4ー5 具体的な作戦、なし

 三人で作戦会議と称して、ファミレスで集まった。

 店内ではクリスマスソングが流れ、近くに迫った聖なる日を、待ちわびる空気が流れていた。

 ここ数日のうちに、何度もクリスマスイヴを味わった二人には、クリスマスソングは若干食傷気味だった。


「それで、具体的にどうするかのプランを、カナタくん。発表してくれたまえ」

「はい社長。まずは、暁くんがリムちゃんをデートに誘います」

「おう」

「健闘も虚しく、おそらく断られます」

「断られるの!? なんでわかるの!?」

「女の勘です。それで、私たちがすかさず、ダブルデートの約束を取り付けます」

「俺っちの誘いは断られるのに、カナタちゃんと遥の誘いには乗るの!? 俺っちだって傷つくよ」

「それで、デートの時は、私と遥がサポートしていい雰囲気にもっていくので、がんばってください」

「最終的に投げられて終わった気もするけど……がんばるぜ!」


 あまり具体性のある作戦ではなかったが、具体的なことをいうわけにもいかなかった。展開がわかっていることをいってしまうと、またいらぬ疑念を生むことになる。だからこそ、あえて曖昧な部分は曖昧にしておくことにした。それに、やれることはあくまで手助けだけで、どう頑張るかは暁次第だ。

 不安を感じないわけではなかったが、やれることはやろう。改めて決意を心に刻み込んだ。


 その後、食事をとりながら他愛のない話を広げた。ほとんど暁が喋り、遥とカナタは聞く姿勢を貫いた。将来的には世界を股にかけるミュージシャンとなり、この街の人々に勇気と希望を与えることが夢だと、力強く語っていた。

 熱っぽく夢を語る暁の様子を、遥は羨ましく思った。将来という言葉に希望の響きを感じることはなかった。かつて父親である暁から、今からならなんだってできるんだと力説されたけれど、何をすればいいのかもわからなかった。漠然とすぎる時を受け入れるだけの生き方は、楽ではある。けれどこうして人の熱に触れていると、なんだか物足りなく感じていた。


 熱く強く語っていた暁だったが、リムの話になると、声は段々と小さくなり、発言の内容も弱気なものとなっていった。


「リムちゃん、ちゃんと俺っちのことを見てくれるかなあ」

「そんなに弱気でどうするの。暁くんとリムちゃんなら、きっと大丈夫だよ」

「そうだって。根拠はないんだけど、なんだか大丈夫な気がする。俺の勘は当たるからさ」


 単なる苦し紛れの慰めにしか聞こえないかもしれないが、それでも遥はいった。どのような過程があったのかはわからない。けれど、実際に二人は結ばれたからこそ、遥は生まれたのだ。上手くいった事実の結果が自分である以上、根拠のない勘などではない。未来の可能性の一つだ。

 遥は暁の健闘を心から祈っていた。


「なんだか不思議な感じなんだよ。女の子との付き合いがなかったわけじゃないんだけど、なんかリムちゃんは今までの子とは違うっていうか」

「どう違うんだ?」

「なんていうか、雰囲気? オーラ? うまくはいえないけど、得体の知れないっていうか、なんかわけわかんないところが逆に気になるっていうか」


 曖昧な表現には暁も納得はしていないようだが、いいたいことはなんとなくわかった。純粋に、異質だと感じる。鳩の群れの中に、一匹だけカラスが混じっているような。黒の絵の具に、一滴だけ白い絵の具を垂らしたような。同じ形をしているだけで、その実は全くの別物であるような。

 それは言葉にはし難い感覚だが、確かに感じるものではあった。

 だからこそ、父親としての暁は、母親のことをそう評したのかもしれない。

 宇宙人、と。


「正直、普通の女の子ならなんとなくわかるわけよ。こういうの好きそうだなとか、こんな会話をすれば良さそうとか。でも、リムちゃんのことは全然わっかんないんだよなー」

「……俺も知らないわけじゃないからいうけど、確かによくわからないな」

「そうだ! 同じ女の子として、男のどんな仕草がいいとか、こういうのが好みとか教えてよ」

「え?」


 ドルチェに夢中だったためか、カナタは間抜けな声をあげた。そういえば、カナタと恋愛話をする時は、決まって遥に関する話題のみで、カナタ自身の話になった覚えはなかった。遥は幼馴染の恋愛について何も知らない。

 知らないところで経験豊富だと、少し嫌だなと自分勝手なことを思いつつも、カナタの答えに注目した。


「うーん。私にはわかんないんだよね。昔から恋愛以外に没頭することがあったせいか、特に縁がなくてねー」

「それじゃあカナタちゃんの好みのタイプは? なんとなくいいなっていう理想はあるでしょ?」

「そうだなあ」


 カナタはスプーンをもてあそびながら、頭をひねっていた。それは本心を隠すための思考というよりは、本心を探り出しているようだと、遥はなんとなく感じていた。

 まだ自分の答えに納得がいかないのか、表情は歪んでいたが、カナタは話し始めた。


「えっと、ガチガチな恋愛をするより、友達感覚のほうが、多分性に合ってると思う。やっぱり一緒にいて楽な方がいいかな。それと、完璧な人より、どこか足りない人の方が好みかも。放って置けない感じのほうが、やる気が出そう」

「うんうん。それでそれで?」

「あとはね、優しいっていい方じゃ曖昧すぎるから……私のことを受け入れてくれる人、かな。私も、危ないことや無茶もしちゃうことがあるから。無茶やワガママも受け止めてくれる人なら、きっとうまくやっていけると思う」


 思いを吐き出したカナタは、照れ臭そうにはにかんでいた。

 やはりカナタも女の子なんだと、改めて思った。時に大胆で予想外のことにも手を出す、奇特な幼馴染だという印象だった。こうして新たな一面を見られたことで、イジワルめいた気持ちも湧いてきた。


「カナタにも、乙女なところがあるんだな」

「もうっ。なんか恥ずかしいからからかわないでよ」

「なんかちぐはぐな理想だよな。なかなかいないかもしれないぞ、そんなやつ」

「きっといるもん! 少なくとも遥なんかよりいい男はいっぱいいるし」

「まあそれは否定できないけどさ。まあなんにせよ、珍しいことが聞けてよかったよ」

「なんか不公平だ。私を辱めた罰として、ドリンクバーで何かいれてきて」

「へいへい」


 遥は、カナタと暁のコップも手にとり、ドリンクを注いだ。暁にはさっきほどから続けて飲んでいるメロンソーダ。カナタにはコーラをいれた。


「はいよ」

「サンキュー」

「カナタにも、ほら」

「うむ。よくやったぞよ。さすが遥。よくコーラが飲みたいってわかったよね」

「なんとなくな」


 小慣れたようなやりとりを、暁はジッと見ていた。目は細まり、何か言いたげに口を曲げていた。


「どうかした?」

「なあ、二人って付き合ってないんだよな?」

「付き合ってないよ」

「付き合ってないぞ」

「息ぴったりじゃん!? なんだこの二人」


 暁のツッコミを受けても、遥はカナタと、不思議そうに顔を見合わせただけだった。

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