6ー4 最後の夜
暁と別れた後、娯楽店が集中している郊外のショッピングモールに訪れたが、やはりリムはいなかった。今までリムを見かけたことのない場所だったため、望みが薄いことはわかっていても、いざ空振りに終わると、落胆は襲いかかってきた。
タイムリミットまで、いよいよ一日を切っていた。タイムリープに巻き込まれる正確な時間は記録していないけれど、おそらく21時前後だと思う。その時間を超えてしまえば、少なくとも帰れなくなってしまうのだろう。
自分自身の願いでもあるし、カナタとの約束もあるため、なんとしても帰らなければならない。どれだけそう願おうとも、現実ではリムを見つけられていない。歯痒くて休んでいる場合じゃないとは思うが、長い時間歩き続けていて疲労は溜まっていた。がむしゃらに動くよりも、しっかりと休むことも必要だと、カナタに説教をされた。仕方なく、しっかりと休息をとり、明日に備えることにした。
「遥、いよいよ明日だね」
「ああ。明日こそ、リムを見つけるぞ」
「もちろんだよ。でも、明日はどこを探そっか」
寝返りを打ちながら、遥は考えていた。この街の隅から隅まで探せたわけでは、当然なかったけれど、思いつく限りの場所は探し終えてしまった。今までの流れと全く関係ない場所にいるとしか思えないが、そうなると選択肢は限りなく多くなってしまう。狭い路地を右に行くか左に行くか。それだけの選択ですら時間をとられてしまう。状況は、絶望的といえてしまうかもしれない。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
「そういえば、この山の中は探してなかったな。望みは薄いけど、山道のコースでも辿ってみるか」
「そうだね。そうしよっか」
沈黙がおりたけれど、寝息は聞こえてこない。遥はまだ眠れそうになかった。カナタも同様のようだった。散々歩き回って疲れているはずなのに、明日のことを思うと不安や緊張が顔を出し、眠気は中々訪れなかった。
加えて、遥の脳裏には疑問が浮かんできた。今まで気にしていなかったはずのことが、妙にどこかに引っかかっているように思う。今たずねるべきことなのか判断に困ったが、どうせ眠れないんだ。今たずねてみることにした。
「カナタ、起きてるか?」
「うん、起きてるよ」
「自分でも何故だかわからないんだけど、少し気になることがあるんだ」
「なに、かな。答えられることなら、答えるよ」
「カナタの父さんは亡くなったってことは知ってるけど、カナタの母さんはどうなんだ? カナタの母さんについて思い浮かべようとしても、どうしてもイメージが湧かないんだ」
カナタは黙ったまま、何かを考えているようだった。沈黙は長く続き、中々答えはでてこなかった。沈黙が長い意図はわからないけれど、それだけ重要な事柄なんだと遥は感じていた。
ためらいがちな声で、カナタはついに答えるに至った。
「ママは、元気だよ。普段はおっとりして優しいのに、時々テコでも動かないくらい頑固なんだ。できちゃった婚だから勢いで結婚したのかと思ってたけど、ちゃんとパパを愛してたよ」
「そうなんだな」
カナタから話を聞いても、姿は思い浮かばなかった。けれど、カナタは母親からの愛情は感じているようで、遥はなんだか安心していた。
「今でも時々、パパのことを思って泣いたりするんだ。そんな日はね、私はずっとパパとの思い出を聞かされる羽目になる。その時のママは、恋する乙女みたいな顔になっておかしいんだよ。できちゃった婚で、夫は事故で早死にしちゃったのに、後悔はしていないって」
「カナタの母さんも、強い人なんだな」
「うん。なんとなく甘ちゃんなお嬢様みたいなのに、すっごく強い……実は遥も、ママのことは知ってるはず」
「えっ。そうなのか」
全く思い浮かばないのに、知っているはずだとカナタはいった。覚えていないくらい幼い頃に出会ったのだろうか。元の時代に帰ったら、きちんと挨拶をしなければいけないと、心を引き締めた。
「遥、私も話したいことがあるんだ。いいかな?」
「もちろん、構わないけど」
カナタからいいだした割に、中々話してくれなかった。まさか寝てしまったのかと思い覗き込んで見ると、勢いよく顔を逸らされた。なんなのだろう一体。
そっぽ向いたままのカナタはいった。
「なんだか今日、寒くないかな?」
「寒いっちゃ寒いけど、いつも通りだろ」
「今日はすごく寒い日なの! だから、ちょっと失礼します」
カナタは遥の横に潜り込んできた。突然の出来事に驚いて体は硬直した。遥の目の前にはカナタの背中があった。カナタに手を誘導されて、後ろからカナタを抱きしめる形になった。体温は上昇して、鼓動は暴れだした。穏やかな心も、いつまで保てるかわからない。逆に眠れなくなりそうなくらい、気持ちは熱く、火が灯るようだった。
「今日は寒い日だから、今日だけは一緒に寝て」
「…………いいよ」
「なんだか、長くなかった?」
「いや、だって危なくないか?」
「私もちょっと悩んだんだよ。それで悩んで考えた上で思ったの。今日だけは遥と寝たいって。私は覚悟を決めたよ。もし何かあっても、後悔しないって」
カナタの体は、わずかに震えていた。この間のことを、どうしても思い出してしまったのだろう。あの時ほどの強い情欲は収まりを見せてはいたが、カナタに触れている限り男の性は強くなっていく。それはカナタもわかっているはずだが、それでも遥の隣を選んだ。
遥は、少しだけ強くカナタを抱きしめた。
「俺は二度と、軽はずみなことはしない。あの時のことも、当然軽はずみな気持ちなんかではないけど、それでもしないって約束する。カナタを辛い目にあわせたりなんてしないからな」
「うん。信じてる」
ドクドクと脈打つ鼓動は、きっとカナタにはバレてしまっているだろう。頭に血が上って、性的なイメージも浮かんでくるが振り払う。本能が悪いわけではないが、今だけは抗わなければならない。
耳で聞こえるほど荒だっていた呼吸も、徐々に落ち着いてきた。カナタの気持ちも恐怖から安心に変わったようだった。たまに背中を擦り付けてきては、嬉しそうに笑い声を漏らしていた。
「ふぅ。だんだん落ち着いてきたよ……私が話したかったことっていうのはね、パパのこと」
「カナタの、父さんのこと?」
「うん。私のパパは、事故で亡くなったって前にいったよね?」
「ああ」
「実はパパが事故に遭っているのは、一回だけじゃないんだ。一回目は結婚する前。誰が悪かったってわけでもないんだけど、強い衝撃を受けて大怪我を負ったんだ。命に別状はなかったんだけど、脳のダメージだけはどうしようもなくて、片手が上手く使えなくなった」
「それは、辛いな」
「それでも、なんとか頑張って生活してたし、私のことも愛してくれてた。それで、私がまだ五歳ぐらいの時、高台のある公園へ遊びに行った。当時の私は歌を歌うことが好きで、テレビに出ていたアイドルの真似をして歌って踊ったりしていたんだ」
「それで、どうなったんだ」
「私は調子に乗って、高台の上、しかも柵によじ登って歌いながらダンスしたの。こんなこともできるんだって、褒めて欲しかったから。そしたら、バランスを崩して……」
すすり泣く音が聞こえてきて、カナタの話は止まった。もはや何が起きたのか想像に難くなかった。涙に溺れそうなカナタを、遥は優しく撫で続けた。腕が痛くたって、心が痛くたって、カナタが泣き止むまでいつまでだって続けてやろうと思った。
カナタが落ち着くまで撫で続けると、やっとカナタは笑ってくれた。
「ありがとう、もう大丈夫。パパは、私を助けようとして、勢い余って落ちていった。当たりどころが悪くて、帰らぬ人になった。私はそれから歌が歌えなくなって、踊ることもできなくなった。それからはたくさん泣いて、たくさん後悔した。危ないことをしなきゃ良かったとか、遊びに行かなきゃ良かったとか」
「辛くても、悲しくても、もう終わったことなんだ。もうカナタが苦しむ必要はないだろ」
「わかってはいるんだけどね。もしこうしてたらって、たらればは止まらなかった。もしパパの片手が使えていたら、亡くならなくても済んだかもしれないのにって、そんなことまで考えた」
「カナタ……」
「私の話はおしまい。にゃはは。あったかいなー」
か細く、どこかに消えてしまいそうな温もりを抱きしめた。こんなに近くにいるのに、喪失の不安は消えてはくれなかった。
カナタの母親について知って、カナタの父親について知った。以前よりもずっとカナタのことを知って、より深く絆を繋いだ気がしたのに、どうしてこんなにも遠くに感じるのだろう。
違和感は拭えずにいたけれど、願いだけは、はっきりとしていた。
絶対にカナタと、未来に帰るんだ。
改めて強く誓いを立てて、カナタの鼓動を感じながら目を閉じた。
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