2ー4 カナタとの再会は呑気なもので

「遥! こっちこっち」


 町の中腹に位置する、伊坂いさか山を登っていくと、鳩のいった通りカナタを発見した。鳩のいういこともバカにならない。

 伊坂山は、散歩道が整備されているのみで、大部分は森林に覆われており、人気は少ない。そんな地元民が密かに愛する山道も、遥のいる時代では広場が作られ、遊具も設置された立派な公園へと整備されていく。遥は、すでに丘陵に原っぱが広がる景色しか見たことがなかった。自分の知らない景色を眺めるたびに、現代からは離れてしまったことが、徐々に実感となっていった。


 カナタは、森林に囲まれた山道を下った先で手を振っていた。その先に何があるのかは、遥にも心当たりがあった。

 かつて戦争があった時代、空襲を逃れるための避難場所として、洞穴ほらあなが作られていた。山の中に位置するため実際に避難場所としての役割は充分に果たさなかったが、埋め立てる理由も見当たらなかったのか、そのまま遥の住む時代まで存在し続けた。

 ここが本当に過去の世界であるならば、形として残っているはずだ。

 しかし、遥のアテは半分は外れた。

 カナタは確かに、洞穴のある場所でたたずんでいた。けれど、背後には土壁が緑で彩られているだけで、洞穴は見当たらなかった。


「カナタ。無事だったんだな」

「遥も無事で良かったよ。とりあえず、再会を祝して」


 カナタは右手を振り上げた。遥もそれに応え、右手を振り上げ、同時に前へと突き出した。

 パンッ。

 過去に来てもきちんとハイタッチが噛み合ったことで、少し緊張がほぐれた気がした。


 色々と話したいことがあった。母親と会えたこと。その母親が女子高生だったこと。喋る鳩がいたこと。

 カナタに、話をしたかった。


「そうだ遥。見て見て」

「見てっていわれても、ただの山壁じゃないか。というか、ここには洞穴があったはずだろ?」

「にゅふふふ。いいところに気がついたね遥くん。さすがは助手だね」

「いや助手ではない」

「実のところ、私はここからほとんど動いていないのだよ」

「は? 必死に探してたのは俺だけか? ハルカナコンビを解消したくなってきたぞ」

「まあまあ早まらないで。私は私で、やらなきゃいけないことがあったんだよ」

「やらなきゃいけないことって?」


 カナタは、演技めいた大げさな動きで、ただの山壁にしか見えない場所を指差していった。


「拠点づくり。雨風をしのぐための家を作っていたんだよ」





 何もないと思っていたが、近づくと山壁だった部分は、大きな板で洞穴を塞ぐように打ち付けてあった。実際の山壁ではなく、立体投射で壁があるかのように見せているだけということだった。

 時間を超えた時点で、すでにオーバーテクノロジーすぎる出来事だったのだ。今更立体投射くらいで驚くまい。たとえ自動的にに簡易的な部屋を作成する道具を使ったと聞かされても、もう全てを受け入れようと、遥は決めた。

 洞穴を塞いでいる板には、ご丁寧に扉までついていた。笠の大きなキノコみたいなノブは金色で、年輪を思わせる木製の扉には、レトロな安心感を抱かされた。

 扉の先には、小さなアパートの一室ほどの広さを持つ部屋だった。風呂とトイレは別だが、居間を含めて部屋は三つだけだった。洞穴の空間以上の物は作れなかったらしく、広さとしては限界ギリギリだ。

 黒革のソファーに、パステルブルーとパステルグリーンのクッションが乗っていた。押入れのスペースもなかったのか、大きな厚手の毛布が部屋の隅で畳まれていた。

 壁に埋め込まれているのは、数字を示した長方形のデジタル時計。時間軸を知るためなのか、ご丁寧に西暦から表示されていた。

 1999年12月21日17時53分。

 元の時代よりも、二十年もの時を超えてしまったらしい。


「……カナタ、この時計って合ってるのか?」

「自動で時間を合わせてくれる特別製だから、壊れてなければ合ってるよ」

「ってことは、ここは二十年前なんだな」


 どこか古ぼけた建物が多いこと。商業の中心地であり、娯楽スポットとしてのセントラルタワーも見えないこと。伊坂山の公園がまだ存在しないこと。

 そして、母親である星八リムが、遥の通っている、伊坂東高校の制服を着ていたこと。

 それらの事実を現実と照らし合わせると、納得せざるを得なかった。

 遥は、ブルーのクッションにもたれかかった。カナタも続いて、隣のグリーンのクッションに腰をかけた。


「そろそろ、信じる気にはなれた?」

「……ああ。始めは信じられなかったけど、母さんにも会ったし、どうやら本当に過去に来ちまったみたいだな」

「えっ? もう遥のママに会えたの?」

「ああ……女子高生だったけど」

「うんうんなるほど。この年代だと、確かにそうなるね。それで、どんな出会い方だったの?」


 リムとの出会いの顛末を話すと、カナタはクッションに手のひらを叩きつけながら大笑いしていた。


「あはははは、おっかしー。食パンをくわえてたら、まるで昔の漫画みたいな出会い方だね」

「笑い事じゃねーんだよ。色々と気にしなきゃいけないことがあると思うんだけど、聞いてもいいか?」

「いいよ。私にわかることなら、なんでも答えるよ。スリーサイズとかはNGだけどね」

「今、ボケはいらねえよ。気になることっていうのはさ、俺たちが過去に来たことで、タイムパラドックスっていわれるものが起きないのかってことだ」


 遥は昔見た映画の内容を思い出していた。

 タイムスリップした先で、元々結婚するはずだった父親と母親の出会いのきっかけを潰してしまい、未来が変わってしまいそうになる。そして、二人が結婚をしなかったら過去に来ている主人公は、生まれてこないことになるため、その存在が消えてしまいそうになる、といった事態へと陥った。なんとか過去の父親と母親の縁を結び、過去から現代へ帰還した後、ちょっとだけ歴史が変わっていたというのが、とあるSF作品の内容である。

 本来未来にしか存在していないはずの主人公が、過去に来たことによって生じる矛盾。それにより未来が変わってしまう可能性。

 遥がリムに出会ってしまったことで、未来への影響が何らかの形で起きていないのか。そのことが気がかりだった。


「あはははは。大丈夫だよ遥。心配いらないよ」

「……本当か?」

「もちろん」


 遥の心配とは裏腹に、カナタは至極呑気な口調で笑い飛ばした。誤魔化すように猫のような笑い声ではなかったため、本心でいっているのだと考えられた。

 けれども、大丈夫だという根拠が示されてない以上、遥はまだ完全に楽観的にはなれなかった。


「カナタを信用してないわけじゃないんだけど、なんで大丈夫だっていえるのか、俺にも教えてくれないか?」


 カナタは、待ってましたといわんばかりに口元を引き上げ、少しだらしのない表情を見せた。お節介という特徴に加えて、カナタは何かを説明したり教えたりということにはとても熱心に、そして早口になる特徴もあった。好奇心旺盛なしたがり屋という風に、遥はカナタのことを評していた。

 カナタは、コホンと、わざとらしく咳払いをして、口早に語り始めた。


「そもそもね、私たちの世界って、一方向に流れている一つだけじゃなくて、色々な可能性の世界があるっていう前提なんだよ」


 なんだろう。

 宗教の話かな。

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