かけ違うボタン


 真由から紹介してもらった人事の方へのインタビューが終わり、私は記事を書いていた。私もあれくらい明瞭に自分の仕事の意味と目的を話せるようにならないといけない、なんて思いながらPCと向き合う。

 鷹山さんと武藤さん、確かにお似合いだった。付き合ってるのかな、付き合ってるなら鷹山さんに個人的にお土産を頼むなんて失礼なことをしたな。やっぱりお金をちゃんと払うべきだった。

 もし付き合ってるなら、いつから付き合ってるんだろう、言ってくれれば良いのに。私のこと好きだって言ってくれたのも、お世辞と激励みたいなものだったのか。

 あの姿を見て時間が経った後、ちょっとばかり、いや、結構かなり衝撃を受けている自分がいた。

 ちらちらと木戸がこちらを見ている。


「違うよ、木戸の資料の出来が悪いから溜息吐いてるわけじゃないの」

「あ、そうなんですか。良かった……」


 誰も自分の資料のチェック時に溜息を吐かれたら良い気分はしない。私情と仕事はちゃんと分けないと駄目だ。気持ちを入れ直さないと。

 休憩室で紅茶を買う。あ、新しい種類のコーヒーが出ている。今度飲んでみようかな。誰もいない休憩室のソファーに座り、天井を仰ぐ。

 あの日から母から三日に一回は電話がかかってくる。私はそれに出ることは無く、『仕事が落ち着いたら連絡します』とメッセージを送ったきり。これで大丈夫だろうか。大丈夫じゃないと、困る。

 家族とは容易に縁は切れない。


「休憩?」


 急に話しかけられて驚いた。しゅっと背筋を伸ばす。そちらへ顔を向けた。


「わ、久しぶり」

「永尾ー、久しぶり。元気?」


 休憩室へ顔を出したのは営業部の米沢くんだった。全然会わないからたまに忘れてしまうけれど、私たちの数少ない同期の一人。

 にこにこと人懐こい笑顔を見せて、私の隣に座る。真由と同じ大学だったらしく、私も話すようになった。大体店舗にいる人なので、本社に来ることはあまりない。


「元気。米沢くんは本社に用事?」

「そうそう、俺たぶん来年度、中部の方行くかも」

「え、もう決まったの?」

「百貨店内に店出るじゃん? あそこ任せるかーって話が上がってるらしい。まだ決まってないけど、予定は未定なんで」


 紅茶缶を握る。あの店を任されるなんてすごい。店舗の顔は会社の顔と言っても過言ではない。お客様と直接やりとりするのは店舗の人間だ。


「すごいね……」

「でしょ。まあそれより、久しぶりに永尾の顔見たわー。石井はたまに来るけどさ。来年度までにもう一回くらい飲みたいよな」

「うん、真由にも言っておく。送別会になるね、寂しい」

「一緒に中部来る?」


 ふざけた質問に軽口を返そうとしたら、休憩室へ人が入ってきた。そちらを向くと、鷹山さんだった。

 一番に私と目が合う。そこで、一緒に武藤さんの顔が出てきた。綺麗めの顔の武藤さん。鷹山さんとお似合いの武藤さん。


「鷹山だ、久しぶり」


 最初に開口したのは米沢くんだった。よっ、と手を挙げてフランクに話しかける。


「米沢、本社にいるなんて珍しいな」

「そうなんだよ、来年……あ! 来年の話をすると鬼が笑うんだっけ!?」


 鷹山さんの返事をしてる途中にこちらを見る。その動きに私の方が驚いた。目が数秒合って、パチクリさせる。続けて「あ、うん」と頷いた。


「だよな、危ない危ない。鷹山には来年教えることにする」

「は?」

「悲しくて泣くかもなー」

「はあ?」


 米沢くんの言葉に鷹山さんの眉間の皺が深くなる。こんなにフランクに話すのは、相手が男性だからか、米沢くんだからか。でも真由ともタメ口で話していたっけ。

 二人の攻防は続いている。私は立ち上がって缶を捨てた。


「先に失礼します」

「永尾、じゃあまた」

「うん、またね」


 ひらひらと振られた手。その前で鷹山さんが何か言いたげにこちらを見ていたけれど、私は小さく会釈をして休憩室を出た。

 ……良かった、米沢くんがいて。

 眉間に指を当てる。きっと私一人だと、ぎくしゃくした態度を取っていた。普通に、普通に聞けば良い。

 武藤さんと仲良いんですかって?

 ……何故?

 いや、鷹山さんが武藤さんと仲良くても関係なくない? 寧ろなんで私にそんなこと言わないといけないんだってならない? てゆーか、鷹山さんが仲良い人って武藤さんだけじゃないし、そんなの。

 グダグダと長い長い言い訳を自分の中で唱えて、私は手を降ろす。

 聞くのは止めよう、うん。

 自分にとって一番都合の良い答えを出した。






 告白の返事をするのもやめることにした。今更返事をしてぽかんとされるのも嫌だし、鷹山さんの恋路を邪魔して馬に蹴られて死ぬのも嫌だ。私にできるのは静かに見守ることのみ。

 それを確信したのは、受付の武藤さんにこんなことを言われたからだった。


――鷹山さんと持ってるボールペンと同じシリーズのですよね。


 取引先の人がロビーに来たと連絡があったのでおりたものの居ない。受付の女性に尋ねたら、ちょうど武藤さんだった。


「先程まであの椅子に座ってらしたんですけど……お手洗いですかね?」

「そうですか、ちょっと待ってみます」

「あれ、それって」


 武藤さんの視線が私の胸ポケットのボールペンへ向いている。どきり、とした。

 そしてあの言葉が続いたのだ。


「先輩、ボールペン変えちゃうんですか? 綺麗なのに」

「色々と問題が出てきたから」


 ぱっと目を引くそのボールペン。そりゃ気付く人はいますよね。

 というか、鷹山さんのボールペンをきちんとチェックしている武藤さん、恐るべし。


「問題?」


 木戸が首を傾げる。私は掌を見せ、皆まで聞かないでと表現する。


「これ大丈夫だったから。返すね」

「ありがとうございます」

「そしたら裾原さんにチェック貰ってください。それから先方にメールを、追加はないんだよね?」

「はい、今回はありません」


 確認よし、と。私も自分の記事を書きあげてしまおう。PCを立ち上げる。

 私はまだこの時、知らなかった。

 大きく、ボタンを掛け間違っていたことを。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る