3ー7 遥が初めて父親に手をあげるまで
「遥! 見つけた」
「うわっ」
突然横から抱擁されて、よろけてしまうが、なんとかバランスを持ち直した。
抱きついてきた相手は、やはりというかリムだった。
「なんで抱きついてこられなきゃいけないんだよ」
「まあ、いいじゃない」
「よおこんなところで奇遇だなあ。モテ男くん」
声は軽快だが目は笑っていない。瞳には映らない激しい感情を抑えているようだった。話しかけてきたのは暁だった。こっちだって好きで抱きつかれているわけではないのだけど、おそらくいってもわかってはくれないだろうと諦めた。
「リムちゃんと暁くんは、今からどっか行くの?」
「俺っちとリムちゃんは今からデー」
「別に、どこってわけじゃない」
カナタの問いかけに答えた暁は、リムに遮られて最後まで話せなかった。なんだか漫才コンビを見ているような心地だった。将来この二人が結婚し、子を成す関係になるなどと、今の時点では現実味が薄いように感じた。遥たちがきてしまったせいで、この世界の歴史が変わってしまったのだろうか。となると、この世界では遥は生まれてこない可能性がある。別の世界とはいえ自分自身に対して、申し訳なさが募った。
「それでそろそろ、離れてくれないか?」
「あと五年」
「予想以上すぎる。ちょっと歩きづらいし、こけたら大変だからさ」
「わかった」
しぶしぶと離れていったが、言葉や行動とは裏腹に、瞳には感情の色が乏しかった。まるで魚眼レンズのように、ただ対象の姿を捉えるだけ。そういった無機質な印象は、どうしても拭えなかった。
どこか目的地があったわけではなく、思うがままに歩いていった。商店街の中心に位置する広場には、申し訳程度のクリスマスツリーが設置されていた。煌びやかなイルミネーションはまだ取り付けられていなかった。閉まっているシャッターや少ない人通りから、隙間風を妙に強く感じた。明るく楽しい日が、もう目前と迫っているはずなのに、どこか物寂しい。
人の少ない商店街を眺めていると、ふと奇妙に感じたことを思い出した。
「そういえば、電車が止まってるみたいなんだけど、何か知らないか?」
「ああ、そのことな。知ってる知ってる。その話をするついでに、交流深めるためにちょっと連れション行こうぜ」
「は? なんだいきなり」
「まあまあ。さあ行こうぜ兄弟!」
文句をいう間も無く、公衆トイレに連れ込まれた。暁は不敵な笑みを浮かべていて、その真意は探れない。
「なんなんだよ一体。教えてくれるってだけに、わざわざ二人きりになったりはしないよな」
「いや、ちょっと話したいことがあってさ。時に遥クン、明日何か予定があったりするのかな?」
「その喋り方、気持ち悪いな。別に予定っていう予定はないけど?」
「なんだ、てっきりカナタちゃんとデートでもするのかと思ってたんだけど」
「昨日もいったけど、付き合ってるわけじゃないからな」
「よくわかんねーな。カナタちゃんなら、なんの文句もないと思うけど」
不思議そうにいう暁の言葉を受けて、遥は一瞬想像を巡らせた。
カナタが隣にいる未来を。
遥には好きな子がいる以上、いつまでも側にいるわけじゃない。カナタもいつか好きな人ができて、誰かの世話を焼いたり、誰かの隣に立ったりするのだろう。
カナタが見知らぬ誰かと共にいる未来を、うまく思い浮かべられなかった。遥はそんな自分を、わずかに嫌悪した。なんだかんだいつまでも隣にいてくれるなんて、都合のいい考えを持っていたのではないか。そう自分に言い聞かせていた。
遥はその感情がなんていう名前のものか、まだ正しく知ることはできなかった。
遥の葛藤をよそに、暁はニヤリと笑った。
「まあでも、暇なら好都合だ。お願いなんだけど、明日四人で遊びに行かないか? いわゆるダブルデートってやつ」
「それは、なんでまた?」
「俺っちが誘っても、リムちゃんは首を縦に振ってくれなんだよ。悔しいけどなぜか遥は気に入られているから、遥が誘えば来てくれるんじゃないかって思ってさ」
「そういうことか」
この申し出を受けていいのか、腕を組み考え込んだ。干渉にあたることは間違いないけれど、リムと暁の仲を縮められるかもしれない。多少流れは違えど、二人が結婚する未来も一つの形なのだ。遥にとっては、やはり父は暁で、母はリムであって欲しいという願望は持っていた。
悩んだ末、暁の願いを叶えることにした。それが自身の願いに通ずると思ったからだ。
「わかった。明日遊びに行くように誘ってみる」
「おおっ。話がわかるねえ。思ったよりいい奴じゃん遥クン! お礼に一曲プレゼントしてあげよっか?」
「いらない。それより、なんで電車が止まってるのか、教えてくれよ」
「あーそれね。あー」
バツが悪そうに目を逸らされた。
基本的に正直な性格をしている暁は、嘘をつくことが下手くそだった。嘘をついたり旗色が悪い時には、何かしらの不振が行動に出てしまう。
嫌な予感がした。
「ごめん。知らね」
遥は、生まれて初めて父に暴力を奮った。
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