いつもありがとう。
いつも傍にいる
見上げると透き通る青。差し込む光が水の中で反射しあい、波の揺れと共にそれが動く。時折大きな影が通った。大きなエイだ。
「千佳さん、あっちに海獺がいるらしい」
手を引かれる。鷹山さんの指さす看板に、確かにラッコのことが書かれていた。
「海獺って、国内に十数頭しかいないらしいですね」
「ワシントン条約とかで、もう日本に入ってこないから、国内で繁殖する外ないんだって」
「十居れば、一組くらい番になりそうですけどね。合コンみたいな?」
「なんでも野生から離れすぎたってのもあるらしい。え、千佳さんって合コン行ったことあるの?」
「無いよ、想像」
ぎょっとした顔でこちらを見るので、思わず笑ってしまった。鷹山さんの方は小さく溜息を吐く。
手を繋いでラッコのプールへと歩いた。
「あ、可愛い」
「ほんとだ、千佳さーん」
「ちょっとやめて」
「くるくる回ってる。元気だな」
海獺は飼育員さんにエサを貰って嬉しそうに食べている。食べてはくるりと回っている。
数が減っているとか、番がどうとか、そういうのは海獺たちには関係ないのだろう。自然に淘汰されるのは、珍しいことではない。増えすぎた人間が勝手に乱獲して保護しただけ。
ラッコのコーナーを見終えて、水族館の中に設置されたフードコートで食事をすることにした。私はホットサンド、鷹山さんはカレー。メニューは主にファミリー向けらしく、ハンバーグセットやお子様ランチもある。
「明日の結婚式、楽しみだね」
「確かに、国内で良かった」
「え、国内で?」
「最初海外で挙げるかもとか言ってたから。でも米沢の交友関係考えて、流石にそれは無理があったんだろうな」
「米沢くんが考えそう。鷹山さん、カレー美味しい?」
「美味しいよ。千佳さんのには負けるけど」
「お、お世辞だ……」
私が作れるカレーは、固形ルーを野菜スープに入れるだけのものだ。固形ルー会社のカレーと言っても過言じゃない。
どうして、ときょとんとする鷹山さんを横目に、私はカレーをいただく。うん、中辛で美味しい。
私のホットサンドも分け合って、残りのルートを回った。水族館を出て、駅まで歩く。
「そうだー、来週末に引越し」
「あ、そうか。早いな……」
私の部屋は引き払うことにした。中部には社宅があるらしく、新居はそこへ決まっていた。部屋のものを大体引っ越した後の数日間は鷹山さんの家に泊まることになっている。
駅から湖が見えた。水平線の向こうに見えるのは陸だった。
「うん、中部なんて近いよね」
一人納得して言う。ちょっとだけ肩を竦めた鷹山さんがこちらを見た。
「千佳ママはそう言ってたけど、あくまで近畿と比べたらという話で」
「でも、陸続きだし、東京から新幹線で通う人もいるくらいだから。海外とかに比べたら、全然近いです」
鷹山さんが何か言いたげに口を開く。ちょうど電車がきて、私の穿いていたスカートが揺れた。
「近いって、言ってください。だって鷹山さん、私に何かあったらすぐ来てくれるって言った」
平日の昼下がり。電車に乗っている人はまばらで、外から見ても椅子が空いている。
私たちはそれに乗ることはせず、扉が閉まるのを見届けた。こんなことが前にもあったな、と思い出す。
ぐっと背中を引き寄せられて、無人の駅で抱きしめ合う。傍から見ればバカップルがいちゃついているようにしか見えないかもしれない。
「近いよ、すごく」
「うん」
「いつも傍にいる」
私たちは出会って話すようになって一年も経っていない。それでも、自分の一番深いところで鷹山さんと繋がっている気がしている。ああ、もしかしたら会った時から繋がっていたのかもしれない。
だから、鷹山さんには手を繋げないことを話せたのかも。
次の電車が来た。私たちは手を繋いで乗り込んで座る。眠気と闘っていると、電車の窓の外にさっきまで見ていた湖があった。
誰かが、湖は大きな水溜まりだと言っていたっけ。窓から差し込む光が眩しい。
「眠い?」
「眩しいのもあるけど、眠いのもあります」
「着いたら起こすよ」
「ありがとう」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
――コール音。
もしもし、元気?
こっちも忙しいことを除けば。
え、いいなあ。
うん……へえ、私も行ってみたい。
わーい、じゃあ楽しみにしてます。
ふふ、お土産もあるから楽しみにしてて。
じゃあ、はーい、わかりました。
分かったって、大丈夫。おやすみなさい。
――ツーツーツーツー。
梅の香りがする。
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