6ー3 お前とは仲良くやれそうだ
リムの捜索は続けていたけれど、未だ見つかる気配はなかった。動かないといっていた以上、どこかに常駐しているはずだが、肝心の場所はわからなかった。
23日の昼頃、何度か訪れた鉄橋にやってきた。聞き覚えのある歌声が流れていた。いつもならリムとセットで出会う予定だったが、リムがどこかに行ってしまったせいで、一人きりで歌っているようだった。
「ここにもいないみたいだね」
「そうだな。あーもう、リムはどこに行っちまったんだ」
「なになに? 君たちはもしかして、リムちゃんの知り合い?」
話を聞かれていたようで、暁がギターを抱えて近づいてきた。表情はいつもより冴えない様子で、どことなく覇気は薄いように感じた。
「そうだけど、何か知らないか?」
「初対面の俺っち相手にも、警戒はしないんだな。まあありがたいけど。俺は暁って名前で、リムちゃんとは同級生なんだ。俺っちもリムちゃんを探してるんだけど、見つからなくってさ」
「そうなんだね。私はカナタで、こっちが遥。私たちも訳あって探してはいるんだけど見つからないんだ。最後にリムちゃんと会ったのはいつ?」
「確か、21日の朝に見たのが最後かな。気がついたらいなくなってたけど。というかリムちゃんどころか、学校にもほとんど人がいなくてさ、なんか変な感じなんだよな」
「それなのに、呑気にこんなところで歌ってても大丈夫なのか?」
リムどころか、学校に通っているはずの人ですらいなくなっているという現状は、大きなパニックを呼んでもおかしくはない状況のはずだ。にも関わらず、元気はなくても鉄橋の下で歌っているという行動は、どうにもちぐはぐに感じた。
暁は、苦笑を漏らしながらいった。
「まあ普通に考えたらおかしいよな、この状況。まあでも、たとえ世界がどうなっていようとも、俺っちができることってとりあえず元気に歌うことくらいなんだよな」
「歌が地球を救うってか?」
「そんな大層なもんじゃないよ。けど将来はもっともっと上手くなって、この街を照らす光にくらいは、なれればいいなって思う」
「それも大きな夢だと思うよ。でもミュージシャンになるって夢は簡単なものじゃないと思うんだ。もしその夢を叶えることは無理だっていわれたら、暁はどうする?」
遥は真剣な表情で暁にたずねた。父親はミュージシャンの夢を諦め、普通に会社員として働いている。そのことは決して誰かになじられるような生活ではない。むしろ堅実で褒められるべき行為だと思う。
けれども、夢が叶わなかったという思いは、きっと残り続けている。埃をかぶったギターを捨てようとしないことは、未練の形であるように遥は思っていた。大きすぎる夢が敗れた代償はたしかにあるはずで、その事実が暁を傷つける一因になるのかもしれなかった。たとえ今は遥の父親でなくても、暁には傷ついて欲しくなかった。
しばらく考えるような素振りをしていたが、答えがでたのか、暁は笑ってみせた。
「この先がどうなるかなんてまだわかんねえけど、将来はカッコ良くなって、そんでもってビッグになって、そして好きの子と結婚できれば、いうことないわな」
「なんだか、適当だな」
暁はついに大声で笑いだした。
「まあ、それが俺っちのいいところでしょ。夢が叶わなくったって夢は夢だし、どうなるのであれ楽しく生きていければそれでいいのさ」
暁の答えに、遥は胸が熱くなった。妻はいなくなり、息子はなんだか無気力に生きている。ミュージシャンにはなれずに、ルーティンのような日常を生きている父親。思い描いていた未来とは、大きくかけ離れているのかもしれなかった。
けれども、暁は楽しく今を生きていた。リムに対する愛情を漏らしつつも、酒を飲んだり、たまには夜遊びをしたりと節操のない様子もあった。暁が酒を飲んで愚痴を零す姿は何度となく見てきたけれど、後悔するような一言を吐いたことは、一度としてなかった。
暁はきっと、昔から今まで、自由に楽しく生きている。それがわかっただけでも、遥は陽だまりが寄り添ってくれるような温かみを感じた。
「ありがとう。俺たちはもうちょっとリムを探してみるよ。見つけたらよろしくいっとくよ」
「おう、センキュー。遥っていい奴じゃん。また会ったらよろしくな」
「ああ。それと、暁の夢は全部じゃないけど、きっとどれかは叶うはずだ」
「なんだそれ。今流行りの予言ってやつ?」
「まあそんなもんだ。今の恋はきっと叶うはずだから、諦めんなよ」
「いわれるまでもないぜ。じゃあなー」
手を振って歩きだした。暁とは反対方向に向かった。もうこの時代の暁と会うことはないだろうと思うと、感慨深い思いに満たされた。
名残惜しくて、つい立ち止まった。すると何歩か離れたそのタイミングで、大声が飛んできた。
「はるかー。お前、俺と会ったことあるかー?」
理由はわからないが、何かしらの既視感を感じたようだった。遥は答えに詰まり、反応に困った。思わず涙すら出てきそうだったが、拳をしっかりと握りしめて堪えた。
「ないよー」
「そうか。なんだかお前とは、仲良くやれそうだと思った。そんだけだ」
去っていく姿をひとしきり眺めて、太陽が眩しくて目を逸らした。気がつけば、カナタは遥の左手を握りしめていた。
「よかったね。遥」
「ああ」
仲良くやれそうだと思った。
その思いは事実だって、暁に伝えてやりたい衝動に駆られた。本物の暁ではない以上、その行為は無意味だとはわかっていた。けれども、伝えたくて仕方がなかった。
父親と息子は、そこそこ仲良くやっている。それはいつまでも変わらないだろうって。
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