第三章 Absolute Beginners⑥

「で、どこから情報を得るんだよ?」


 なんとかつうはかろうとするホールデンであったが取りつく島もない。

 ちょっと考えればわかる事だった。例のキス事件の謝罪はしているのだが、許してもらっている訳ではない。ただ、ホールデンに関してはこのじようきようをなんとかしなければ、今回の依頼での報酬額インセンテイブが少なくなってしまうという事態になってしまう。なので最低限意思疎通をして依頼をえんかつに進める様にしなければならない。


「なぁ、どうしたら協力して依頼を達成できるようになるんだ?」


 すると、スタスタと歩を進めていたメグの足が不意に止まる。が、相変わらずホールデンの方を見ていない。


「私にかまわないでくれる? 私は私のやりたい様にやるから、貴方あなたは貴方のやり方でやりなさいよ」


 切れ味するどいナイフで心を切りかれる様な言葉である。それだけ言うとまたスタスタと歩いて行ってしまった。

 予想……というか理解はしていた事だ。だが、こうして面と向かってこんな美少女に『きらい』と、明言されると心が折れそうになる。だが、折れそうにはなるが、折れていられない状況なのだ。グルグルと思考をめぐらせた結果、しばらくメグの後ろを追従する形で動く事に決めた。

 やがて第1区画を出、第2区画の林道に入るとホールデンにてんけいが降りてくる。


「はっ! 《女殺しジゴロ》を使えばあるいは……いや、待てよ……この状況になったのはそもそも《女殺しジゴロ》のせいだし……だが、トーク力がえるって能力だしな……」


 頭の中で天使とあくしようし、ささやきかけてくるかのようである。どれだけ思考の深度を深めても正解は見えて来ない。


「なにぶつぶつ言ってるのよ。気味が悪いわね……」


 がっくりとうなだれるホールデン。しかしすぐに自分をし、ホールデンはひとみに力を宿す。そして顔を勢いよく上げた。するとメグのれいほうを連想させる程大きな胸が目の前に現れた。健全な思春期の男として当然心臓がはやがねを打ち始める。このままだと自動的に《女殺しジゴロ》が発動してしまうと思い、必死で別の事を考え、発動をおさえた。


(腹をくくる前にジゴロになられても困るからな……)


 と、メグは急に足を止めかげに視線をやる。ホールデンもつられてその方向に目をやった。そこではねこががりがりと木でつめいでいた。早く進もう、そう提案しようとしてメグを見ると、ホールデンが今まで見た事が無い可愛かわいい笑顔でメグがその子猫を見ていた。不意打ちでそんな可愛い笑顔を見せられてしまい、ホールデンの心音は早鐘を打ち始める。どんどん意識が内面にこもり最終的に支配権がジゴロもう1人の自分じようした。瞳は色気をたたえるももいろになり完璧に《女殺しジゴロ》が発動してしまった。


(ああ! くそっ! 結局発動しちまった……もう後は野となれ山となれだ!)


 ホールデン(ジゴロVer.)は前と同じ様に自信に満ちあふれた表情をかべると、メグに近づきそのかたをつかんだ。

 メグはげんな表情を浮かべる。むしろハッキリとめいわくそうにしている。


「……私にかまうなとさっき伝えたはずだけど?」


 おんな空気がただよう。


(こええ……ここからどうするんだよ俺は……)


 メグは今すぐにでも剣を抜きそうになっていた。通常時であるのならば、裸足はだしげ出す状況である。しかし今は通常時ではなく、スキル発動時だ。この後どういった行動にでるのか全く予想できない。

 ホールデンはメグの肩から静かに手をはなすと、悲しい顔になる。それはこの世のあらゆるそうを背負い込んだ様な表情だった。


「フラワーズさんが望むなら僕を一刀の元にせてくれ」


「えっ?」


(えっ?)


 その反応は予想していなかったメグは面らい、内面のホールデンもまた面喰らう。


「すまない。ていせいさせてくれ。一刀の元になんていうのは甘えだ。いつしゆんの苦痛では君がこうむった痛みや悲しみに対して少しもむくいられない。だから気の済むまで僕を斬り刻んでくれ。君の【魔術剣士】としてのスキルを余す事無く使って構わない。とにかく君が気の済む様に僕をただただじゆうりんしてくれ。僕のちっぽけな命では、君のくちびるうばった事の罰に対してはわいしようすぎると思うけど……今の僕が君に差し出せるものなんてこんなものしかないんだ。失礼かもしれないけどどうかそれで許してくれないかな」


(おい! 何命軽々しく差し出してくれちゃってるわけぇぇぇぇ!)


「……本気なの?」


「……本気さ」


(本気じゃないです!!)


 メグはしんな態度のホールデンをまっすぐ見つめる。

 メグはふところにある剣を抜くとホールデンののどもとで止める。


(ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい! お願いします。命だけはごかんべんを!)


 内心のホールデンとは真逆で、ひようひようとした態度でホールデン(ジゴロVer.)は先をつむぐ。


「……こんな事を言うのは失礼かもしれないが、聞いて欲しい。僕はだれとでもキスをしたいとは思っていない。りよく的すぎる君に、弱い僕が負けてしまったんだ」


 メグはその言葉にほおを赤く染めた。


「な、なにいってるの……そ、そんなおだてたって簡単には許さないわよ」


(あれ……? これは……もしかすると良い方向になってきてるんじゃないか)


「もちろんさ。言葉だけで許してもらおうなんて欠片かけらも思っちゃいない。だから君にこの身をささげるだけさ」


「あーもう! わかったわよ。ここだけ見たら私が悪いみたいじゃない。いいわよ! 割り切ってあげるから。それに100億ルードっていう罰も受けている訳だしね」


(うっ……改めて口に出されると100億ルードって言葉はそれだけで暴力になるな……)


「……それじゃ、僕の気が済まない」


(いや、済んでくれよ!!)


「うるさい! 貴方の気なんて知らないし。私が割り切るって言ってるんだから、ありがたいと思いなさい」


 メグはうでを組むとそっぽを向いてしまう。


「……すまない。君のやさしさに甘えさせてもらうとするよ」


 ホールデンは最後に深々と頭を下げた。


「別に許してないから。割り切るってだけ。仕事に支障が出ない位には話してあげるわ」


「それでじゆうぶんさ。今はね……。いつかきっと君の心を僕に向かせてみせるさ。それだけ僕は君に夢中になってるから」


「えっ……?」


 満面のみを浮かべ、さらっとクサい台詞せりふを口にする。2人の間にみようふんが漂う。ただ、台詞があまりにもアレだったので、内面のホールデンはゲシュタルトほうかいしそうになる。次の瞬間、《女殺しジゴロ》の効果が消え元にもどる。


「よりにもよってこのタイミングかよ!」


 ホールデンはいきなりさけぶ。


「ちょ、ちょっといきなりなんなの」


 急に大声を出すホールデンにメグはおどろく。先ほどの会話の流れから明らかにいつだつした内容にメグはろんげな表情を浮かべた。


「夢中になるってのは……そ、その……ああ、そうだ! いつか本当に許してもらえる様にがんばるって意味だ」


 まだじやつかん疑いの目を向けてくるメグであった。


「まあ、いいわ。ぐずぐずしてると今日1日何もできないで終わっちゃうから行くわよ」


 メグはそういうと、先を急いだ。ホールデンは胸をで下ろすとメグに続いた。





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