第2章 ママは女子高生。過去だからそりゃそうだ
2ー1 悲しみの初めまして
「遥、遥ってば!」
「……まだ眠いって」
「そうじゃないよ。起きて!」
必死さの伝わってくる大声に耐えかねて、遥は目を開く。一旦は閉じてしまったが、非日常的な情景に大きく目を見開いた。
視界は流れるように移り代わり、米粒のような小さな集団も徐々に形を成していく。加速による体の歪みや浮遊感はほとんど感じない。けれども、身動きが取れずにいることから、確かに落下していることは認識した。
空から、落ちている。
「ちょ、これどういうこと?」
「落ち着いて。私の話を聞いて」
「なんで落ちて、俺は確か看板に押し潰されるはずじゃ?」
「それはギリギリ回避したんだよ。過去に飛んだから」
「過去ぉ?」
「その顔、信じてないでしょ」
信じるも何も、落下してきた看板の脅威から逃れたと思えば、今度は空から落ちる展開だなんて。あまりにも辻褄が合わなすぎて、何を信じればいいのかもわからない。
そもそも自分が生きているのかすら、判然とつかない。いっそのこと夢の中である可能性すらもありえる。
遥は、自分の頬を軽くつねってみた。
「いてて」
「古典的な確かめ方だね。これで夢じゃないことはわかってもらえた?」
「ああ。でも、なんで落ちてるんだ?」
「咄嗟のことだったから……多分設定する座標をミスっちゃった。にゃはは」
「お前がそうやって笑う時は、大抵何かやらかしてる時なんだよおお」
「……にゃははは」
「ごまかしてんじゃねえか!」
がなりたてる間にも、落下は続いていった。地面が近づいてくるにつれて、落下するであろう場所にも検討がついてきた。海や川といった衝撃を緩和してくれそうな場所ではなく、激突すれば間違いなく死んでしまえるアスファルトが迫ってきた。
難を逃れたと思ったら、新たな死が待っているだけだったらしい。
結局状況は何も変わっていないんだと思えば、先ほどのように開き直ることも可能だった。
「……生まれ変わっても、またお前の幼馴染として生まれたいな」
「恋人よりも難しそう……というか遥は死なないよ。このタイムマシンが守るから」
カナタは、首元からぶら下げていたペンダントを、主張するようにかざしていた。宝石というにはあまりにもどす黒く、恐怖を感じるくらいに完璧な球体だった。
不気味な印象の代物ではあるが、タイムマシンといわれても、ピンとこないのが正直な感想だった。
「それにはどんな効果があるんだよ?」
「それはね、ってもう説明してる時間ない。とにかく大丈夫なはずだから、無事に着地できたら説明する」
「って流暢に話してる場合じゃないな。ぶつか」
言い切る間も無く、もう逃れられないくらいの眼前に地面が迫っていた。衝撃の恐怖から両目を力強く閉じるが、予想された痛みはやってこない。
何かに守られているようで、両足は地面につくスレスレで浮いたままだった。見えない壁はたわんで、吸収したエネルギーを吐き出そうとしていた。
「遥!」
「カナタ!」
お互いに名前を呼ぶ。しかし結果は希望通りにはいかず、お互いは真逆の方向に飛ばされていった。手を伸ばしても、瞬きをする度に距離は遠く離れていく。
まるでコントロールが利かずに、勢いのままに飛ばされる。幸い通行人はいないため、被害をだすことはなかった。ぶつかることで徐々に速度は落ち着き、ようやく自由に動けそうだと安堵したその瞬間。
飛来していく先には、見覚えのある母校の制服に身を包んだ女の子が。
「どいてー!」
「え? きゃっ」
警告もむなしく女子生徒と正面からぶつかった。安全装置か何かの効果か、痛みを感じる衝撃はなかった。しかし体勢は崩れ、女子生徒共々倒れ込んでしまう。女子生徒に怪我を負わせないよう、抱きしめるように頭部を庇い、地面に接触した時には両腕に痛みが走った。けれども、おそらくは守れたはずだ。
痛みのためか、額にはシワが刻まれた。すぐには動けそうになくて、かといって倒れ込んでしまえば、名も知らない女子生徒に覆いかぶさってしまうので、必死にこらえた。すでにこの体勢の時点で、側から見ればまるで押し倒しているように見えるかもしれない。あまり続けたい格好ではないと、遥は思う。
ふと、女子生徒と視線が重なった。
女子生徒の瞳孔が開かれる。わずかな動きですら見ることができた。それほどまでに、近い。
「……あっ」
遥は声を漏らした。行き場を無くした感情が、声という形になって自然に流れたようだった。
幼く、美人というよりは可愛らしいと印象を受ける、丸みを帯びたまぶたに、わずかに下がる目尻。大きく光を吸い取っているような漆黒の虹彩は、見ていると本当に吸い込まれそうに感じる。
遥は、この目をよく知っていた。幼い頃から追いかけてきた。揺れたり細まったり変化するその瞳に、様々な感情を思い起こさせられる。
ただ目を見つめただけで、ちょっと泣きそうになってしまう。
きっとその女子生徒は、そんな遥の気持ちには、気づいていないことだろうけれど。
「初め、まして?」
突然の出来事にも関わらず、女子生徒は疑問形で挨拶を飛ばしてきた。思わず笑いそうになる。何が起きても動じない肝の座った様子は、この頃から何も変わっていないんだと思った。
遥は、こぼれそうになる笑みと、あふれそうになる言葉を飲み込んで、いった。
「初めまして」
お母さん。
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