通り”の路地裏に手を預け、内容物を吐き出していた。ヴィンセントは吐き出すと、懐から煙草を取り出し、火をつけた。無精髭に髪を乱雑に乱すヴィンセントの今の姿を見ても“王の剣”元課長、ヴィンセント・ラロケットだとは誰も思うまい。
「ふぅ……もう一杯くらい飲って行くかぁ」
空に向かい紫煙を燻らせ、ヴィンセントは次の店に向かう。
路地裏を出ると、酔い客でまだまだ活気付いていた。
ヴィンセントは千鳥足で、広くない通りを行く。彼は皆の酔った姿を見るのが好きだった。なので、ふらふらと皆の様子を見ているうちにヴァッカスの酒樽通りの出口付近まで来てしまった。
「おっもう出口か、しゃーねぇ適当な店に入ると……」
ヴィンセントがそう独り言を呟いていると、街灯の下に小さい女の子が座っているのを目にする。こんな時間にこんな場所で小さい女の子が一人でいるのは不自然だった。なのでヴィンセントはその子に近づき話しかける。
「嬢ちゃん、親父さんか、かぁちゃんとはぐれたのかい?」
ヴィンセントがそう話しかけると、その子は視線を向けてくるが何の反応も示さない。ヴィンセントは肩を竦め、その子の横に腰かけると、新しい煙草に火をつけ紫煙を燻らせる。すると隣にいる女の子は俯いたままか細い声を上げる。
「……煙草嫌い」
「おっと、悪りぃ〜な」
ヴィンセントはそう言うと煙草を上に投げる。その後指を弾くと、煙草は一瞬にして灰になった。煙草がなくなった時用にいつも携帯しているガムを口に放り込む。
すると、その子はじっとヴィンセントが持っているガムに視線を固定する。
「うん? 嬢ちゃんも食うかい?」
その子はゆっくりと首肯する。
「全部やるよ。まだあるからな」
ヴィンセントは数枚残っていたガムを全部その子に渡す。受け取るとその子はガムを口に含んだ。
「にしても喫煙者は生きづれーな。こんな嬢ちゃんにまで咎められるんだからよ。まさに世も末だ。ンで、嬢ちゃんはこんなところで何してんだい?」
再度、その子に話しかけるも返事は返ってこなかった。
「まただんまりかい」
暫く無言で座っていると、隣からきゅ〜っと腹の虫が鳴く音が路地裏に響き渡る。
「嬢ちゃん、飯食いに行こーぜ。おっちゃんがおごってやるからよ」
ヴィンセントがそう言うと、その子は、視線はそのままにこくんと可愛らしく頷いた。
◆◆◆
ヴィンセントが行きつけの店に入り、適当に料理を頼んだ。少しすると、料理が運ばれてきた。料理が机の上に置かれた瞬間、その子は物凄い勢いで料理を食べ始める。ヴィンセントはチビチビと酒を飲みながらその豪快な食べっぷりを見ていた。
「へっ、いい食いっぷりじゃねーか。見てて気持ちいいぜ」
全ての皿を食べつくすと、その子はすっと視線をヴィンセントにやると一言呟く。
「……おかわり」
「おう! マスターもっと飯持ってきてくれや」
追加注文した料理もすべて食べつくしたのを見ると、ヴィンセントは改めて話しかける。
「嬢ちゃん、名前くらい教えてくれねぇと、ずっと嬢ちゃんは嬢ちゃんのままになっちまう」
その子はじっとヴィンセントの目を見るとポツリと名を告げる。
「……アリス」
「アリスちゃんね。いい名前じゃねぇか」
「……うん。お母さんがつけてくれたの」
嬉しそうに初めて薄く微笑んだ。その笑顔が可愛らしく、ヴィンセントは感嘆する。
「おお。嬢ちゃんせっかく美人なんだからむすっとしてるよりそうやって笑ってた方がいいぜ。むすっとばっかしてっとウチの社員にいるカースティ(行き遅れ)みてぇになっちまう」
「アリス……お母さんから貰った名前を折角教えてあげた」
「ははっ! ちげぇねぇな。で、アリスちゃん、その母ちゃんはどこにいンだ?」
アリスはそれを聞いた瞬間俯向いてしまう。
「……死んじゃった」
ヴィンセントはバツが悪そうに苦い顔になる。
「っと、そいつは悪りぃ事聞いちまったな。じゃあ親父さんは?」
「……知らない」
「知らないって事はねぇだ……」
そう続けようとした言葉は、店のドアが激しく開けられる音にかき消されてしまう。扉からはドタドタと数十人、柄の悪い男たちが入ってきてヴィンセント達を囲んだ。
「あん? なんだオメェらは」
そいつらはヴィンセントの言葉を無視すると、店の外にいた人物に声をかける。
「社長、いました!」
社長と呼ばれた人物は、ゆっくりとした動きで店の中に入ってくると一直線にヴィンセント達のところまでやってくる。その男はヴィンセントと違い、きちっとした服装に髪型、そして隙のない所作が歩きからも伝わってきた。
「アリス、探したぞ」
にっこりと柔和な笑みを浮かべ、手をアリスの方に伸ばす。アリスは手を差し出されると、ビクッと肩を震わせた。アリスはそのまま固まって動かなくなってしまう。
「アリス、あまり私を困らせるな」
口調は変わらず優しげであるのだが、拒否を許さないと言った威圧感があった。アリスは一瞬ヴィンセントの方を見たが、すぐに諦めて震える手をその男に向ける。その男がアリスの手を掴む瞬間、間にヴィンセントが割って入る。
「おっと、残念ながらアリスちゃんはこの俺と楽しくディナー中だから横からナンパするのはマナー違反だぜ」
ヴィンセントがそう言うと、その男は一瞬汚いものを見るかのような目つきで睨んでくる。しかしそれも一瞬、すぐに柔和な笑みに変わる。
「どなたか知らないですが、アリスに食事をご馳走して頂きありがとうございます。申し遅れました。私、アルバーン・インク代表取締役社長のキース・アルバーンです」
「はーん。それはご丁寧に。俺は……」
「ああ、名乗らなくて結構。別段興味もないし、あなたのような下賎な者とは金輪際関わることもない」
「へっ、そうかい。なら名のらねぇけど、言った通り、俺はアリスちゃんと楽しくおしゃべりしてんだ。邪魔しねぇでくれるかい?」
「ンだテメェ! 社長が折角優しくしてっのによぉ! あんま調子こいてると砂に……」
取り巻きの男がヴィンセントに掴みかかろうとするが、キースがそれを腕で制す。
「他の客に迷惑がかかるから大きな声を出すな」
「す、すみません……」
「なるほど、確かに私の娘がお世話になったのに些か失礼だったみたいだ」
「あ、娘?」
キースは懐から10万ルードを取り出すと、おもむろにテーブルに置いた。
「これは食事代だ。あと店主にも迷惑料としてこれを」
店の店主にも同じ額を渡す。
「おい、アンタ金なんていらねぇよ」
ヴィンセントがそう言うと、キースは呆れるように深くため息をついた。
「はぁ、全く。身なりからするに、貧乏人だろ。かっこうつけていないで受け取っておくのが吉だぞ。それに私はこの子の父親だ。他人のあなたにとやかく言われる謂れはない」
そう言われると、ヴィンセント的にも強く出れない。それにヴィンセントはこの男が親だとはあまり信じたくなかった。
「……こいつ、アリスちゃんの親父なのか?」
アリスは無表情で小さく首肯した。
「へぇ。親は子に似るっていうが、その限りじゃねぇみてぇだな」
ヴィンセントはキースとアリスを交互に見てそう言う。
「わかって貰って何より。他人の貴方は黙っててくれ。さあ、アリス。行くぞ」
その男は慇懃無礼にまくし立てると、すぐにアリスの手を乱雑に掴むと出口まで行く。
「……」
アリスは何も言わず、成されるがままに引きずられていった。店を出る直前、アリスは縋るような視線をヴィンセントに送っていた。
キースが言う通り、家族の問題に今日会ったばかりの他人が口を出すのはでしゃばりすぎだ。なのでヴィンセントは何も言えずにいた。だが、何とも言えぬ後味の悪さがヴィンセントを包んでいた。
「ちっ……」
小さく舌打ちをすると、キースが置いていった金を掴む。その瞬間、札束は一瞬で燃え尽きた。
「……胸糞悪りぃな」
ポツリと呟くヴィンセントは、酒をグイッと一気に煽った。
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