ないのよ、女は


 昼休みが真由と被ったので、一緒にランチに行くことなった。


「鷹山は一人寂しく社食に行けば良いのよ」


 典型的な意地悪な継母のような台詞を吐いた真由は、お財布を脇に挟んで腕を組んでいた。立ち方まで継母だ。


「私も鷹山さんが居なかったら社食いつも一人だよ」

「千佳を独り占めしようだなんて、私の許可もなく!」

「真由、何食べる?」

「今日は洋食の気分かな」

「私もオムライスが食べたかった」


 そう言うと、すぐに真由は会社近くの洋食屋さんをピックアップしていく。さすが仕事のできる女は違う。

 お店に向かうと、まだ混む前だったらしくすぐに席に通してもらえた。デミグラスかケチャップかで悩んでいると、真由が思い出したようにテーブルに手をついた。


「そういえば、米沢が結婚するらしい」

「え、米沢くんが?」

「そうそう。酒弱いのに幹事やっちゃう米沢が」

「おめでたいね。あ、来年度になる前に結婚して奥さんについてきてもらうのかな」

「どうなんだろうね、転勤の話だって確実なわけじゃないし。まあ確かにおめでたい」


 うん、ここはケチャップで。ランチはスープもつくらしい。

 真由はビーフシチューに決めたらしく、店員さんを呼び止める。注文を終えて、携帯をちらりと見る。その仕草には見覚えがあった。


「恋人できた?」

「え、なんでそう思うの?」

「友情パワーで」

「千佳、なんかちょっと鷹山に似てきた?」

「うそ、本当?」

「どっちよ」


 こっちの台詞だよ、と言いたくなるけれど、笑う真由を見てやめた。今は真由の話が聞きたい。


「あの人じゃないよね? 実は既婚者だったとかいう」

「まさかまさか。全然違う人。年末に実家帰ったら、十数年ぶりに幼馴染にばったり会ってねー」

「真由って幼馴染いるの? すごい」

「すごくないから。田舎はね、学校が少ないから家が近いと幼稚園から中学くらいまでは殆ど同じ顔触れなの」


 それは知らなかった。私の住んでいる場所も都会ではないけれど、あまり意識してそういうことを考えたことがなかった。たぶん、中学まで同じだった子もいるだろうけれど、ぱっと出てこない。

 私は頷いて、先を促す。


「前に千佳と、縁を切る切らないの話をしたじゃない? その幼馴染とも、色々あって縁を切ってたわけよ……私の方は」

「と、言うと?」

「向こうはそんな気なかったみたいで、全然変わんない笑顔で話しかけてきたのを見たら、なんか私バカみたいだなーとか思えてきちゃってさ」

「どこらへんがバカみたい?」

「自分の考えてることって、本当に口に出さないと、相手には伝わらないんだよね」


 店員さんが来て、注文したものを置いていく。ごゆっくりどうぞ、と頭を下げて戻っていった。真由にカトラリーを渡す。

 オムライスの真ん中にスプーンをいれる。カツンと皿に当たる音。ふわりとした卵に包まれた中から覗くケチャップライス。

 この画だけでも幸せなのに、味わえるなんてもっと幸せだ。

 あ、幸せってこんなことなんだ。


「考えなんて見えないのに、私がそうなんだから相手もそうだって決めつけてた。ってことを言ったら、向こうがすごい驚いてて」

「うん」

「『もっと早く言ってよ』って肩パンされた」

「仲良いんだね」

「まあ、姉妹みたいに一緒に育ったからね」


 ビーフシチューにセットとしてついてきたサラダのレタスにフォークをさした真由。私の視線に気付いてはいるけれど、こちらを見ようとしない。

 今日はきっと、それを言いたくて私をお昼に誘ったのだ。


「相手、女性?」

「……うん。変だと思う?」

「思わないよ、その幼馴染の人に真由が再会できて良かった」


 顔が上がる。不安そうな目がこちらを向く。


「今度、真由が良いときに会ってみたい」

「それ向こうも同じこと言ってた。千佳のこと話したら、三人でお茶したいって」

「本当に? 嬉しい」

「あー、良かった。千佳に言えて良かった……」


 ほっとした顔でパリパリとレタスを食べている。私もやっとオムライスを口に運べた。美味しい、幸せ。そして、嬉しい。


「ビーフシチュー美味しい、とろとろ」

「オムライスも美味しいよ」

「また来よう、今度はハンバーグ食べたい」

「私カツレツ食べてみたいなあ」


 とりあえず次に食べるものを決めて、私たちはお店を出た。

 冷たい空気に耳が痛くなる。曇った空からは雨が降りそうで、降る予定はない。今朝のお天気お姉さんの予報が正しければ。

 隣で同じように真由が空を見上げている。


「米沢くん、結婚式するのかな」

「しそう。めっちゃ人呼びそう、披露宴の余興だけで疲れそう」

「米沢くんて友達多そう……というか、多いよね。大学のときから?」

「うん。米沢ってほら、分かりやすいからさ。米沢をよく知らない人間も、知ったふりが出来るんだよね」


 知ったふり。真由はポケットに手を入れて、首を竦めた。

 パンプスのコツコツという音が冷たいコンクリートを鳴らす。


「なんか……あれみたい。芸能人になると親戚が増えるみたいな」

「それと変わらないんじゃない? 米沢の良い所はそういうのを嫌がらないで、勝手にすればってスタンスなとこだよね。だから周りも勝手にするし、米沢もそれを利用する。私は普通に話す仲だったから、近くで見てて大変だなと思ってた」


 それは、同期として話すようになった私でも感じることだ。米沢くんの周りにはいつも他人がいる。それから、遠くには米沢くんの話をする他人もいる。私だって遠くに分類される人間だと思う。

 ふと真由に話しかけられた時のことを思い出した。


「私も、真由に話しかけられたとき、賑やかな方の人が来たなって思ったよ」

「え、そう? でも礼儀正しい話しかけ方だったでしょう?」

「いやー……私も酔ってたからきちんと覚えているわけじゃないけれど、チャラいナンパの話しかけ方だったよ。指を鳴らしてた」

「何それ、本当に私だった?」


 怪訝な顔を向けられる。それはとぼけているのか、本当に酔っていて思い出せないのか。

 肩を竦めてみせると、真由が肩をぶつけてくる。痛い痛いと言いながら、私もその肩に身を寄せる。吐く息は白いけれど、なんだか笑ってしまう。


「私も最初、千佳のこと、めっちゃ彼氏アピールしてる女だなって思ってた」

「してないし、しないし」

「話しかけてみるもんだね。全然違ったし」

「同じこと、全部真由に返したいよ」




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