3ー6 この街にも歴史あり
「電車が動いていないなんて、珍しいこともあるもんなんだな」
「ねー。しょうがないんだけど、困っている人もいっぱいいるんだろうな」
12月23日午前。明日には帰る予定のため、今日は遠出をしてみようとカナタから提案があった。遥も同意し、せっかくなので交通機関も利用してみようと、近場の駅までやってきたのだが、全線運行停止という、異例の状態だった。
さらに不思議なことに、この事態にも混乱が起きずに、駅で立ち往生している者はいなかった。誰しもが自らのやるべき行動を守り、自動的に動き続けているようにも感じた。
とはいえ、文句をいったり訝しんでも電車が動くわけではないため、駅から離れて、広大な空き地の広がる東のエリアに向かった。ただ単に、昨日見に行っていない場所を歩いているだけだった。
壁は削げて、塗装も禿げかかった廃ビルがいくつも立ち並んでいて、まるで経済の墓場と呼称できそうな有様だった。
寂しげなビル群に向けて、トラクターやクレーン車がひっきりなしに動き回っていた。かなり急ピッチで取り壊しが行われており、もともとビルがあったであろう場所は更地となっていた。
遥は、元いた時代には何があったのかを思い出しながら、ぼーっとビルが壊される様を眺めていた。なんとなく虚しさを覚えて、目を反らせなかった。
カナタは見ていることに飽きたようで、自販機に飲み物を買いに行った。
遥の時代とは大分様相が変わっていたが、徐々に景色を重ね合わせることができてるようになってきた。
そうだ、確かここにあったのは。
「この景色を眺めているとは、珍しい奴だな。少年、何かあったのかい!」
不意に声をかけられた。爽やかな声色で力強い。エネルギーに溢れた声のする方へ振り向くと、濃紺のスーツに身を包んだ、短髪の青年が仁王立ちしていた。年の頃は、二十代後半といったところだろうか。整髪料に濡れた髪が、陽の光で輝いていた。
「別に、ただ見てただけですけど」
「そうか! なんだか寂しげだったので、ついつい話しかけてしまったよ。時に少年、今は暇なのかい?」
「少年って歳でもないですけど。それにツレがもうじき戻ってくるんで」
「そうか! まあそれまで、お兄さんの話にでも付き合ってくれよ。なあに時間は取らせないさ」
これは人の話を聞かないタイプの人物だと、諦めににた心持ちに至った。カナタが帰ってくるまで辛抱することを、覚悟した。
案の定、遥が先を促さなくても、自称お兄さんは自ら話し始めた。
「私はね、この街を変えたいと考えているんだ」
「はあ」
「恐怖の大王の凱旋は不発に終わり、人類はきっと希望が照らす道へと踏み出したのだ。死霊に取り憑かれたかの如く陰鬱なムードを、今こそ吹き飛ばす神風を鳴らす時であると思うのだよ」
「そっすか」
「こうして打ち捨てられ、夢の跡と化したビル群も、今は打ち壊している。なぜだかわかるかね?」
「何か新しく作るんですか? それこそ街のシンボルになるようなでっかいビルとか」
遥の回答が意外だったのか、お兄さんは目を見開き、遥の肩を掴み、激しく揺さぶった。
「君は先見の明があるな! まさにその通りなのだよ! 経済の発展と人類の邁進の象徴として、まずは商業の起点を作ろうと提案しているところなのだ」
「ちょっと離してもらってもいいすか?」
「おっとすまない。しかしあの頭の固い現職供は中々聞き入れてもらえない。こんな片田舎でそんなことをしてどうなるとか、予算がないとか、そんな逃げ口上ばかりだ」
「遥ーお待たせー」
「待ち焦がれたよ」
早くカナタが帰ってきてくれないかと考えていると、ペットボトルを抱えたカナタが帰ってきてくれた。やっと謎のお兄さんから逃れられる解放感に、思わずカナタを抱きしめそうになった。
「お連れの方かな? 随分とべっぴんさんじゃないか! 少年も隅に置けないな!」
「すいませんが、ツレも来たのでもう行きますね」
「ああ、付き合わせてしまってすまないな! ……そうだっ!」
お兄さんは、黒光りするビジネスバッグから長財布を取り出し、何かを取り出し、遥に向けて差し出した。
「ぜひともこの名を、心に刻んでおいてくれたまえ! そして約束しよう。私を信じてくれる者がいる限り、必ずやこの街は発展し、栄光の道へ歩み進んでいくということを!」
シンプルな名刺を受け取り、カナタの手を引いて足早にその場を逃れた。
何故だか体も暑く、いつもよりもドッと疲れを感じていた。お兄さんの熱に思い切りあてられてしまったのかもしれない。
「あの人って誰だったの?」
まるで事情のわからないようで、カナタはたずねた。
遥は、一度ため息を吐き出した。
「さあ、よくわからん。なんか街を発展させるとか熱く語ってたよ。これが名刺らしいけど」
「ふーん。って遥、この名前に見覚えないの!?」
「名前っていわれても、中道広重って人を知ってるわけ……ん?」
なんとなく記憶に引っ掛かりを覚えた。親戚や知り合いといったカテゴリではないはずだが、確かに聞き覚えのある名前だった。
あの暑苦しいくらいに情熱的な声色、うっとうしくも説得力のある語り口。それは確かにどこかで聞いたことがあって。
「あっ……もしかして、市長さん?」
「そうそう。見覚えがあるって思ったんだよね」
伊坂市市長、中道広重。
セントラルタワー作製のために企業誘致や発展計画を掲げ、伊坂市の経済事情を一変させた立役者だった。
「テレビでしか見たことがなかったけど、若い頃からエネルギッシュだったんだな」
「そうじゃないとできないんだよ、きっと。街を変えるなんて大掛かりなことは」
「エネルギッシュといえば、ある意味カナタもすげえよな。危険を顧みないで過去にタイムスリップするなんて、相当な度胸だと思うよ」
「私にも目的はあったしね。だけど、もっと褒めてもいいんだよ!」
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