5ー6 作られた世界 囚われた二人

「私はもともと、ただ世界を観測するだけの存在だった。観測し、情報を保存し、記録する。なんのためでもなく、ただそれが存在意義だった」


 リムは淡々と、自らのことについて話し始めた。先程までの淫靡いんびな雰囲気は消え去り、無表情な面持ちに戻った。月並みな表現だが、まるで人形のようだった。


「別に私が特別な存在ではなく、幾千の宇宙、あらゆる時空に観測者は存在している。本来なら、干渉は行わない。ただ見守っているだけ。その世界の行く末を」

「そんな存在、私たちは知らない。観測者なんて、どこにいるの?」


 息を整えて衣服を直して、カナタはようやく話せるようになった。リムは質問を受けて、宙を舞う蝶のような仕草で、手を空に舞わせた。


「生き物が生きている世界は、みんな同じように見えて実は違う。人間と虫では見ている世界は違う。観測者と人間も、感知できる世界の範囲は違う」

「つまり、観測者たちの見える世界の範囲は、人間じゃ見えなくて、認識できないのか?」

「そう考えてもらえばいい」

「じゃあ、なんで今の俺たちは、観測者だっていうリムを認識できるんだ?」

「それは、私が人間側のステージに降りているから。ひどいことをいいたいわけじゃなくて、あくまでたとえとして聞いて欲しい。私があえてレベルを下げているから、見える」

「人間のレベルまで、存在としてのステージを下げている。そういう感覚なのか」


 リムのいっていることを、完全に理解することは難しいと感じた。けれども、なんとなくの理解でもいいだろう。

 大事なのは、この先の話だ。


「それで、なんでわざわざステージを下げて、この世界に干渉することになったの?」


 リムは目を細めてわずかに口角を上げた。詳細な感情はわからないが、その感情は決して不快なものではない。そんな気がした。


「ただ観測のためにこの地球へと訪れた時、たくさんの知的生命体が生息していた。地球における高度な知能を有していた、人間という種族。私の一番の興味は人間だった」

「人間を中心に、観測をすることにしたのか」

「そう。理屈や効率、自然的なルールでは測れない、心というプログラム。時に理不尽も受け入れ、道理や倫理に縛られない高次元な行動指針。知れば知るほど、わからなくなった」

「生物の目的って、生きることと、子孫を残して種の繁栄を進めるものだけど、相反する自殺という行為ができてしまうのって、生物的には欠陥だと私は思う。でも心のせいで、そんな選択肢もとってしまう」

「わからないものを理解するために、私は人としての営みを体験して、人というものを知ろうとした。それが1999年の7月のこと」

「それって、たしか恐怖の大王がやってくるっていう予言の時期だよ。ということは、恐怖の大王ってまさか」

「人類的には、私のことになる。まったく、こんな美少女を恐怖の大王なんて失礼しちゃう」

「……自分でいうなんて、随分と人間のことを理解してきてるじゃねえか」


 けれども決して否定はできない。そう思う自分はどうしようもなくマザコンなんだと、遥は改めて思い知った。


「事実として滅亡なんて予言はなくても、滅亡に関する願いが世界を覆い尽くしていた。そんなに願うのであれば、いっそのこと叶えてあげようとすら思った。情報の分解、保存、結合を行えば、大抵のことができるから、別にそれでも構わなかった」

「それでも、人類は滅亡していないってことは、リムは何もしなかったということか」

「本当は生きたいって、様々な人が願っていた。だけどいっそのこと滅びればいいという人も、少なからずいた。矛盾を孕む願いに、私はどうしたらいいかわからなくて、この件に関しては放っておくことにした」

「それで、星八リムとしてこの時代で暮らすことにしたの?」

「この時代の私はそう。このまま直接人に紛れて、観測を行い続けて、いずれはまた観測者としての純粋な立ち位置に帰る。だから私がこの星で、人として活動する期間はあらかじめ決めていた」

「ずっと人としての形で暮らそうとは、思わなかったのか?」


 リムは、遥の質問に対して、無慈悲にも首を横に振った。


「矛盾した世界への思いがどちらかに安定を果たした時に、戻ろうと決めていたから。だから私は、遥からしたら突然いなくなったと感じさせてしまった」

「それは、この時代からすると未来のことのはずだけど……どうして知っているんだ?」

「私は人類よりも高次元のステージにいるから、時空というものは壁にもならない。どこの世界にも、どの時代にも存在していて、ひたすら観測を行える。だから枝分かれする複数の未来も、全部わかる」

「過去も未来も自由自在ってわけか……」


 スケールが桁違いに大きな話で、詳しい質問すら思いつかなかった。きっとどれだけ説明を受けても、完全な理解までは至れないだろうと、早々に諦めた。

 カナタは必死に理解をしようと努めていたけれど、うんうん唸りながら、ついに諦めた。わからないものはわからない。そう呟いて、別の疑問をぶつけることに思考をシフトしていた。


「あとわからないことは、今のこの状況だよ。世界がループするなんて、普通じゃ考えられないこの現象は、一体どういうことなのかな?」


 それは、遥も気になっていた内容だった。タイムリープと呼ばれる現象。世界が巻き戻りまた同じ日々が繰り返されるなんて、常識では通用しない出来事。そのことについての詳細が知りたかった。


「正確にいうと世界はループなんてしていない。ごく普通に時間は流れている」

「じゃあ、どうして12月21日から12月24日が繰り返されているんだ?」

「私が作ったこの時空は、本来の時間の流れから隔離してある。そして、この世界には12月21日から12月24日までしか存在していない」


 リムは食事のメニューを説明するかのように、あっさりといい放った。


「リムが……作った?」

「元々存在していた世界から隔離された箱庭。ここは地球そっくりに見えるけど、実はこの街の一部しか再現していない。私と遥とカナタ以外は、現実を元に作られたまがいもの。だから、この街から外には出られなかったはず」


 外部への交通が遮断されていた理由に合点がいった。この街より先は作られていないから、繋がる場所など最初からなかったということだ。もし徒歩でこの街を越えようと試みても、おそらくはどこかしらに戻されてしまうのだろう。


「どうやって作ったのかは、もう聞いてもわからなさそうだからいいや。むしろ聞きたいことは、どうして街を作ってまで、私たちを呼び込んだのか、ってことだよ」

「カナタは、気付いたんだね。元々飛ぶ予定だった時代じゃなくて、この世界に飛んだのは私のせいだって」

「ずっと気になってた。タイムペンダントが故障したわけじゃないのに、この時代にきたこと。帰ろうとしても、引き寄せられるようにして帰れないこと。私たちには想像もつかない力を使ったということなら、理解はできなくても説明はつくから」

「遥とカナタが飛んだことをあらゆる時空に散らばる私が観測した。もう人の形を保っていない、ただの観測者でしかない私の情報を受けて、結合されて光を超えた素粒子iを、この世界に引き寄せた」

「ってことは、こっちにきた時に毎度リムとぶつかったことも、仕組まれていたってことか?」

「嬉しかった?」

「嬉しく、ねえよ」

「素直じゃないんだから」

「ほんと。ママは悲しい」


 二人から責められると、いたたまれなくなる。男子が一人しかいない状況は不利だ。

 遥は話題を戻すことにした。


「俺とカナタが呼び寄せられたことはわかった。それで、どうして俺たちはここに呼ばれたんだ?」


 リムの目的。今一番考えなければいけないことだ。帰る方法を探すにしても、呼ばれた理由を探らなければいけないだろう。引きとめられている理由も、きっとそこにあるはずだから。


「すでに観測している未来では、私はいずれ人の形を保たなくなる。そのことは決めていたけれど、一つだけ心残りがあった」


 リムは、両手を伸ばして包み込むように遥に触れた。リムはどこか寂しげに口元を曲げていた。


「それはあなた。遥のこと。私が直接触れることはできない、成長した遥に会いたいと、私は願った」

「母さん……」

「初めは少し戯れるだけでよかった。でも、何度か触れ合ううちに、遥が帰ってしまうことを寂しく思った。だから」


 リムはイタズラが成功した子供のように笑った。


「遥とカナタを、帰したくなくなっちゃった。ねえ……このままずっと一緒にいましょう。この閉じられた世界で」

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