3ー9 あなたの未来をこう願う
商店街の中央に佇むクリスマスツリーは、閑散とした街中でも一際輝いていた。普段よりも人通りが多いようで、飲食店の看板はクリスマスメニューをやっていると宣伝に必死なようだった。
ツリー正面のプレート下で、リムと暁はすでに待っていた。暁は嬉しそうにリムに話しかけているようだが、リムの反応は乏しいようだった。
「おまたせー。待たせちゃったかな?」
「よーっすカナタちゃん。全然待ってないよ!」
「おまたせ」
「遥、遅い」
「さりげなく手を取らんでくれ」
「うおい! 俺っちを差し置いて抜け駆けは許さんぞ」
煌びやかな雰囲気に乗せられて、いつもより気持ちが昂ぶっている。ロマンチックなデートを味わったことを思い出したが、多人数でワイワイと騒ぎながら過ごす日も、悪くないと思い直した。
普通の歩みに見える人たちも、なんだか早足で踊っているように見える。クリスマスイヴ特有の雰囲気が、自然と体を弾ませてしまうのだろう。
特に特別な出来事を決めていたわけではなかったので、暁のリクエストでカラオケに行くこととなった。カナタの顔色が少しだけ濁った。
「あれ、カナタちゃん、どうかしたの?」
「あー、カナタは歌うことが苦手なんだ」
遥が説明したことを受けて、カナタは苦々しげに笑って誤魔化そうとした。
「……あはは、そうなんだ。シラケさせちゃってごめんね」
「マジかぁ。いやいや、むしろ俺っちがゴリ押したばっかりに、ごめん」
「だいじょうぶだって。歌うよりも、聴く方が好きだから。いっつも遥の歌を聴いてるし」
「遥は、歌がうまいの?」
「普通だと思うけど」
「それなら俺っちの歌を聴きなよ。きっと、惚れるぜ!」
「すいませんフリータイムでお願いします」
普通に歌うだけでは味気ないため、カナタ以外の三人は、カラオケの点数で対決することとなった。
先方は暁だった。
暁の歌は、自ら惚れるぜと大見得を切るだけあって、上手だと表現できる腕前だった。勢いで張り上げ気味ではあるが、音域が広く、当時流行っていたであろうヒットソングを歌っていた。しかし高音を歌い上げる際には、喉から絞り出すように無理やり出している様子があった。違和感のある声色となっていて、無理をしている印象は否めない。しかし、些細な声質に違和感があっても、気にならないほどに見事なシャウトを披露していた。
「ヒューヒュー。イェーイ」
「センキュー!」
暁は片手を高く突き上げた。まるでプロのシンガーにでもなったかのような入れ込み具合だった。きっと暁の心の中では、野外フェスで嵐の中歌いきったような充実感なんだろう。
点数は、90点だった。決して悪くない点数ではあるが、暁は不満そうにブーたれていた。
「ちぇっ、機械の調子が悪い気がする」
続いて、遥の出番だった。
まずは選曲に苦労した。なんせ二十年前ともなると、知っている曲の数が圧倒的に少なかった。ランキングを参考にしても、名前だけは聞いたことのある曲は並んでいるけれど、実際に歌える自信はなかった。
リムは無言でメロンソーダを飲んでいた。遥は横目でリムを眺めた。リムに褒められたから、遥は歌うことを好きになった。高質なガラスが奏でるような澄んだ声で、「遥は、楽しそうに歌うのね。私は好きだよ」といわれたことを思い出していた。なんだか、むず痒い気持ちになった。
そういえばあの時歌っていた曲は。もう懐かしいといえてしまう、アニメ映画の主題歌だった。
「おっ。聴いたことあるなこの曲。渋いじゃん」
夕闇に沈み空を、真っ赤に照らす夕焼けを思わせるように、色彩を意識して声を響かせた。全体的に必要な音域は低めかつ狭いため、存分に表現力が試されている。しっとりと、砂を流すように歌い続け、サビに差し掛かると爆発的に喉の部屋全体を震わせた。
僕はどうして大人になるのだろう。
いつ頃大人になるのだろう。
歌の歌詞に問われて意味をまだ実感できてはいなかったが、ふと思い出の琴線に触れて、思わず涙が溢れてしまいそうだった。
歌い切った時には、思いのほか疲労感を強く感じていた。見渡すと、リムの瞳を捉えていた。歌っている途中も何度か目が合って、照れ臭いような嬉しさを感じていた。
点数は、94点だった。
暁は、悔しそうに地団駄を踏んでいた。
額に滲む汗を拭いつつ座ると、リムに肩をチョンチョンと突かれた。
「遥は、とても歌が上手だね。それに、歌ってる時、楽しそう」
「ありがとう」
恥ずかしくてそれだけしかいえなかったけど、遥の心には充足感が満ちていた。
遥は勝手に勝った気でいたけれど、結果的にはリムの圧勝だった。機械的で正確無比な音程。完璧な抑揚にビブラートやしゃくりなどでの点数稼ぎ。そしてサビでは露骨に声量を上げて、加点を連発していた。
遥は生まれて初めて、カラオケマシンで100点が出たところを目撃したのだった。
「リムちゃんがあんなに歌が上手かったなんて、想定外だった……」
「なんていうか、点数を取るために特化した歌って感じだったな。それでもものすげえけど」
「というか、遥があんない上手かったのも想定外だぜ。やるじゃん」
男二人で、小便器の前に並びながら話をした。いわゆる連れションという状態だった。
「ありがとう。まあ、歌うことは好きだよ。褒めてくれる相手がいたから」
「ふーん。褒めてくれたらやる気は出るよな。俺っちこそ褒められて伸びるタイプなのに! リムちゃんとカナタちゃんは褒めてくれねーかなー」
「がんばれー」
「めちゃくちゃ他人事じゃないか! 今は遅れをとっているけど、今に見てろよ。将来的には有名なミュージシャンになって、印税でガッポリ儲けるから、今の内にサインでもやろうか?」
「サインはいらない。というか、暁の将来の夢って、ミュージシャンなのか?」
「おう! 俺っちは将来、ロックでポップなミュージシャンになってやるぜ!」
手を乾かしながら意気込む暁を見て、遥は噴き出しそうになった。父親がミュージシャンを目指していたなんて、一言も聞いたことはなかった。そういえば、自宅の物置部屋には、埃をかぶったギターケースが放置されていたこと思い出した。暁がミュージシャンを目指していたという、思い出の名残だろうか。
ロックでポップなミュージシャンとか、ハードルが高くて、そもそもよくわからない物を目指すなんて。遥にはその決意がおかしくってたまらない。
まあでも残念ながら、遥の時代において、暁はただの会社員をやっている。おそらく夢に敗れてしまっている。甘くない現実を知ってしまった可能性はあったけれど、不思議とやるせない気持ちに襲われたりはしなかった。
「ちょっと意味がわかんねえよ。せめて的を絞ったら? でも暁はなんかミュージシャン向きって感じじゃないんだよなあ」
「うるせえ! いいんだよ好きでやってんだから」
やっぱり暁にミュージシャンは似合わない。そう遥は思った。
なぜなら、遥にとっての暁とは。
時折酒を飲みながらブーブーと会社の文句を垂れ流していても。それでもリムと幸せそうに暮らした時間があって、今でも前向きで楽しそうだった。時には寂しげにしているが、基本的には明るく自分の人生を楽しんでいる。
リムの夫であり、遥の父親。そしてしがない会社員。
遥にとっての父親は、やっぱり暁であって欲しいと、密かに願っていた。
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