3ー4 滅びの願い。生への願い

「やっと、二人きり」

「全然二人きりじゃないけど」

「なんだか、おもしろいことになってきたね」

「ねえねえリムちゃん、何か聴きたい曲でもある? GLAYでもKinKiでもなんでも歌っちゃうよ。カラオケでも行こうよー」


 側から見れば、男女四人が順番に橋の下で並んで座っている、異様な光景になっている。左から順にカナタ、遥、リム、暁という順番で座っていた。


「ねえ、遥はどこから来たの?」

「100パーセント地球産で、人間100パーセントだよ」

「じゃあ、なんで空から落ちてきたの?」

「最近なんか人型の飛行物体が目撃されるらしいよ。物騒なことで」

「見たの。この目で。遥が落ちてきて、そして私を押し倒した」

「は? なんだこの男、やっちまっていいかな?」

「ちょっと二人とも、一旦黙ってくれないか?」

「遥ってば、リムちゃんに手を出そうとしたなんて、やらしー」

「やっぱカナタも黙って」


 過去の世界にあまり干渉するべきではない。ましてや、違う世界とはいえ未来から人がやってきたことを示唆してしまうと、過剰干渉にあたってしまうと思う。

 つねに未来から人々が侵入しているのではないかとの不信感は、広がれば不穏な雰囲気を残しかねない。所詮は世迷いごとと切り捨てられるかもしれないけれど、未来人を信じたばっかりに変人扱いされる人物ができることは忍びなかった。

 だからこそ、できる限り誤魔化す方向で話をしようとしても、リムは話を逸らしてはくれなかった。

 その後も、何をいっても追求は緩まず、遥は相当に神経を費やした。リムと仲良くすることが気にくわないのか、暁は終始不満げな表情をしていたが、当のリム本人だけでなく、カナタまで楽しげにしている。こんなにがんばっている苦労はなんなのだろうと、思わずにはいられなかった。


 苦し紛れに、遥は先程耳にした話題を口に出していた。


「そういえば、ノストラダムスの大予言って、なんだったんだろうな」

「はあ? いきなりだな。遥はあんなもんを信じてたのか?」

「そうじゃないけどさ。結果としては来なかったけど、気にしてる人も多かったみたいだし、なんだったんだろうなって思ってさ」


 遥は、実際に7月の様子を見たわけではなかった。だからこそ世間を混乱に導いた予言に対する感情。実際に体験したその空気感について、若干の興味をもっていた。


「中には気にしすぎて、途中から不登校になった奴もいたっけな。俺っちは微塵も信じてなかったけど。わけわからん予言よりも、自分自身を信じなきゃっしょ」

「恐怖の大王は、本当にこなかったのかな?」


 各々が感想を口にする中、リムはそういって不敵に笑った。

 世界に滅亡をもたらす恐怖の大王というもの。リムは、のんが心配していたことと、同じ種類の問いを提示している。

 1999年の7月に空からやってくるはずだった恐怖の大王は、本当にこなかったのだろうか。

 遥のいる時代でも、当然世界には戦乱が溢れており、手放しで幸せを謳えるそうな時代であるとはいえない。しかし、少なくとも滅亡には至っていない。

 だから、恐怖の大王は世界に降り立っていないと結論づけているのだけれど、果たして本当にそうなんだろうか。

 一度湧いた疑念は、心の奥底に暗く沈んでいくようだった。そしてその淀みは、何らかの形で解消されるまで、残り続ける。


「本当のところノストラダムスは、世界が滅亡するなんていっていない」

「え? そうなの? リムちゃんはそういう話が好きなの?」

「好きとかじゃない。ノストラダムスは、空から恐怖の大王がやってくるっていってるだけ」

「滅亡って言葉を使ってたわけじゃないんだな。さっすがリムちゃんあったまいいー」

「予言集はフランス語やラテン語などが用いられていた。他にも使用されてた言語もあったけれど、果たしてまともに解読されたものは、どれだけなのか」

「解読自体が、間違ってるってことなのか?」


 リムは、肯定も否定もしなかった。


「文字を並び替えて意味を作る、アナグラムが用いられてたけれど、そもそも無秩序に自由な解釈をするようになると、もはや原文なんて意味がなくなってしまう。解釈の仕方次第で、なんとでも捻じ曲げてしまえるから」


 物事の解釈は人によって様々ではあるとは思うが、大きく意味を持たせたり、小さいことだって印象付けてしまう書き方をすれば、もはや解釈者側の裁量で、意味が捻じ曲げられてしまうといいたいのだ。

 けれど、そう考えてしまうのであれば、予言なんてまるで意味がないことじゃないかと、遥は疑念を抱かずにはいられなかった。


「じゃあなんで、世界が滅亡するなんて話題になったんだろうな」

「それっぽく書かれた書籍がきっかではあるけど、少なからず、望まれてかも。人類滅亡」


 リムの推測に、全員が沈黙した。どれだけ強がっていても、心の奥底では、そういった願望がまるでないわけではなかった。

 もちろん本気であるわけはない。嫌なことがあった時、自分自身に無力感を感じた時、ふと衝動的にやけくそになる瞬間。激しく制御できない感情に、心が燃やされていきそうな時、ほんの一瞬思うんだ。

 いっそ世界なんて。

 滅びてしまえばいい、なんて。


「人が生まれて、生きていくだけで良かった。けど知恵をつけて知識をつけて、社会性が生まれたことで、高度な方法で社会を維持するルールが生まれた。空を飛びたいから、飛行機が生まれた」

「それでも、滅亡なんて」

「世界なんてなくなればって思いを、本気で持つ人の方が少ないと思う。けれども、陰鬱なムードが漂う中で、確かにその仄かな願望は閾値を超えた」

「それで、恐怖の大王の概念が、世間に広まったの? ある種の願望が、わかりやすい形で広がったって」

「きっと恐怖の大王はきたんだよ。けれど、結局何もしなかった。なぜならきっと」


 リムは、何を見ているのかわからない、透明な視線で虚空を眺めた。


「死にたくないって、たくさんの人が願ったから。願望は、何よりも強い力」

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