4ー8 二人きりの時間
「遥おきてー。おきておきておきてー」
「……起きてるよ」
12月22日の早朝。カナタに叩き起こされて、遥はのそのそと起き上がった。今周は休むことを決めてから、カナタはずっとこんな調子だった。昨日の出来事以降テンションは高く、明日が楽しみだから早く寝ようといっておきながら、なかなか寝付けなかった。遠足を前にした子供のようなテンションだった。
帰るための行動を全放棄するという方針のため、行動範囲は格段に広がった。相変わらず電車は止まっているようだが、市内を走るバスは運行していた。
市内を循環するバスに乗り、娯楽施設の集中した区画に移動した。ゲームセンターに本屋、映画館などが敷地内に連なっていた。
カナタは、映画が観たいと希望した。
「まさか、この時代の映画をリアルタイムで観られるなんて思わなかったよ」
「カナタってそんなに映画が好きだっけ?」
「普段はそんなに観ないけど、せっかくの機会だから観ておきたかったんだ」
「そうか」
選んだ映画は、いわゆる怪獣映画というジャンルだった。水爆の影響で誕生した怪獣が、襲い来る別の怪獣と戦いながら、日本の街を破壊するといった内容のものだった。長年愛されシリーズ化していた作品であったため、二人とも名前を知っていたが、実際に観るのは初めてだった。
映画が始まり、静かに鑑賞していると思えば、緊迫したシーンや爽快な破壊シーンが流れるたびにカナタは声をあげた。注意を受けるほどの大声ではなかったが、不快感を与える可能性はあった。小突いて注意すると舌を出して反省するが、数分経つとまた元の状態に戻った。
映画が終わると、少年のように瞳を輝かせて、感想を早口で述べていた。タイムマシンなんてものに興味を持つくらいだから、科学的な要素の絡む話が好きなのかもしれない。
ファーストフード店で軽めに昼食を摂ると、ゲームセンターに行きたいとカナタは希望し、遥も賛成した。
スーパーが隣接しているためか、客層は幼子が多く、不良じみた輩は見当たらなかった。遥は滅多にゲームセンターには行かない。けれど、レトロな雰囲気のあるドット的な画面のゲーム機や、過去の名作対戦ゲーム
二人は、エアホッケーで白熱し、ゾンビを打ち倒して進むガンシューティングで騒ぎつつ遊んだ。決して上手に遊べているわけではないが、ただ声を出してはしゃぎ合うことは、何よりも楽しかった。
色鮮やかに景品が並ぶ、UFOキャッチャーの前を通り過ぎる時、後ろ髪を引かれたのか、カナタは立ち止まった。愛おしそうに有名キャラクターのぬいぐるみを眺めていたが、手をぎゅっと結んで、遥のところに戻った。
「いいのか、欲しいんじゃないの?」
「ちょっと可愛いなって思ったけど、ここでとっても持ち越せないから、いい」
「そういえば、次の周には今持ってる物も元に戻っちまうんだったな」
だからこそ、金銭を使っても周が変わればリセットされるのだが、ここで得た物は次には無くなってしまうのだ。ありがたいシステムではあったけど、カナタにぬいぐるみを取ってあげたとしても、無意味なことは残念だった。
けれど、この周は休日なんだ。せめて目一杯楽しんで欲しいという気持ちが芽生えていた。
「遥、別にいいよ。あと二日だけしか持てないのに」
「それじゃあ、その二日間は全力で可愛がってやれよ」
「……うん」
カナタの笑顔を噛み締めながら、不慣れなUFOキャッチャーに挑んだ。
結局、ぬいぐるみをとるために、三千円を要した。
それからのカナタは、終始上機嫌で普段よりもさらに口調は穏やかなものだった。時折、甘えるように擦り寄ってくる時は、頭を撫でると大人しくなった。普段とは違うカナタの姿に、違和感を感じないでもなかったが、悪い気はしなかった。
帰れないプレッシャーからか、眉間に皺を寄せて考え込んでいた姿と比べれば、今の方が断然よかった。思えば、合計するとおそらく一ヶ月以上はカナタと二人で生活していることになる。男としての問題はもちろんあったのだが、慣れてしまっている自分がいた。
明日の予定を相談すると、特に何をするわけでもなく、ゆっくりしようと提案があった。遥は賛成し、微睡みに身を任せようとしたが、いつもの確認行為が待っていた。
「遥……私のこと、好きになってない?」
「恋愛感情は、ないよ」
「そっか、うん。オッケー……おやすみ」
「おやすみ」
翌日は、本当に大きく行動はしなかった。買ってきたトランプやパーティゲームを二人で楽しんだ。さすがに二人ババ抜きはどうなんだと遥は抗議したが、カナタは楽しんでいるようだった。
カナタの強い希望で、ぬいぐるみを交えておままごとした時は、気恥ずかしさを感じた。妙に振る舞いが子供っぽいことが気になり、遥は指摘した。
「別にダメとか嫌とかじゃないんだけど、なんか最近子供っぽくないか?」
「そうかなー? でもパパが死んじゃった影響で、子供時代はあんまり甘えられなかったことが心残りなのかも……ちょっと出すぎちゃってたかな」
「誤解すんなよ。ダメじゃないし嫌じゃないから。ちょっと気になって聞いてみただけだ。俺に遠慮なんかいらないからな」
「うん。だから遥は好きだよ」
出来合いの物ばかりの生活に飽きてきたため、恐怖心はあったが夕食は料理に挑戦した。芳ばしい香りが辺りに漂うと、食欲は刺激された。
トロトロの
その後は、思い出話をぽつぽつと語り合った。ほとんどカナタが話すばかりだった。楽しげに話すカナタと対照的に、遥は時折違和感を感じていた。思い出のところどころに、遥には思い出せない空白の出来事があった。記憶力がいい方だとは思わないから、ただ単に忘れてしまっただけだと、そう結論づけた。
一緒にお風呂に入ったという話題から「せっかくだから一緒に入る?」とからかわれた時は、不覚にも顔を赤くした自信があった。幼い頃と今では、行為の意味合いは全然違うものになってしまうだろう。だからこそきちんと断った。
いつものように、毛布は二人で利用した。部屋の電気を落として就寝準備は終えたのだが、カナタはなかなか寝付けないようだった。時々態勢を変えて、息を漏らしていた。
「眠れないのか?」
「うん、ちょっとね。楽しかった休日も、明日で終わりなんだって思うとさ」
「さすがに今後のことを考えていかなきゃとは思うけど、別にこれで終わりってわけじゃないさ」
「そうなんだけど……」
「いいたいことは、いっていいよ」
何度目かになる沈黙。静寂の答えは誰が出してくれるわけでもなく、遥はカナタを待ち続けた。
ギュっと何かが握られて毛布が揺れた。ぬいぐるみを胸に抱えたようだった。
「遥、これはいっちゃいけないことかもしれない……それでも、いいの?」
聞いている方が悲痛に囚われそうな、切ない響きを持って耳に届いた。暗い色を秘めたその問いかけに、どう答えようか考えを巡らせた。
遥が選んだ答えは、肯定だった。
「いいよ」
「ありがとう。じゃあ、いうね」
一息つく音。
微かに届く呼吸音。
ためらいがちに、カナタはいう。
「もしも未来に帰れなかったら、ずっと私と、この世界にいてくれる?」
震えた声には、この言葉を紡ぐまでの心境がうかがえた。確かに、いってしまうには不謹慎な言葉なのかもしれなかった。
軽はずみに答えることなど、できないと感じていた。
遥は考える。天鳥カナタのことを。これ以上にないくらい、自分が後悔しないと確信できるくらい
あらゆるパターンの答えを考えた。あらゆる感情も考慮にいれた。
それでも、遥の出した答えは、最初に決めたものと変わらなかった。
「当たり前だろ。忘れたのか? ハルカナコンビは」
「……無敵」
いつも通りの、安心するやりとり。
遥にはカナタがいれば大丈夫であり、カナタにも遥がいれば問題ない。
そんな目に見えない絆を確認する言葉を交わせば、感じていた不安も和らいでしまった。
「遥……ありがとう。おやすみなさい」
「ああ、おやすみなさい」
身じろぎする音は時折聞こえてきたけれど、やがては無音となり、穏やかな寝息に変わった。
今度は、遥がなんとなく眠れなかった。起き上がり、ぼーっと虚空を眺める。意識しないようにしても、視界の端に映るたびに眺めてしまいたくなる、カナタの寝顔。
少しだけ、と何に対してかわからない言い訳を呟き、遥はカナタの寝顔を覗き見た。安らかに寝息をたてて、ぬいぐるみを胸元で抱いていた。男が隣にいるというのに、無防備すぎる寝顔だった。
無意識に、右手がカナタの頬に触れた。寝ているカナタに触る行為について考えると、とんでもない背徳行為をしているんじゃないかと、背筋に冷気が走った。
一撫で、二撫でしても、カナタは夢の中だった。カナタの頬に捕まってしまったような錯覚を覚えつつ、遥は誰にも聞かれないように、呟いた。
「未来に帰らない。そっか、その選択だってあるのか」
遥は首を振って、その考えを振り払おうとした。
けれど、一度選択肢となった可能性は、心の底から消えてはくれなかった。
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