3ー3 ノストラダムスとリムとナンパ

 中南米辺りの部族がまつっていそうな、怪しい置物に囲まれながら、四人でコーヒーを堪能した。

 平日ということもあり、アスタロイドには閑古鳥が鳴いていた。ただでさえ店舗が減少している商店街は、人通りが少ない。余計にお客さんを獲得するのは難しいんじゃないかと、思わず心配になってしまう。


「今日も暇ですねー」

「……うん、なんかごめんね」

「えーっと、普段も結構、こんな感じなんですか?」


 言葉を選びつつ、遥はたずねた。

 帰ってきたのは、大柄な体には似合わない、少し哀愁を感じる苦笑い。


「恥ずかしい話、なかなかお客さんが来なくてね」

「ちょっと空いてる時間は多いですけど、あたしはそんなこのお店が好きですよ。忙しすぎないから、この子のために無理をしなくてもいいですからね」


 のんは愛おしげな表情でお腹を撫でていた。服の上からでもわかる丸みに命が宿っているのだと思うと、なんだか神妙な気持ちになってしまう。

 カナタは、興味津々に瞳を輝かせていた。


「お子さんは、いつ頃生まれるんですか? きっとカワイイ子が生まれるんだろうなー」

「このお腹の子は、来年になったら生まれるんですよ。今五ヶ月目だから、大体あと半年くらいですかね。あたしとダーリンの子供ですよ? カワイイ子が生まれるに決まってるじゃないですか。ねえ、ダーリン」

「もちろんだよハニー。男の子でも女の子でも、きっと世界一。いや、宇宙一カワイイんだろうな!」

「えーそうなったらあたしは、宇宙で二番目になっちゃいますか?」

「ああーいやそんなことはないよ。どちらの方がカワイイなんて、俺には決められない。二人まとめて宇宙一だよ!」

「うふふ。お上手なんですから。そんなダーリンのこと、あたしも宇宙一カッコイイって思いますよ」

「ハニー」

「ダーリン」


 唐突に見せられる二人の世界に、遥とカナタは置いてけぼりをくらったような気分に陥った。

 バカップルめ。

 そう遥は毒づいたけれど、賢明にも声には出さなかった。声に出しても無駄だという気持ちもあるし、この二人に毒づくことで、昨日のような恐怖は、もう味わいたくはなかった。

 和気藹々わきあいあいとした雰囲気だったが、唐突にのんの表情は陰った。まるで、月が闇に飲み込まれたように、暗く深い心情を表しているようだった。


「せっかく助かった命なんですから……大切にしたいですよね」

「心配しすぎだって。運命を決める日には、結局何も起きなかった。滅亡の予言は避けられたんだって」

「本当に、そうなんでしょうか。あの時から実はもう、滅びへのカウントダウンは始まっていて、まだ誰も気づいていないだけなんじゃないかって、そんな不安はどうしてもあるんですよ」

「考えすぎだよ。俺たちはこの世界で生きていてもいいんだって」

「あのーなんだか物騒な話をされてますけど、何の話題なんですか?」


 たまらずカナタは聞いた。これだけの情報では、どうにも要領を得なかった。


「君たちはあまり関心がなかったのかな。でも、その方がいいのかもしれない。世界が滅亡するなんて絵空事、バカ正直に信じていた方がおかしいのかもしれない」

「あたしは、今でも嘘なんかじゃないかもって思ってます。ノストラダムスの大予言は」


 その名前には、聞き覚えがあった。1999年の7月、恐怖の大王が降りてきて、世界が滅亡するという予言が、日本中を席巻していたと聞いたことがあった。この予言を信奉した結果、絶望のあまり自殺者が出たり、犯罪者を生んだりと、滅亡の予言は、人の狂気的な一面を引き出していた。

 遥が生まれる前に、そうした混乱や終末の空気感が流れていたことは、聞いたことはあってもまるで実感が湧かなかった。

 結局のところ、恐怖の大王と言い切れるものの到来はなかったけれど、心のどこかで、滅亡を望む声があったからこそ、そういった一大ムーブが巻き起こったのかもしれない。


「もしかしたら見えないところで、聞こえないところで、滅亡は近づいているのかもしれないです。恐怖の大王の手のひらに、世界は今にも握られようとしているんじゃないかって、不安なんです」


 のんは、愛おしそうにお腹を撫でながらも、口元は引き締まっていて、悲痛さを表現しているようだった。


「この子が生まれて、成長して、また命を育んで、そして死ぬまで、生きていって欲しいですね」


 ダンは、不安に揺れるのんを包み込むように抱きしめた。


 遥は、二人を見つめながら、思わず言葉にしてしまいそうな衝動を堪えていた。いってしまえば、過度な干渉にあたるかもしれない言葉を、飲み込もうと必死だった。せめて、心の中だけでいいたいことをひたすら繰り返していた。

 大丈夫。未来はまだ、滅亡していないから。





「やっぱり歌うなら、ここでなくっちゃな」

「時代が変わっても、遥のやることは変わらないね。ほんとに遥って歌が好きだね」

「まあ、母さんが一番褒めてくれたのって、歌うことだったしな」


 二人は、海沿いの国道を繋ぐ鉄橋の下に来ていた。元いた時代でも、ここで遥は歌の練習をしたものだった。

 雑貨屋アスタロイドを出て、あてどもなくさまよっていると、見覚えのある景色と鉄橋を発見した。歌の練習は昨日できなかったから、折角なのでここで練習することにしたのだ。


 いつかの話の時のように、カナタは邪魔することはなかった。二人は比較的平らな石に座った。


 軽く首を上下させて、低音と高音を確かめるように奏でた。そこそこの伸びと反響。悪くはなさそうだった。

 さあ歌うぞ、と肺に空気を送り込んだ、そのタイミング。


「あっちゃー。今日は珍しく先約がいらっしゃるんか。メンゴメンゴね」


 軽そうな声を投げかけてきた男は、クラシックギターを抱えていた。髪の毛をジェルで固めて、威嚇するように立て上げている。無地のTシャツとジーンズに、ファーのついたジャケットという、比較的ラフな装いだった。軽薄そうではあるが、人懐こそうな笑みを浮かべており、人とのやりとりに慣れている雰囲気がかもし出されていた。

 何より気になるのは、いきなり現れた同じ年くらいの男性は、どこかで見覚えがあるのか、記憶が刺激されていることだ。

 正体のわからない男性は、遥からカナタに視線を移すと、あからさまに瞳を輝かせた。


「おー。君、マジでいい感じ! このあと、俺っちと一緒にお茶しない? 君みたいなカワイイ子だったら、俺っち奢っちゃうよ!」

「いや、あの、けっこうです」

「はっきりと拒絶された!? そっかあ、ダメかあ。それじゃあ、俺っちのどこが悪かったのか気になるから、教えてよ。一緒に喫茶店にでも行ってさ」

「行かないです」

「引っかからないかー。じゃあ次はどうしようかな」


 今にもカナタの手を握らんばかりに迫ってきた輩に対し、遥にとっては非常に珍しく、怒りが生じてきた。大切な幼馴染が毒牙に狙われることに、多少思うところがあった。


「いきなり現れて、なんなんだお前は?」

「お前こそ、俺っちの邪魔はしないで欲しいね。君たちはあれなの? 付き合ってるの?」

「付き合ってねえよ」

「付き合ってないよ」


 ハルカナコンビは、綺麗な形でハモっていた。


「息はぴったりじゃん!? なんだこの二人」


 なんだはこっちのセリフだと思いながら、男性を睨んでいると、背後から何かが駆けてくる音が鳴り、振り向いた瞬間、何かに飛びつかれていた。


「ちょっ、なんだなんだ?」

「約束守ってくれたんだ、遥」


 飛びついて来たのは、相変わらず制服姿のリムだった。約束のことは適当にいったので忘れていたのだけど、偶然にも再会をはたしてしまった。

 抱きつかれて密着した部分を考えると、遥の思考は混乱に奪われていく。


「とりあえず離れてくれないですかね?」

「せっかくだから、もうちょっと」

「この人がリムさん? 少し表情が硬い気がするけど、カワイイ」

「えーこの男って、リムちゃんのお知り合いなの? リムちゃんとそっちの子の、カワイイ子を二人も連れちゃってさ。不公平だよ不公平」


 四者四様の反応で、口々に喋り出した。ガヤガヤとした雰囲気になった中、遥はなんとか質問を投げかけた。


「あの男って、リムさんの知り合い?」

「俺っちはリムちゃんのこいび」

「違う。彼はあきら。ただのクラスメイト」

「あきらあ!?」


 遥は驚愕のあまり、口を金魚のようにパクつかせた。驚きで言葉が出ない。

 母親に抱きつかれたかと思えば、まさか父親にカナタをナンパされることになるとは、あまりにも予想外だった。

 なにより一番ショックだったことは、真面目で優しい父親というイメージだった暁が、高校生時代は気持ち悪いくらいのナンパ野郎だったという事実だった。

 知りたくなかった。

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