1ー4 クリスマスデート
タイムトラベルの決行は、12月24日に決めた。
遥と鈴森のデートが行われる日であったため、遥はせめて翌日にしようと提案したのだが、カナタは頑なに譲らなかった。
挙げ句の果てには「もし断ったら、服を乱して、遥に襲われたっておじさんに泣きつくから」と脅し文句まで飛び出し、遥も折れざるを得なかった。
なぜこうまでして24日にこだわるのか、理由すらも教えてもらえなかった。
遥は釈然としないながらも、カナタのいう条件に従い、夜の九時に自宅近くの空き地に集合と約束した。
そして、12月24日が訪れていた。
駅前から円状に広がるセントラルモールと呼ばれる商業エリアは、うんざりするほどの、人の営みで賑わっていた。セントラルを象徴するセンタービルの電子時計は、祝福するような彩りと共に、現在の時刻を映し出していた。2019年12月24日。クリスマスイヴ。
波のようなリースがビルの窓には張り巡らされ、吹き付ける冷気に負けず、熱気が溢れている。
セントラル広場中央には、見上げなければ全貌のわからない巨大なクリスマスツリーが期間限定で設置されている。わかりやすく、見た目としても煌びやかな中央広場のクリスマスツリーは、当然ながら待ち合わせのスポットとして、大勢の待ちぼうける人々を生み続けていた。
ツリーの前方の大学生の群れから距離を取りつつ、遥は一人、鈴森素直を待っていた。
なんでもない風を装ってはいるが、遥も緊張していた。スマホでネットニュースに目を走らせてはいるが、内容は頭に入っていなかった。
一応タイムトラベルについても記事がないか探してみるが、成功したという報告どころか、研究しているという記述すらも見つからなかった。
「遥くん。おまたせっ」
背中を突かれて振り向くと、冬の装いに包まれた鈴森素直がポーズを決めるように立っていた。
「特に待ってないよ。というか、遥くん?」
いつもの鈴森であれば、今宮くんと苗字で呼んでくるのだが、名前呼びになっていた。いつもとの違いを不思議に思っていた。
鈴森は、恥ずかしそうに目をそらしつつ、慌てた口調でいった。
「いやあ、ね。せっかくのクリスマスイヴなんだし……名前で呼びたいなって……ダメかな?」
「そういうことなら、別にいいけど」
「やった。遥くん」
「おう」
返事をしても、鈴森の視線は遥を捉えて離さなかった。
「あの、鈴森さん?」
「わたしはね、不公平だと思うのですよ」
鈴森が不満げに唇を尖らせていたせいで、遥ははっきりと表せない居心地の悪さを感じていた。
「遥くんって呼んでるんだから、ね」
なんとなく意図を察したが、多少の気恥ずかしさもあり、体温の上昇を感じていた。女の子って、少し卑怯かも。
「素直、さん」
「はーい。今はそれでオッケー」
さあいこうよ、と促され、少し遅れて素直の隣を歩いた。
カナタとはなんだか違う、女の子が女の子している香りを感じていた。
普段よりも彩りと騒がしさに溢れた雑貨屋をのぞき、スノードームや木彫りの置物を眺め、口々に感想を漏らしたりしていた。
女子ってなんで雑貨とかが好きなんだろうと、思わず口からでると、男の子ってどうしてフィギュアとかカードとかを集めるのが好きなんだろうと、疑問の応酬となった。
結論は出ず、男女の違いってよくわからないとお茶を濁す形となった。
ファッション関連の有名店が並ぶ通り、季節限定の料理屋デザートを押し出している飲食店街。
内容は違えど、どこもかしこも騒がしく、人通りの熱気は、人がいる限りはあがっている。
少し早めの夕食は、雰囲気の良さに反比例して財布には優しい、イタリアンを中心としたレストランで済ませた。
カナタからのアドバイスで、きちんとお店の予約はいれるようにと、夢に出るくらいにいわれていた。
おかげで、待合の椅子に不機嫌そうに座るカップルを追い越し、ストレスなく食事を楽しむことができた。
予約の電話を入れる時に、震える手と震える声を披露して、恥をかいただけの成果は充分にあった。
素直も喜んでくれているようだった。
代わる代わる運ばれてくる料理に、表情はサイコロのようにくるくると変わっていた。
パスタを巻きつける時の、イタズラを企んでいる子供のような表情。フォークを掲げ、口元に運ぶ時はワクワクが滲み出ているようだった。
口内に料理の息吹を広げた瞬間は、花が綻ぶようだった。
食事すら忘れて眺め続ける遥の姿に、素直は恥ずかしそうに目を伏せるが、朱色が指した頬を緩ませて、またはにかんだ。
音と光の反響も、セントラルから少し離れた途端、もの寂しさが漂う住宅街へと繋がる。
人混みの勢いも増していて、波を裂くように進んでいくことに慣れていなかったため、予想以上に疲れていた。二人は落ち着いたところを探すことにした。
広がる雲が暗夜を薄白く染めている。雪でも降ってくるのなら、ロマンチックな夜となりそうだが、残念ながら、雨の可能性の方が高いらしい。
気がつけば二人は、喧騒から逃れるうちに、公園へとやってきていた。中央で水を吐く噴水は、複数の街灯に照らされ、水底から光を放つ様が美しかった。
いつもなら特に気にするものもいないただの風景でしかなかったが、クリスマスの魔力にあてられて、何組ものカップルが光と水の芸術にウットリと見惚れていた。
「うわわ。遥くん、あれ」
「うわあ」
素直が指を指した先では、三十代ぐらいの男女が、口づけを交わしていた。女性の両手は、男性の首にしっかりと回されていて、唇や舌が動くたびに身動いでいた。
男性の方も、気持ちの昂りを感じたのか、右手は女性の胸元に侵入していた。生々しい行為が目の前で繰り広げられていることに、ネット情報では味わえないリアルな淫靡さに触れているようだった。
「は、は、遥くん。いきましょう」
「お、おう」
恥ずかしさから逃れるために、素直は遥の手を握り、そそくさとその場を離れた。
末端の指先から伝わる温度は、とても熱いものだった。
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