鉄板の上で踊る
幸せを舐めてみたら、きっと甘いに違いない。
エントランスを出るときにちょうど真由と会えたので、駅まで一緒に歩く。
空は暗くなっていて、スーパーのタイムセールはもう終わってしまったかな、と考えた。
「仕事忙しい?」
「忙しいよー、目が回る」
「お疲れさま」
真由は腕をぐるぐると回して「ありがとう」と返答する。
「そういえば、この前鷹山がタッパー持って部署に帰ってきたことあってさ」
「……タッパーを」
「タッパーって何ゴミか聞かれたんだよね。可燃? 不燃?」
本当に捨てるつもりなのか。
額を押さえたくなったのを我慢した。私は遠くの街灯を見つめて答えを捜す。
まあ、私が洗わず捨ててって言ったんだけど。なんかあの気まずくなってしまいそうな空気から脱したくて、そう言って逃げてしまったのだけれど。あれから全く食堂には近づいていない。
タッパーくらい、洗って再利用すれば良いのに。鷹山さんは料理を全くしないのか、その必要性が全くないのか。どちらかというと後者の可能性が高い。
それとも、そんなことを全く考えずに、ただ私に言われたから捨てようと思った天然か。
「燃えるんじゃないかな」
「よし、明日教えてあげようっと」
「……鷹山さん、元気?」
「やっぱり鷹山と何かあった?」
どきりとする。やっぱり、とつくあたり、タッパーの話を私にするってことはそこら辺から罠を張られていたのかもしれない。
真由の方を見ると、首を傾げてじっとこちらを見ている。人事の人間は侮れない。
「実は、今の話は半分嘘で、タッパーを持ち帰った鷹山は『永尾さんがこのタッパー、捨てて良いと言ってたんだけど、燃えるのか燃えないのか』って言ってきてね。いや知らねーよって思ったし、そんなことより何で千佳からタッパー貰ってんだって話」
「仰る通りで」
「そしたら卵焼きを作ってもらった的なこと言ってるからムカついて、『タッパーは洗って返すのが基本でしょ』って答えておいた」
「強すぎる正論だ」
そしてそれは暴力的なほど。
ぺろっとそれを話した真由は気が済んだのか、清々しい笑顔を見せて「でしょ」と腕を組んでいた。私は何も言えない。
さっき遠くに見ていた街灯が近づく。平日の駅は、みんなが帰路を急いでいる。
……真由にそんなことを言われた鷹山さんはどうしたのだろう。私が洗わずに捨ててって言ったのに、そんなこと言われても困るよね。どれだけ正論であろうと。
そして、現状、鷹山さんに会わないようにしている私に会うことも容易ではないわけで。
「流れでね、卵焼きをあげるって話になって。一緒にタッパーもあげちゃった」
どこまで話そうかと考えて、あったことだけを話す。
「どんな流れよ」
「本田さんがこの前来て、ちょうど会ったときに辛子明太子くれたのね。それは卵焼きに入れると美味しいって話をしたら」
「……なんか、前から思ってたんだけどさ」
そんな前置きをされたら、構えるに決まっている。
街灯を追い越す。
「鷹山と千佳って似てるよね」
「えー……」
「嬉しくないの。鷹山、かなり有能だよ」
「さっきの言い方だと、絶対有能なところが似てるわけじゃないよね」
ばれたか、と明後日の方向を向く真由。
そして全然似ていないと思う。私は改札に向かう中で、定期を取り出した。
――愛情からです。
臆面もなく言い放たれた言葉。私はその愛情を受け取って、どう料理すれば良いのだろう。焼くのか揚げるのか煮込むのか。というか、それって貰えるものなのか。
得体の知れないものには昔から近づかないようにしている。高校のときも、私は女子の中で力の強いグループを遠巻きに見ていた方だった。
「似てる似てないは置いといてさ。何かあったら話してね」
真由は私の肩をぽんと叩いてそう言ってくれた。
入社して間もない頃を思い出す。同期の飲み会で、真由は私に同じようなことを言ってくれた。それに、どれだけ救われたか。
真由のおかげで、私は家を出られたのだ。
「うん、ありがとう」
「じゃあね」
「また」
ひらひらと手を振って、違う線に乗る真由と別れた。ホームへ続く階段を上り、とりあえず今日の夕飯のことを考える。
冷凍のご飯はあるから、おかずを何にしようか。
昨日の主菜は肉だったから、今日は魚にしたいところだ。秋刀魚食べたいかも……スーパーにあるかな。でもコンロ磨くの面倒だな。
ちょうど来た電車に乗り込み、扉近くに立ちながらうんうんと悩む。最寄り駅でおりてすぐに、良い香りに誘われた。どうしてこんな所に、たこ焼き屋さんが。
その看板を目にしてしまうと、すっかりお腹はたこ焼きを欲していた。
仕方ない、今日はたこ焼き。たこだって魚介には間違いないし。などと言い訳を並べて、私はたこ焼きを買った。
「まいにち、まいにち、ぼくらはてっぱんのー」
家の近くまで来て小さく口ずさむ。あ、待ってこの曲は鯛焼きの曲だ。
たこ焼きの曲って知らないな、と鍵を取り出して中に入る。「ただいま」と返事のない部屋に言った。大学のとき、就職で地方へ行く友人が、家に帰ったら一人なんて寂しいと嘆いていたのをふと思い出す。
靴を脱いであがれば、そこは私のお城だ。私が置くと決めたものしかないし、私選んだものしかない。
私は真由に「テリトリー意識が強いよね」と言われる。自分でもそれは感じていた。人を家に入れたくないのも、その為だ。
暗い部屋に電気を点けて、まだ温かいたこ焼きをテーブルの上に置く。鞄も置いて、手を洗って部屋着に着替える。冷蔵庫の中からトマトとレタスを取り出した。洗ってからてきとうに切る。生で食べられる野菜は、調理器具を多く出さなくて良いので、とても楽だと思う。アスパラとかブロッコリーとか、茹でて冷凍しておくのも良いけれど、なんとなく野菜を冷凍することに抵抗がある一人暮らし三年目。どうせ一人で食べるのだから、美味しいものを食べる方が良い。
「いただきます」
手を併せてたこ焼きを食べる。温かい。美味しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます