2ー2 母になる前の母親と
「えっと、俺は今宮遥です」
「
路上でぶつかった上に押し倒して来た男に対しても、星八リムは淡々とした口調で答えながら、制服の埃を払っていた。動揺した様子はほとんど見られない。それは遥が抱いている母親の姿と、重なっていた。
とりあえず、どうすればいいのだろう。まずは離れ離れになったカナタと合流することが先決だと思うが、偶然出会えた女子高生時代の母親に、話しかけたい気持ちも確かにあった。
もう二度と会うことは叶わないと、ひねくれつつも諦めていたんだ。嬉しくないなんて、素直じゃない気持ちが優先されたとしても、いえそうにない。
話をしたいと強い気持ちはあるけれど、何を話していいのかはわからなかった。今見つめあっている相手は、星八リムであって、母親ではないのだ。遥の母親である、今宮リムではないのだから、繋ぐ言葉を見つけられない。
「空」
「え?」
「空から落ちてきたの?」
リムが差しだした竹ぼうきみたいな細腕は、まっすぐに空をついていた。
「ああ、いやえっと……」
「見てたから」
「マジで? い、いやいや。人が空なんて飛べるはずないじゃないですかやだなあ」
「私が間違ってると?」
「いや、そうじゃなくて」
「あなたは何者?」
リムは体ごと遥に近づき、じっと遥を見つめた。リムの顔との距離が近づき、動揺で心臓が早鐘を打った。母親の面影はあれども、女子高生に至近距離で観察されるのは心臓に悪い。
何が何だかわかってはいないが、少なくとも、もといた場所ではないところへ来てしまっていることは確かだ。こういった事象に対する正解の行動はわからないが、この時代に下手な影響は与えない方が良さそうだという思考は働いた。だから未来から来たとか、空から来たということは隠した方がいいだろう。
そうは思うけれど、喜びや戸惑いに乱されて、うまい言葉を見つけられなかった。
「俺は、宇宙人、です」
いってしまってから、しまったと思いなおした。
かつて父親がいったことが、咄嗟に浮かんだ結果だった。
なんだ初対面でいきなり宇宙人って。底抜けのアホじゃないか。
まずいことをいってしまったと、恐る恐るリムを見た。さぞかし呆れられていると思ったのだ。
しかし、遥の予想に反して。
「……へえ。宇宙人なんだ。話、きかせて?」
表情の変化はあまりないが、わずかに瞳孔が広がり、また一歩リムは遥に近づいた。興味ある時の母親は、こんな行動を取っていた気がする、と遥は思い出していた。
思いのほか興味を持たれてしまった。むしろ遥にとっては都合が悪い。空から落ちてきたことをごまかす術を教えてほしいくらいだ。
なんて考えている場合じゃなかった。
とりあえず、カナタと合流しよう。
「ま、また今度で」
「今度っていつ?」
「あ、明日」
「明日の何時頃どこで?」
「昼頃に橋の下で! それじゃあちょっと用事があるから。じゃっ!」
デタラメを吐きつつ、遥はリムの元から駆け出した。
どこにいってしまったのかはわからないが、あてどもなく走り出した。
流れていく景色は、大まかには元いた時代と変わらない。けれども、ところどころ古めかしい作りの家があったり、記憶では空き家となっている家にも、洗濯物が干してあって生活の香りがした。
木造の建物も多くて、遠くからでも見渡せる、セントラルタワーはまだ影もなかった。
馴染みの感覚と違和感が同居する景色を見ながら、遥は信じられない現実を受け入れつつあった。
本当に、過去にきたんだ。
遥が走り去った先を見つめ、リムは一人でたたずんでいた。
ぶつかられた時に触れた肩に、自らの手で撫でる。初めてなのに妙に懐かしいその手は、とても熱く感じた。
きっとその温度は、長らく忘れていた気がする、心の温度だ。
「遥……これからが楽しみ」
今まで表情に現れなかった変化が、表現された。
リムは一人、笑みを浮かべていた。
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