5ー4 想いが溢れて、止まらなくて
戻ってきた場所は、再び伊坂山の山道だった。空から落ちる行程がなくなっていることは間違いなさそうだ。変化が訪れたことは、いい傾向なのか、それとも悪い予兆なのか。
リムと離れたことで、また寂しさが強まった。一度感じてしまった温かさが消えて、余計に寒さを感じた。
無駄かもしれないと思いつつも、一縷の望みをかけて山道を走った。もうカナタはいないとわかっていても、思いが溢れるままに走るしかなかった。
「カナタ」
息が切れて肺が苦しい。それでも名を呼ばずにはいられなかった。
ただカナタに会いたい。
その気持ちだけがドンドンと膨れ上がっていく気配に押し潰されそうだった。
一歩一歩をがむしゃらに踏み出すと、突き出た小枝や不安定な地面に足を取られそうになった。何度も転びそうになりながら、遥は洞穴の方へ向かった。
洞穴の前に辿り着いた時、疲労と驚愕で、へたり込んでしまった。
「うそ、だろ?」
洞穴のあった場所には、何もなかった。
また別の時代にきてしまったのかと、嫌な予感に見舞われた。
「いや、何もないってことは、まさか」
カナタと何周もこの時代を行き来した際、立体投射装置で部屋の位置がバレないように偽装していた。山壁が本物かどうかは、近づいてみればわかることだった。
ゆっくりと近づく。もしこの壁の先に何もなければ、また新たなヒントを探さなければいけなくなる。そのことも気がかりだった。
けれども、もしこの壁が偽装されているだけなら。
唾液を飲み込み、深呼吸をして一歩近づいた。
踏み出した先で見えたのは、レトロな雰囲気を残した、木製の扉。
「カナタッ」
勢いよく扉を開け、つんのめるように部屋に入った。中にいた誰かが振り向いた姿が見えた。
動揺からなのか、安堵によるものか、遥は言葉を失った。思わず涙すら出てしまいそうだった。
「遥……私はまだ怒ってるんだからね!」
怒りを孕んだカナタの声を聞いた瞬間、もう我慢が出来なかった。
短い距離にも関わらず全力で走り出した。気がつけば飛びつくような勢いでカナタを正面から抱きしめていた。
「カナタ。カナタカナタカナタ!」
「え、なになになんなの!? ちょっと遥! 離して!」
「ごめん、今は無理だ」
「ほんとになんなのもう! 私はまだ怒ってるっていってるでしょ」
カナタに何をいわれても、遥は嬉しくてたまらなかった。もう二度と会えないかもしれないと思ったカナタと会えたのだ。気分は高揚し、何もかもが些細なことのように感じた。どれだけカナタに嫌がられても、遥自身、気持ちを抑えられなかった。
「ごめん……ごめん……ごめんな」
「もうわけわかんない……」
「ずっと会いたかった。カナタが未来に帰った方がいいなんていいながら、いなくなってから辛くてたまらなかった」
「私の気持ちを無視したくせに?」
「ごめん。本当にごめん」
「……遥は、私がいなくてさみしかった?」
カナタがいなくなったことを思い出す。抱きしめる腕は、自然に強まった。
「すごく……さみしかった」
「そっか」
大きく胸が上下に揺れた感触。深呼吸をしていたようだった。
遥の体に、両腕がまわされた。その腕に力がこもる。抱きしめられているのだと、その感触で知った。
「私も、さみしかったんだよ」
胸に宿る罪悪感。同時に湧き上がるふんわりとした気持ちはきっと桃色をしている。悲しみを感じた分だけ心地よさに変わる。地獄から天にまで登って行きそうな、あまりの落差に受け止められそうにないくらいだった。
心だけでなく、体の反応も同じ意味合いをしていた。目の前の相手が愛しくてたまらない。
せりあがってくるものは、感情を越えた、より原始的な欲望だった。カナタの柔らかさが、甘いような香りが、遥の男としての部分を刺激して止まなかった。今までに感じたことがないほどの興奮を感じた。一度失った相手を、もう二度と離さないための強行的な行為がよぎる。実際に行動に起こしてしまうと、嫌われてしまうかもしれない。そうであっても構わないとすら思った。タイムスリップをしてから、一度も満たされていない体は、はち切れんばかりだった。
遥はもう、欲望を抑えておくには限界だった。
「遥? ってわわっ。な、なんで持ち上げるの?」
カナタの体を持ち上げ、乱暴気味にソファーに押し倒した。カナタの瞳が困惑に揺れる。左手でカナタの頬に触れると、体がこわばっていた。
「遥? なんだか、いつもと雰囲気が違うんだけど……」
「ごめん。もう、限界かもしれない」
「限界って、何がかな?」
「カナタが欲しくてたまらない」
「えええええーっ!?」
カナタは、驚きのあまり目を白黒させていた。触れていた頬が朱に染まる様子すらも可愛らしい。抱きしめて奪ってしまいたい。このまま自分のものにしてしまいたい。
今までに感じたことのないほどの強い欲望に、自分自身も戸惑っていた。カナタのことを好きだと思う気持ちに嘘はない。けれどもここまで性急に欲求が渦巻いていることに、違和感も感じていた。
そうは思っても一度燃え盛った心の炎は、存分に燃やし尽くすまでは消えそうにない。
「ダメダメダメダメダメー! 私がこういうの苦手だって、わかってるでしょ?」
「カナタは、俺のこと嫌いなのか?」
「……今その質問をするのは、卑怯だよ」
「自分でもわからないんだ。どうしてこの気持ちを止められないのか。ただはっきりしているのは、カナタが好きなんだ」
「……私も、好きだけど。でも私だけはダメなの。遥が誰と恋愛して、将来誰と結婚しても受け入れることはできるけど、その相手は私だけはダメだよ」
「カナタがそういう理由を俺はわからない。けれど、俺はカナタが愛しくてたまらないんだ」
「ううう……理由はいえないけど、私だけはダメだから……あっ」
空いた右手で、服の上からカナタのお腹を
優しく撫でながら、徐々に右手は上の方へ伸びていった。左手はカナタの後頭部に添え、雲を掴むような慎重さで撫で続けた。
「ダメ……ダメだよ」
「だいじょぶ。だいじょうぶだから」
何がだいじょうぶだと思いながら右手は登り続け、ついにはカナタの女性的な部分に到達した。大きさの基準を比べる相手が、素直とリムしかいないことは複雑な心境だった。細かな違いは当然知るよしはないが、リムよりは小さく、小ぶりな素直よりもわずかに大きいと感じた。少しだけ力を込めると、とろけそうな柔らかさの奥には、指を押し返す弾力。触り心地の良さに、遥の昂りは収まることを知らなかった。
カナタはついに何もいわなくなった。顔全体を真っ赤に染めて、刺激に反応して瞳は揺れた。天頂部に触れると、わずかに反応が強くなった。漏れる吐息が水気を帯びるたびに、愛おしさは増していくようだった。
遥は、愛撫に没頭した右手を一旦離した。
「っ!」
カナタの瞳が、一瞬物欲しげに揺れたところを、遥は見逃さなかった。
「カナタ」
名前を呼びつつ、顔を下げてより近づく。目指す場所は時折愛しさを溢れさせる唇へと向かい。
「キスは、ダメ……ああっ!?」
カナタに遮られた瞬間、服の間に手を潜り込ませた。右膝をカナタの両足の間に置いた。これで両足を完全に閉じることはできない。
再び、お腹を撫でる。円を描くように指で体を捕まえる。より直接的に体温が伝わる。
カナタのことを、ただの幼馴染とは見ることができなくなっていた。ただのオンナノコだ。困惑に身をこわばらせながらも、徐々に解きほぐされて気持ちよさに欲望を漏らしそうになっているただのオンナノコだった。
触感は盛り上がる柔肌に到達した。カナタは瞳を閉じて、じっと何かに耐えていた。何度か突起を包み込んでいると、カナタは自らの両手で顔を覆ってしまった。羞恥心から見られることを拒んだのだろう。
その仕草すら、遥は許さなかった。
「やだ、てをどけないで」
「すごく可愛いから、よく見たいんだ」
「やだ、やだあ……どうしてこんなことするの?」
「俺ももう、止まれないんだ」
「はるかぁ、いつものはるかじゃないよ」
「確かにおかしいのかもしれない。少し前から、気がつけばカナタのことを考えるようになった。ここでカナタを逃してしまったら、また失うかもしれないって不安を感じるんだ。もう自分でもどうしようもないんだ」
「!? それって、もしかして……」
カナタは一瞬にして青ざめた。何らかに思い当たることがあったのか、表情には影がさした。唇は開いて声すらも紡げない様子だった。
しばらく沈黙が辺りに降りていた。
やがてうわごとのようにカナタは声を吐き出した。
「ごめん。ごめんねはるか。わたしのせいだ」
「カナタ?」
「はるかはわるくない。わたしがわるいんだ。ごめんなさい」
遥には謝罪の意味がまるでわからなくて戸惑った。今にも泣き出しそうなカナタは、弱々しい子供のようだった。触れたら壊れてしまいそうな、ガラス細工のような脆さが見えてしまった。
動きを止めた遥の右手が握られた。抵抗されるのかと思えば、力はほとんど入っていなかった。膨らみからは離されて、そのまま下肢の方まで導かれた。
心臓がより大きく動き出したように感じた。
「……カナタ?」
「はるかがそうなったのは、ぜんぶわたしのせいだ」
「さっきから何をいっているのか、わかんねえよ」
「わからなくていい。つぐないにはならないけど、はるかがのぞむなら……はるかのすきにして」
カナタはギュッと目をつむった。何が起きても構わないという覚悟を秘めていた。ドキドキと自分でも鼓動の強さがわかった。こんな状態が続いたら死んでしまうんじゃないかとすら思う。それほどの強い興奮。きちんと発散しなくてはいけない。
遥はカナタの内腿に手を滑り込ませると、カナタは勢いよく仰け反った。呼吸はさらに荒々しく乱れた。
もっと近づきたくて、結ばれた唇に自らのものを重ねようとした。
その刹那。
「その子とはだめ。だから、私が付き合ってあげる」
壊さんばかりの勢いで扉はこじ開けられて、何者かが侵入してきた。
本来であれば、まだ出会ってすらいない人物だった。ここにいるはずもなければ、この場所を教えた覚えもない。
相変わらず無表情なその人物は、星八リムだった。
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