6ー2 プレゼント交換

 商店街を散策してみても、やはりリムの姿は見つからなかった。普段は立ち寄らない裏路地や、ネオンの看板が目立つ怪しげな店も覗いてみたが、やはり見当たらない。そんなところで見つけてしまっても、少し困るのだけれど。


「うーん。見つからないな。やっぱり街全体を探すって無茶だよね」

「まあそれはごもっともだけど、やるしかないからなあ。いっそのこと二手に分かれた方が効率はいいかもしれないな」

「効率はよくても、お互いへの連絡手段がないのが痛いよね」


 結局は二人で探す方針を続行した。見たことのない場所、行ったことのない場所をあらかた見終わり、今度は知っている場所に立ち寄ることにした。

 おそらく訪れることができるのは、今回が最後になると覚悟を決め、雑貨屋アスタロイドにお邪魔した。店内に足を踏み入れると、いつもならのんが出迎えてくれるのだが、今日に限っては誰も出てこなかった。


「すいませーん。どなたかいませんか?」


 呼びかけてみたが、カナタの声が虚しく響いただけだった。


「返事がないな。もしかして、もう消えちまったのか?」

「そんなあ。最後に会いたかったんだけどな……」


 店内のBGMすらも聞こえず、残された物は怪しげな商品だけだった。これから主人もおらず、ただ埃をかぶっていくだけだと思うと、やるせない気持ちになった。


「はあーい。お客さんですかー?」


 諦めかけたその時、のんの声が聞こえてきて、二人は胸をなでおろした。よかった、まだいなくなったりはしていないようだ。


「遅くなってすいませんでしたーえへへへー」


 明らかにのんの様子はおかしかった。呂律がうまく回っていないようで、足取りも覚束なかった。言葉のトーンはいつもよりも甘めで、おとぎ話の住人みたいに、ふわふわとした様子を感じた。


「なんだか様子が違いませんか? って酒臭っ!?」

「気のせいですよ気のせい。酔ってなんかいませんよ〜」

「いやいや酔っている人はみんなそういうんですよ。知らないですけど」


 理由はわからないが、昼間から飲酒に明け暮れていたようだ。ここにきて今までにないパターンだった。遥とカナタは、どのように対処したらいいのかわからなかった。


「ちょっとハニー。今接客するのはまずいって」

「あっダーリンだあ。ダーリーンラビュー」

「こらこらハニー嬉しいよ。嬉しいけど人が見てるよ。ああ見られている、でもまあ別にいいか。あはははは」


 目の前でイチャつかれると、これほどまでに心が淀んでいくのだと理解した。人前で見境を無くすことはしないでおこうと心に誓った。

 そっと店を後にしようと振り返ると、引き止められた。


「すいませんお客様、ちょっと待ってください。昨日のお詫びがまだできていませんから」

「……なんだかのんさんは酔っ払ってるみたいですけど、どうしちゃったんですか?」

「ああ、実はね」


 ダンが語ったのは、のんが抱えていた不安についてだった。

 妙に人通りが減っていることを、のんは過剰に気にしていて、ノストラダムスの予言通りに滅亡が近づいているのではないかと、落ち着かなかったらしい。来年産まれる予定の子供に幸せになってもらいたい。だからそれまでは無事に生きていたいと願い続け、なかなか眠れなかったらしい。

 ふわふわとした意識で、心も落ち着かない状態が継続していた。のんの様子を心配に思ったダンは、一杯だけという条件で、大好きなお酒を一緒に飲んだ。すると久しぶりだったせいか、反応が強く出現して今の状態になっていると、ダンは説明した。


「それで、こんな状態だということなんですね」

「いやはや、お恥ずかしい限りです。お客様の前でこのような情けない姿を見せてしまうなんて」


 ならそのあすなろ抱きをやめろといいたかったが、遥はぐっと堪えた。


「この子は絶対、私が守ってあげますからね」


 のんは愛おしげにお腹をさすっていた。酔っ払うほど不安が強いのも、全ては産まれてくる子供のためだった。思いが強いからこそ、不安定な心持ちになってしまうことは、わずかながら理解できた。


「カナタちゃんと遥くんも、この子のことを応援してあげてくれませんか? ほら、このお腹を触って、がんばれーって」

「いやでも、いいんですか?」

「もちろん……いいよ」


 遥の問いかけに、ダンはためらいつつも許可を出した。少し視線が怖い。

 遥とカナタは、傷つけないような慎重さで、のんのお腹に触れた。ドクドクと脈打つ熱い塊は、ここで生きている証だった。まだ親になることなんて想像もつかない二人にも、生命の愛おしさを感じた。

 まだ小さなこの命を、なんとしても守っていかなければいけない。そう心に留めた。


「この子が産まれてこなかったらどうしようって思うと辛いんですよー。ダーリンはもっとあたしに優しくするべきです」


 普段は気遣うあまり、中々いえない希望を、のんは漏らした。


「難しいかもしれませんけど、のんさんにもっともっと優しくしてあげてください。女の子は色々と面倒なんですから。けれど、それをわかってくれる人がいれば、どれだけでも強くなれるって、私は思います」


 カナタのお願いに、ダンはゆっくりと頷いて、のんの頭に顔を寄せた。


「ありがとう。より一層、優しくしようと思います」

「ダーリン大好き。カナタちゃんと遥くんも大好き! それじゃあ、みんなで酒盛りしよー」


 おー、と拳を突き出すのんに、遥は刺激を与えないように伝えた。


「飲んでみたいのはやまやまですけど、俺たちはまだ未成年ですから」






 少し落ち着きを見せたのんは、バックヤードに戻っていった。

 このまま次の場所に行こうと思ったのだが、どこか名残惜しさを感じ、最後に買い物だけしていくことにした。思えば、物を購入しても次周に持ち越せなかったため、アスタロイドで買い物をしたことはなかった。


「これなんか、遥に似合うんじゃないかな? 普段はこういうアクセサリーってしてないよね。たまにはどうかな?」


 カナタに渡されたのは、派手な装飾は何もない、簡素な銀のブレスレットだった。普段からアクセサリーの類は着用しない遥にとって、シンプルで過剰すぎないデザインはありがたかった。

 試しにつけてみると、奇跡的にサイズはほぼぴったりだった。かざしてみると、不思議なほどにしっかりとフィットしているように感じた。


「これ、いいな」

「私もそう思う。いつもよりイケてるよ!」


 カナタに褒められたおかげで、購入の決心がついた。せっかくカナタが選んでくれたんだし、何かお返しがしたいと思い、店内を物色した。

 すると、鳥の形をした髪飾りを発見した。今まで、欲しいなどと明言してはいなかったけど、何度かカナタはチラチラと見ていたような記憶があった。本当は欲しかったのかもしれない。


「カナタ、これなんか似合うんじゃないか?」

「そうかな? どれどれ」


 カナタは実際に右側頭部に当てて、鏡で様子を確認していた。羽ばたくように羽を広げた、スズメに似た鳥だった。シルエットしかわからないのでなんの鳥かはわからかなかった。ただ、髪飾りで彩られたカナタの姿は新鮮で、素直に可愛いと感じていた。


「いいんじゃないか?」

「遥もそう思う? もっと褒めて褒めてー」

「なんかそういわれると困るけど。まあ、可愛いよ」

「えへへー。やったー」


 遥は髪飾りを、カナタはブレスレットを購入した。そのまま自分で買っても良かったのだが、買ってから渡した方がプレゼントっぽくて嬉しいというカナタの願いに従った。


「せっかくだから、つけてあげるよ」


 カナタに右手を取られて、購入したばかりのブレスレットをつけてもらった。ひんやりとした感触。もらったものだと思うと、ただのアクセサリーでも愛おしく思えた。なんだか別の自分になれたような錯覚を覚えた。


「私にも付けて欲しいな」


 カナタの髪に触れると、わずかに震えたけれど、体は近づいていた。右側頭部辺りに装着すると、カナタ自身の魅力が増したような気がした。そういえば、苗字は天鳥だったなと、今更ながらに思い出していた。


「やっぱり似合ってるな。可愛い可愛い」

「えっへっへっへー。なんだか元気でてきた。絶対に今周で終わりにしようね」

「ああ、もちろんだ」


 雑歌夫妻の愛情と、子を思う願いはとても心地よいものだった。今はまだ子供で、自分が親になるどころか、大人になることすらも先の話だと思っていた。けれども、いずれ自分自身も大人になり、好きな人と結ばれて、親になる瞬間がくるかもしれない。今はまだその自信はないけれど、可能性があると思うだけでも、将来に対する希望が湧いてきた。そんな風に新しい価値観が生まれた気がした。


「ところで、お酒っておいしいのかな?」


 突然、カナタは質問した。遥自身飲酒の経験はなかったから、答えには困った。


「どうなんだろうな。父さんはたまに飲んで楽しそうにしてるけど」

「うちのママは基本的に飲まないから、わからないんだよね。のんさんがとても気持ち良さそうだったから、ちょっと興味が出ちゃってさ」


 遥自身も、お酒を飲むことに興味がないわけではなかった。酒飲みに聞けば、嫌なことを忘れさせてくれるいいものだと、口を揃えていっていた。今飲むことはいけないことだからしないけれど、いつかは飲んでみたいという憧れはあった。幸いにも、カナタも興味があるようだった。

 遥は願望を口にだすことにした。


「そんなに気になるんだったらさ……俺とカナタが大人になったその時は、一緒に飲もうか」

「それは名案だね。大人になったら一緒に飲もう。約束だよ」

「ああ。約束だ」


 指切りを交わした瞬間、刹那の時間だけ、カナタの表情が寂しげに歪んだ。

 遥は言葉にしようもない不安を覚えた。もしかしたら、この約束は果たされないんじゃないだろうか。


「それじゃあ、行こっか」


 カナタに促されて、不安も予感も意識の奥に飲み込んだ。

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