ウワバミと下戸


 結果を言えば、最初に潰れたのは裾原さんだった。

 私がお手洗いから戻ってくると、裾原さんがテーブルに突っ伏しており、木戸と本田さんが乾杯していた。なんだこの地獄絵図は……。


「ちょ、裾原さん、大丈夫ですか?」


 完全に落ちている。本田さんが「無駄無駄、一回眠ると起きない」と言ってくる。


「裾原さんをホテルまで連れて行くの誰だと思ってるんですか?」

「分かってるって。部屋までちゃんと連れて行くから、そんな怖い顔すんなよ」

「永尾先輩、怖いかおしてないですよー。最近、けっこう優しいかおしてます」


 ゆーらゆーらと左右へ揺れている木戸を見る。あなたも飲みすぎだ。

 明日大丈夫かな、と心配になる。


「永尾が優しい顔!? いつも目、三角だろ」

「最初はそーだったんですけど、最近はなんかふわって優しい顔してるときがおおいです」

「へー、恋でもしたんかな」


 私がここに居るのに、居ないみたいに話さないで欲しい。すごく恥ずかしいんですが。

 木戸は地酒を呷っている。私は裾原さんを諦めて、木戸の隣に戻った。


「あ、先輩おかえりなさーい!」

「永尾も飲め飲め」

「いや、さっきから居たんですけどね」


 私のグラスにも、酒が注がれた。







「き、昨日はすみません……」

「……俺は殆ど記憶が飛んでる」

「その割に顔色良いですね」


 朝のバイキングで顔を合わせた二人は、きちんとした身なりで時間通りだった。

 昨夜は本田さんが払ってくれて、タクシー代まで出してくれた。そして、本田さんは寝落ちた裾原さんを、私はぱっぱらぱーになった木戸を、部屋に運んだのだった。


「酒は全然残ってないけど、どうやってホテルまで来たのか思い出せない」

「裾原さんは覚えてないと思います。完全に寝てたんで」

「私も二日酔いとかは無いんですけど、昨日本田さんと色んなことを話したような気がしてます」

「博多美人と九州男児の話をしてたよ。あと私の顔が怖いとか……?」


 皿に取ったベーコンにフォークを刺す。木戸がびくりと肩を揺らして、私を見る。


「前の話です! 今は優しいお顔です!」

「フォローとは」

「昨夜の記憶は消し去ってください……」

「はいはい。それにしても、木戸は酒豪なんだね。本田さんがウワバミなのは知ってましたけど」

「アイツは同期の中で一番だから」


 味噌汁を飲んでから、渋い顔をした裾原さんが言った。同期の中で一番だと断言するということは、あの人のことだ、きっと一人ずつ潰していったのだろう。

 私の代が揃ったのって入社してすぐ後の親睦会くらいだ。それから全然飲み会もしていない。真由が言うには、この代は一番離職が多いとか。みんな転職とか結婚とかで仕事を離れてしまったらしい。

 そう考えると、うちの部にいる同期とか、真由や鷹山さんは貴重な人物だと思う。


「うち、母方の実家が沖縄出身で、お酒に強い人が多いんです」

「本田とそう変わらないな。酒に強い血」

「木戸の血を飲んだら私たちもウワバミは無理でも、上戸くらいにはなれますかね?」

「俺がそれに肯定したら、セクハラで訴えられるんじゃないか?」


 裾原さんの言葉に木戸が噎せた。焼きたてのクロワッサンが気管の方へ入ってしまったらしい。私も笑いながらその背中を擦る。

 そんなこんなで朝食をとり終えて、私たちはホテルを出た。支社に挨拶をして、新店舗オープンをする予定の場所へと向かった。確認を終えた後、空港へ行く。


「あれ? あ、すみません! 支社に資料忘れました!」


 木戸がごそごそと鞄の中を漁っているな、と思っていたら、急に叫んだ。え、と裾原さんが顔を上げる。空港で遅い昼食をとろうとしていたところだった。


「本当か?」

「あそこでしか広げてないので……いまから取りに行ってきます!」

「待て待て。俺が行く」


 幸い、飛行機が出るまで時間はある。

 部屋を出るとき、私もちゃんとチェックすれば良かった。最後に出たのは木戸だ。


「でも、私が忘れてきたんですし」

「お二人で行ってきたらどうですか? 私、ここで荷物見てますよ」

「いや、ロッカーに預けておく。それよりちゃんと飯食べとけ」


 裾原さんは私に諭吉を預けようとした。それを全力で拒否する。昨日の昼ご飯だって裾原さんが私と木戸の二人分を出してくれていたのだ。

 ちゃんと食べますから早く行ってください! と言えば、渋々裾原さんは諭吉をしまった。

 そうだ、本田さんもう出てしまったかな。今日は出だと行きがけに聞いたけれど、一応連絡を入れておこう。

 メールをすると、すぐに返信がきた。


『さっき裾原から連絡があって、資料も見つけた。悪かったな、気が付かなくて』

『いえ、こちらこそ確認せずに出ました。すみません。よろしくお願いします』

『了解。気を付けて帰れよ、飛行機墜ちないように祈っとく』


 くすりと笑ってしまった。墜ちるとか思ってなかった。縁起でもないからやめてほしい。


 "気を付けて"の文字に、鷹山さんを思い出す。そういえばお土産、後回しにしていたらこんなぎりぎりに……。

 残された私も立ち上がり、どこでご飯を食べようかと見ていく。平日といえど、人が多い。

 真由の分のお土産は昨夜、ホテルの周りで収集した。そこでも見たけれど、良いなと思うような物がなかった。困ったら食べ物を選ぶ私が見てるから、そうなってしまうんだろうけれど。


「あ」


 ふらふら歩いていると、文房具のコーナーに来ていた。有名ブランドとコラボしているらしく、地方別にカラーが決まっているみたい。こんなのあったんだ、知らなかった。

 ここで売っているのは、銀地に和柄が入っているもの。これ、とても素敵だ。

 一本持って、私も欲しいかも……と思ったけれど、よく考えればお揃いになってしまう。鷹山さんからすれば、勝手にお揃いにされるなんて恐ろしいことこの上ないと思って、諦めた。お会計して、判断は間違っていなかったと確信した。何気に高価。

 店を出ると、裾原さんから連絡があった。もう空港に戻ったらしい。


「早かったですね」

「本田が近くまで来てくれた。出るついでだって」

「本当、ご迷惑かけて申し訳ありません……」

「私も確認しないでごめん」

「気づいて良かった。それより飯食べたか?」

「あー……まだです」


 何してたんだ、という顔をされた。お土産を見てました、なんて言えずに「何食べようか迷ってしまって」と苦し紛れに言う。

 ということで、三人で博多ラーメンを食べた。

 帰りの飛行機で、真由にメッセージを送る。窓の外の夕陽が、とても眩しかった。



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