5ー2 愛してもらえることはこんなにも嬉しい
「……これが君のいう、愛なのか?」
「そう」
「一緒に食事をしてるだけのような気がするけど」
「それだけじゃ不満? じゃあ、あーん」
フォークに突き刺されたプチトマトが差し出された。確かリムの好物のはずだけど、ためらいもなくあげてしまう行為には、確かに愛情を感じないでもなかった。もちろん好みを知っているからこそ、そう感じた。
恥ずかしく思ったけれど、受け入れて
「どう? おいしい?」
「普通」
「むっ。愛があれば、おいしくなるものじゃないの?」
「それは恋人同士とかの話だと思うけど」
「恋人っぽさが必要なの? 難しい。恋人っぽさって、なんなのか」
リムは遥にしなだれかかり、腕を組みながら再びフォークを差し出した。
「はい、あーん」
「食べづらいよ」
愛情を与える代わりに、愛情を求める。本当の愛なんてものは知らないが、見返りを求める愛情とは、純粋な愛といえるのだろうか。一体リムは何に拘っているのだろうか。
無理やり食べさせられつつの食事は、長時間かかった。お腹は一杯になったけれど、心の方は栄養過多だった。肉付きは程よく、瑞々しい肌が放つ色香に近づかれることは、とても心臓に悪かった。
「次はお風呂ね。お風呂はすごいよ。人類史上に残る至高の発明だと思う」
「俺は邪魔させてもらっている立場だから、お先にどうぞ」
「気にしなくていいのに。それとも、一緒に入る?」
射抜かれるように真っ直ぐな瞳は、冗談の色をしていなかった。
「ごめんなさいそれだけは勘弁してください」
リムは、珍しく不満げな表情を浮かべ、浴室へと消えていった。
刻まれる時計の針のみが音楽として機能していた。虫も眠る冬の夜は、とても静かで寂しげだった。厳しい寒風が草木を揺らして、窓辺の枯葉は飛ばされていく。もうすぐ雪が降ってきそうなほどに、空気は冷えきっていた。そういえば、一ヶ月以上も繰り返しているせいで、未だに雪を見ていなかった。
奇妙なことになってきたと、ぼんやりと境遇を思い返していた。帰らなかった世界では、暁はどうしているのだろうか。素直はどう思うのだろうか。
そして、カナタは。
「遥」
「へいへーい。っておい」
リムは、何も身に
「出たよ」
「わかったから服を着てください」
「服を着てた方がいい?」
「そ、そうそう。その方がいい」
「着衣の方が好き。わかった」
「ごめん。なんかちょっと引っかかるんだけど」
聞き入れてもらえたのかもわからないまま、リムは別の部屋の移動し、着替えを済ませてもどってきた。
遥も入浴をしたが、着替えはカナタが持ってきていたため、代わりの服がなかった。なぜか男物の服を持ってきたリムに感謝をしつつ、自分の無力さに落ち込んだ。お金はカナタが毎回分けてくれたから問題にはならなかったが、今の遥は無一文だった。カナタに支えられてばかりだったことを実感し、ますます情けない気持ちになった。
寝る時は、リムと一緒だった。覚悟はしていたが、実際に同じシーツにくるまって眠ることは刺激が強すぎた。
リムからすれば、見ず知らずの男を自宅に泊めた上に、食事を与えたり一緒に眠ったりと、危険極まりない行為をしていることになる。どんな意図があって、どんなメリットがあるからこんな行動を取っているのか、今は判断がつかなかった。
遥は、抱き枕のように組み付かれながら、じっとして動かないように努めた。体だけでなく、水気の混じった吐息まで感じる。それほどまでに近い距離だった。
遥はなかなか眠れない頭を抱えながら、睡眠欲が優位になるまで待った。
「遥、起きてる?」
「起きてるよ」
「ちょっとは、元気でてきた?」
リムの声には、わずかに不安の色が混ざっているように感じた。
遥はギュッとシーツを握りしめた。今まで気付かなかった。リムは決して自分のためだけでなく、ずっと遥を気遣ってくれていたことに。理解した瞬間、途端に心持ちが軽くなった。
「ちょっとだけ元気出てきたよ。ずっと気を遣ってくれてたなんて、気付かずにごめん」
「心っていうものが疲れた時は、愛情を与えてあげればいいって学んだから。ただ、側にいてあげようって思った。正しいやり方かは、わからない」
「俺にもよくわからないけど……いてくれるだけで、安心するよ」
何をしたら愛なのか、与えたいと思えば愛なのか、求める気持ちがあればいいのか。答えはそれこそ無限にあって、一番良いものは見つからない。
なんとなく、自分に対する自信のなさが何なのか、わかったような気がした。
今まで自分で気付かなかった。今宮遥が、誰かから必要とされているということに。頭の隅では、自分なんていついなくなっても、特に構わないだろうと、思い込んでいた。
必要としてくれた、好きっていってくれた素直の気持ちすら、きっと信じていなかった。自分自身の無価値観から。
ずっと隣にいてくれたカナタから、必要とされていたことにも、気付かなかった。
長らく心に埋もれていた、意識が覚醒しかけている予感がした。遥の世界から母が消えた時。きっと自分が見捨てられたような気がした。自分は誰にも必要とされていないような、感覚に陥った。どのような事情があったにせよ、母親がいなくなった事実は、傷つくには充分すぎる出来事だった。
今まで与えられていたものの重みも、こぼれ落ちてしまっていた。もしもチャンスが与えられるのであれば、また背負い直せるだろうか。
やり直すことはできなくても、改めて道を進むことはできる。閉じられた世界でも、生きているのだから。
熱い涙が瞳に溜まっていき、やがて溢れ出した。
「遥……? どうしたの?」
「大丈夫。大丈夫だから」
リムに頭を撫でられる。それだけで満たされる。誰かに必要とされた輝かしさが、圧倒的な安心感となって、歓喜の涙を流し続けた。
本当に、大丈夫なんだ。
ただ、嬉しいだけなんだから。
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