4ー6 星に願いは届かない

 リムとの約束は交わされ、クリスマスイヴが訪れていた。暁はいつも以上に気合を入れていて、その瞳はたぎり、燃えていた。

 昼過ぎとなり、商店街に人通りができてきた。クリスマスムードが高まっていく中、リムも合流し、四人で雑貨屋アスタロイドに立ち寄った。

 リムと暁が二人きりになるように、遥とカナタはさりげなく移動したり、誘導したりとサポートに徹した。リムは何らかの惑星がモチーフとなっているキーホルダーを手に取ったが、棚に戻していた。

 カナタは、リムが手にとっていたキーホルダーを買うようにと、暁にアドバイスをして、こっそりと購入させた。

 次の行き先は、暁の要望でやはりというか、カラオケだった。以前のやりとりを思い出して、点数を競うことはやめて、純粋にカラオケを楽しんだ。遥とカナタは同時にお手洗いに行ったり、ドリンクバーに移動したりと、意図的に二人の時間を増やす手伝いを行った。

 夕食時も、二人は暁のサポートを徹底してこなした。わざとらしくならない程度に暁の良いところを褒めて、リムと暁はいい感じではないかと、小芝居のように話を展開した。暁はデレデレと緩んだ表情をしていたが、リムの反応はわからなかった。ほとんど表情が崩れない様子は、アンドロイドか、宇宙人か。思わずそう疑わずにはいられなかった。


 日もすっかり暮れ、東の空まで黄昏に染められた時分となり、四人は伊坂山にある展望広場にきていた。まだセントラルタワーがないこの時代では、この街で最も高い場所が伊坂山展望広場だった。

 薄暗い山道を抜ける必要があるせいか、人通りはなく、世界はまるで四人だけのものであるようだった。空と近づき、星がほんの少し明るく見える。無茶な願いも、もしかした天まで届いてしまいそうな、希望に溢れる美しさに、言葉は何も出てこなかった。

 遥は、かつてお星さまに願った幼い自分を思い返していた。無邪気で純粋で、ありえない馬鹿げた願い。ありえないと思っていたお願い事は、きちんとお星さまに届いていたのだ。

 そう考えると、奇跡は起きてしまいそうな気がしてしまう。ここはこの街で一番の星に近い場所で、多くの煌めきに見守られているのだから。


 遥とカナタは、本日五回目のお手洗いを宣言して物陰に潜んだ。二人の姿が林越しに見えるだけで、声まで聞き取るには遠すぎた。しかし、あまりにも近づきすぎると見つかってしまうリスクがあり、これ以上距離は詰めなかった。


「何か話してる様子だけど、やっぱここからじゃ聞こえないな。二人のやりとりを聞き取る道具とかないのか?」

「それは市場に出回ってる物でもあるよ。その名も盗聴器」

「……やっぱいいや」


 仕方なく、様子をうかがうだけにとどめた。二人は星を見上げているようだった。時折暁が右手を天に指差し、リムをチラチラと見ているようだった。ムードも雰囲気もわからないので、うまくいっているのかどうか判断がつかなかった。

 やがて、暁はポケットから何かを取り出した。緑色の包装に赤色のラッピングが施された、クリスマスカラーのプレゼントだった。

 暁は、震える手をゆっくりと差し出していた。おそらく告白の言葉もいい放っているはずだ。苦労し、悩み、真っ直ぐに手渡そうとしているプレゼントの行方を、二人は見守った。

 しかし、リムが何かを伝えると、暁はプレゼントを引っ込めて、踵を返して走り出してしまった。

 内容はまるでわからなかったが、結果だけは明らかだった。


「今回も、ダメだったか」

「うん……」


 二人とも声のトーンは下がっていて、落胆は色濃く滲み出ていた。アプローチが間違っていたのか、そもそも方法が間違っていたのか、判断できる材料はなかった。

 もはやタイムスリップの準備すらも忘れていた。

 思考はまっさらに消えていき、途方にくれてしまう。それはカナタも同じだったようで、疲れたように表情はすぐれなかった。

 山をかける風は、より一層体温を奪い去っていく。この場から離れようと動き出すと、質量のない視線に、突き刺される錯覚を覚えた。


「二人とも、いるんでしょ」


 捕らわれたら逃げられない、魔力でも秘めているかのような声に誘われて林の影から出る。

 リムの表情からは、渦巻いている感情は計り知れない。


「なんか、ごめん」


 余計なことをしたのではないかと、罪悪感を抱いてしまい、謝罪してしまった。

 リムは、不思議そうに首を傾げていた。


「どうして、謝るの? 悪いことはしてないはず」

「それは」

「見て、流れ星」


 遥の言葉を無視するように、リムは右手を高く伸ばし、空を仰ぎ見た。遥とカナタも、リムにならった。

 言葉を発することをためらうほどに、星の雨が夜空の至るところで走り、まるで川のような流れをつくっていた。一つ一つは瞬間的な明滅を繰り返し、宇宙の彼方へ消えていく。一瞬の輝きに燃やし尽くされた体は、鮮烈な記憶となって焼き付けられる。願い事を考える余裕すらなかった。


「どう、綺麗でしょ。これではまるで」


 リムがいう。遥とカナタは何もいえずに、輝きが痛ましい夜空から目を離せなかった。

 視認できない感覚は、何かが壊れる予兆を捉えた気がしたけれど、何が壊れたのかはわからなかった。

 重ねた経験が教えてくれたことは、おそらくまた、世界が戻っていくということだけだった。


 自分自身があやふやになっていく気持ち悪さを感じながら、リムがいった一言を、ただ聞いていた。


「世界が終わるみたいでしょ」






 ハルカナコンビは、幾度となく同じ時間を繰り返した。

 選択した行動で、その後の展開は変わっていく。しかし、12月24日をもって、二人以外のことは全てリセットされ、12月21日まで戻ってしまう。その結果だけは変わらなかった。

 どこか楽しみを見いだしつつタイムリープを繰り返していたが、失敗を繰り返すうちに、影が濃くなっていくように、心に暗闇が差し込んでくるようだった。

 徐々に会話も減り、この事象に対する行動も、ぞんざいなものとなっていった。繰り返される時間を疎ましく思っても、突破口は見つからなかった。

 何度も何度も繰り返し。

 何度も何度も失敗する。

 何度も何度も何度も何度も。


 生まれた淀みは膿となり、心の器に浸食した。不安定な精神状態が誘発され、必死に我慢を強いてみたが、時折爆発してしまうこともあった。

 そして、繰り返す回数が二桁を超えて、もう数えることすらも嫌になるほどの時間を巡った時。


 ついにカナタが壊れた。

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