3ー5 ハルカナと秘密にしたい道具

 橋の下から移動したあとも、リムと暁は二人と行動を共にした。リムにどこを気に入られたのか、妙に距離が近くて、遥は終始困り果てていた。リムがあからさまに近づくたびに、暁が表情を強張らせて遥に睨みをきかせていた。手を出したらただじゃおかねーぞと、いっている気がした。

 せっかくなので四人で夕食をとった。民家をそのまま改装した昔ながらの定食屋は、元いた時代では営業をしていなかったように思う。老夫婦で経営していたから、無理もないのかもしれない。

 家まで送ると付きまとわれたが、洞穴に家を作っているともいえず、適当に誤魔化して二人とは別れた。


「まさかママに続いてパパにも会えるなんてね」

「父さんが昔、母さんと出会ったのは高校だっていってたことを思い出した。しかも母さんは転校生で、高校三年の時、夏休みが終わったあとに転校してきたんだって」

「高三の二学期に転校って、すごいタイミングだね」


 寝支度を整えて、今日もカナタはソファー、遥は床に寝転び、寝る準備は万端だった。

 二人は、今日の出来事を回想するように、眠くなるまで話し合っていた。遥は、まだ聞いてないことがあったことを思い出した。


「カナタ、そういえばさ、のんさんに使ったあの怪しげな道具はなんだったんだ?」

「あーあれは……」


 いいづらそうに言葉を濁らせたが、逡巡し観念したように説明を開始した。


「あれは人の認識に、直接情報を投射する装置だよ」

「よくわからんけど、恐らくものすごく危険な物じゃないのか?」

「正直、悪用しようとすればできちゃうから、あまり使うべきじゃないんだけどね」

「認識に情報を投射するって、どういうことなんだ?」


 カナタは、少し逡巡していた。適切な言葉を探すために、腕を組んで考え込む動作に移行していた。

 自信なさげに眉は下がっていたが、カナタはようやく話を再開した。


「えっと、りんごをりんごって知るためには、色で見て、形を見て、りんごっていう物を知っていてとか、色々と判別に必要な情報があると思うのね」

「そうだな」

「これを使えば、極端な話、りんごを見たことがなかったとしても、りんごを見せればりんごってわかるようになる。情報だけを与える装置だから、実際にないものも、あるように認識することもできちゃう」

「こわっ」


 遥は、思わずのけぞってしまった。思いのほか影響力が強そうな効果に、道具自体の存在に若干の恐怖を感じた。


「そう思うよね。これは大ごとに発展しそうなことには使えない。本人の今までの知識関係なく焼き付けちゃうから、時にひどい矛盾が起きちゃうかも」

「例えば、男に向かって、あなたは女だって情報を植え付けることもできるのか?」


 カナタは、一拍置いてから答えた。


「できる」

「それは、ヤバイな」

「だからこの道具は、解除機能があるよ。それとね、大きな矛盾で自我が崩壊してしまわないように、疑問が大きくなると、植えつけられた情報は深くに眠っちゃうんだよ」

「一応の対策は取られているわけか」

「それは道具の効果というよりも、人の防衛機能としてだと思うんだけど、矛盾に関わったエピソードの記憶は、ほとんど思い出せなくなる」

「無理やり情報を植え付ける代償ってとこか。記憶が思い出せないのって、効果を解除した時なのか?」

「解除してすぐってわけじゃないし、矛盾が大きくなって、強制解除されても、記憶が瞬間的になくなるわけじゃないよ。数日かけて整理されて、やがては封印されたみたいに、思い出せなくなる」


 そう考えると、なおさら簡単に使えるような代物ではないことを理解した。日常生活に大した影響はでないような、些細な出来事への疑念を払拭するために、カナタは使用したのだろうと思う。

 ちょっとうっとうしい時に、リムや暁に使おうなんて、軽く考えている部分があったことを恥じた。

 基本的に、この道具はないものとして考えた方が良さそうだ。

 タイムマシンに、立体投射装置や自動仮住まい作りの道具。そして情報操作の機械。飛び出してきた物は割ととんでもないアイテムばかりで、知らないところでの技術革新に驚きを隠せなかった。


「ちなみに、他にも何か持ってきてるのか?」

「あとはね、どんな過酷な環境下でも生きられる、適応スケルトンスーツとか」

「……一体何を想定して持ってきたんだよ」

「効果はそれだけじゃないけどね。それにほら、万が一移動した先が滅亡しちゃってても、とりあえずは大丈夫なようにね」

「今その冗談は、笑えないな」


 そのスーツを使用する機会が、できることなら訪れませんように。

 そう祈りながら、恒例の確認行為に、恋愛感情はないと答えた。

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