1ー3 それはまるで映画のような
「またその話か」
カナタが、怪しげな研究所と呼ばれる建物に出入りしているという噂は、遥の耳にも入っていた。
以前、そこで何をしているのか聞いてみたことがあった。カナタの答えは、タイムトラベルについて、特に過去に戻るための研究をしている、というものだった。
昔見た映画に、タイムトラベルものがあったことを、遥は思い出していた。
タイムマシンを開発した博士に協力を仰がれ、結果的に過去の世界へ行ってしまう。その時、過去が変わってしまったため、主人公が存在しない未来に変わってしまう危険性を指摘された。そして、過去を改変し元の流れに戻し、未来へと帰還するという映画だった。
過去の出来事が未来へと繋がるという伏線をとてもおもしろく感じていたが、所詮は映画の中のお話だ。
現実に過去に行けるといわれても、実感が湧いてこなかった。
「特に思いつかないな」
「前もそういってたけど、それは嘘だよね」
カナタは、視線で穴を開けるかのように、遥を見つめた。瞳には、確信が満ちているようだった。
「なんでそう決めつけるんだ?」
「ママに会いたくないの?」
カナタの問いかけは、まるで心をシャベルで抉られるようだった。幻の痛みに思考が奪われる。
「おまっ、な、何をいってるんだか」
「会いたくないの?」
「別にっ」
遥は顔を横に向けた。口を固く繋ぎ、拗ねたようなその対応はまるで、子供のようだった。
「持ってる漫画やDVD。ほぼ全部家族ものだよね。しかも大半がお母さんに関するもの」
遥は今度こそ何も言えなくなった。膝を抱えて、間に顔を押し込んだ。もし隣にカナタがいなければ、このまま冷たい海に沈んでしまいたいほど、羞恥に覆われていた。
いっそ殺してほしい。
「遥? 遥! そんなに気にしないでよ。遥をへこませたくていってるんじゃないからね?」
「うるせえ……カナタなんか……」
嫌いだ、という言葉は飲み込んだ。
カナタは押し黙っていたが、やがて意を決したように、普段よりもトーンを下げた声色でいった。
「私は……パパに会いたいって思う」
カナタの父親は、カナタが幼い頃に亡くなった。
詳しい事情についてはカナタは語ろうとしない。なので遥はカナタの父親については、何も知らない。何らかの事故であるということだけを聞いていた。
遥が父親と些細な喧嘩をしたというエピソードも、カナタにとってはうらやましいことだったのだろう。今となっては、喧嘩をする相手もいないのだから。
「遥はどうなの? 本当に、ママに会いたくないの?」
遥はまだ母親が共にいた、幼き日のことを思った。
口数が多いわけではなかったけど、時々わけのわからない行動をすることが多かった母親。
高い高いは、ぶん投げられたため本当に高かった。
食事によく、変な調味料を入れられた。ハバネロソースは幼い体には刺激が強すぎた。
ろくな思い出が浮かんでこなかったが、わずかにしか思い出せない母親の匂いは、牧草に包まれているような安心感を呼び起こし、豊満で柔らかな肢体に、全てを委ねてしまいたい郷愁も押し寄せた。
本当に当たり前の感情に、たどり着いた。
母親がいないことは、とても寂しい。
「会い、たいよ」
カナタは、表情を輝かせ、遥の方へ顔を近づけた。
「そうこなくっちゃ。遥がそういってくれるのを待ってたんだよ」
「カナタ……お前まさか」
嫌な予感なのか、未知への歓喜なのか、遥には判断がつかなかった。しかし、確かな予兆を感じ取っていた。
「できたんだって、タイムマシン。大丈夫大丈夫。もうすでに実験済みだからさ。私たちだったら、どこへ行ったって大丈夫だよ」
「本気で過去に行くつもりなのか?」
「もちろん。ハルカナコンビは、どこに行ったって無敵だよ。そうでしょ?」
遥はいまだに信じられない思いで、カナタを見つめる。ごまかしたり、言葉を濁す時特有の、猫みたいな笑い声は飛んでこなかった。
冗談なんかではなく、まぎれもなく本気でいっているのだ。
「なんだよそれ……まあでも、そうかもな」
カナタの言い分を全て信じているというわけではなかったが、万が一にでも過去に行けるのなら、という期待は確かに秘めていた。
それに一人で行くのではなく、カナタも行くということであれば、正直心強い。
本気かどうかは知らないが。二人で行くというのであれば、訪れた不安も和らいだように感じた。
だって、ハルカナコンビは、無敵なのだから。
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